第38話 メン・イン・ブラックのような男

「さて、次はどこを探そうかしらね」

「おい、まだ続けるのかよ」


 ラーメン屋から出るや否や動きだそうとする久遠みくをオレは制止する。どうやらこのお穣様はまだならず者探しを続けるつもりらしい。


「当たり前じゃない。アンタは悪いヤツらがのさばってるこの世界を許すつもりなの?」

「いいから頭を冷やせこのアホ」

「アホとは何よ」

「いいか? ドラマに毒されたのかなんだか知らんが世間知らずそうなお穣様に言っておくぞ。そりゃ世の中悪いことしてるヤツだらけだ。事件がニュースで流れない日はないと言っていい。でもな、それは日本中くまなく探してマスコミの人たちが事件を見つけ出しているからであって、そうそう日常で悪い奴と遭遇することなんてないんだよ。そもそもそういう犯罪を起こす奴だって白昼堂々やるわけじゃない。オレ達が探したって見つかるわけ……」


 オレは眼を瞑って力説していたのだが妙に静かだと思い瞼を開けると、久遠みくはすでに先を歩いていた。人の話聞けよ!? ……まあいいさ。どうせオレの話を聞いても止まりゃしないんだろうしな。オレはため息をつきながらあいつの後を追った。


 結局、その後も3時間久遠みくと一緒に歩きっぱなしだ。まじでこいつの体力はどうなってんだよ。こっちは足が棒になって来たぞ。気付けば駅から遠く離れた場所まで来ちまった。人通りの少ない商店街である。最近近くにショッピングモールが出来たからな。こういった昔ながらの商店街はどんどん寂れている。なんて感傷に浸っている場合ではない。


「おい、いい加減にしろ。いつまで続けるつもりだ」

「案外見つからないもんね」

「当たり前だ」

「あーあ。悪いやつ見つけたらぶっとばしてもらおうと思ったのに……」

「……『ぶっとばしてもらおうと思った』? おい、ぶっ飛ばすのはお前じゃないのか?」

「そんなこと出来るわけないじゃない! 私はか弱い女の子なのよ?」


 はて、かよわいとは一体何だっただろうか? か弱い女の子はこんなわがままに人を連れ回さないと思うんだが。


「で、誰にぶっ飛ばしてもらおうとしてたんだ?」

「はぁ? もちろんアンタに決まってるじゃない!」

「あいにくだが、オレにそんな力はないぞ? 返り撃ちに合うのがオチだ」

「そんなウソつかなくてもいいのよ? 私知ってるんだから!」

「知ってるって……何を?」

「アンタが実はヒーローだってことをよ!」


 ……何を言っているんだろうこいつは。オレはお前ら姉妹みたいに早着替え変身もできなければ特別な力も……。って違ったな。最近あちらのオレから変な力をもらってたんだ。……もしかしてコイツ。


「まさか……。お前見てたのか? この前オレが不良といさかいを起こしてたのを……?」

「そうよ!」


 なんてこった。たしかにあの時オレはあちらのオレとやらから貰った能力で不良を追い払ったが……。よもや、こいつに見られていたとは……。そういえば……こいつは以前、久遠かこに襲われた時もなぜか廃墟跡に姿を現していたんだった。もしかして普段からならず者探しをしては警察に連絡を入れてたんだろうか。だとしたら危ないことをやってやがるな。自分が絶世の美人で悪い男に狙われかねないということをこいつはもう少し自覚するべきだ。暴漢に襲われるぞ。か弱い女の子を自称するならなおさらだ。


「うちの高校の生徒がどっかの不良生徒に脅されてたのを見つけて警察に電話をかけてたら、突然アンタが現れたからびっくりしたわよ。そんでもってあんたが不良生徒を追っ払った時はもっとびっくりしたわよ。あんた強かったのね!」


 おそらく、久遠みくから見るとオレは華麗に不良の攻撃を避け、ぶん殴っていたことだろう。だが、それはオレに与えられた力が時間の巻き戻しでヤツらの攻撃を『予習』した挙句の薄氷の勝利なんだぜ?


「あれは『ズル』してたんだよ。別にオレが強い訳じゃねえ」

「ズルってなによ?」

「それはだな……」


 オレは簡単にオレの能力について久遠みくに説明した。こいつは久遠かこと違ってタマが未来から来たことを知っているし、自分達が『急変』することも知っているからな。状況を飲み込んでくれるだろ。


 オレの予想通り、すぐに状況を理解した久遠みくは腕組みをしながらなるほどとでも言い出しそうな態度を取っていた。


「理解してくれたか? 別にオレは強いわけじゃねえんだよ。ってことでならず者を見つけてもぶっ飛ばすつもりはない。変な力が発動してくれるか確信が持てないからな」

「……やっぱり、あんた強いのね」

「は? おい、話聞いてただろ。オレが不良を追い払えたのは変な力のおかげであって……」

「でも、発動するかどうかもわからない力なのに、あんたは不良に立ち向かったんでしょ? だったらやっぱり強いわよ……」


 久遠みくは頬を膨らませながら人差し指で自分の前髪をいじっている。その表情は例えるなら小さな男の子がヒーローショーのヒーローの中身がおっさんだったことに気付いたかのような顔だった。がっかりしたなら素直にそう言えばいいのに。


「やれやれやっと見つけましたよ? 翔様」


 オレの名前に最上級の敬称を付して呼びかける低い声。路地裏から突然現れたのは真っ黒なサングラスに真っ黒なスーツ姿というメン・イン・ブラックのような出で立ちの二十代半ばほどの男だった。


「……あんたどちら様だよ? オレは様なんて付けられるほど偉くはないんだけどな。どこにでもいる劣等生だぜ?」

「ご謙遜を……。偉大な科学者となられる翔様が偉くないわけがないでしょう?」


 気持ちの悪いお世辞を言いやがって。


「お前……あっちの久遠妹のお仲間ってわけか?」

「ええ、そのとおりです。久遠かこ様を筆頭に活動する『復活派』の者です」

「あんたもあっちの次元からの来訪者というわけか。久遠かこ側の人間ってことはオレの人格をぶっ壊しにきたんだな?」

「壊すなど滅相もない。翔さまの人格の一部を書き換えて昇華させるだけです」


 オレからすればその行為をぶっ壊すと言うんだと思うんだが、こいつらからすると違うらしい。オレのとなりで久遠みくはオレ達が何を話しているのか理解できないという風な表情を見せている。


「そいつがこの次元の久遠みくですか。どうやらあちらの次元の久遠みくは憑依していないようですね。まあ、いない隙を狙って私もこちらに来ているので当然と言えば当然なのですが……」

「『隙を狙って』? 一体どういうことだ?」

「おっと、口を滑らせてしまいましたね。我々復活派と久遠みく率いる前進派が対立しているのは翔様もご存知でしょう? だから抜け駆けをさせてもらったんですよ。精神を次元移動させるとどうしてもその痕跡から移動がばれてしまい、前進派の人間やあるいは他の派閥の者に邪魔されることが多いですから……」


 この前タマは言っていた。『次元移動による空間の歪みを検知してから自分は動いている』と。そのことか。なら、タマもこの黒服サングラスがこの次元に移動したのを察知しているはずだ。すぐに助けに来てくれるに違いない。そうオレが思考している中、男は口を動かし続ける。


「ですから……、ちょっと仕掛けを施したんですよ。先日かこ様が次元移動をした際、秘密裏に私も同時に次元移動を行っていたのですよ……! そして数日間潜伏し、こうしてあなた達に接触できる機会を持つことに成功した……! 大変でしたよ。私はかこ様のように次元移動の適正があるわけではないですからね。最悪この次元で人格を失う危険性もありましたから。だが、幸運にも、つい先ほど意識を覚醒することができたのです」

「覚醒? なんだそりゃ」

「意識を移動させても移動先の体を動かせなければ意味がないでしょう? 移動先の体の意識を乗っ取ることを便宜上覚醒と呼んでいるのです。それに数日かかってしまったということです」

「なるほどね。アンタはとんだ間抜けなヒットマンというわけだ」

「そうかもしれません」

「お仲間が間抜けならボスの久遠妹も大層間抜けに違いない」

「なんですって!? あんたもう一回言ってみなさい! ぶっ飛ばすわよ!?」


 オレの隣の久遠みくが怒りだす。


「いや、これはだな……」


 オレが小声で久遠姉に説明しようと試みていたところにサングラス男が口を挟む。


「翔さま、もういいでしょう?」

「……一体なんのことだよ」

「私を挑発しながら話を長引かせよううという魂胆なのでしょうが、無駄ですよと忠告します。何より時間稼ぎなどしても無意味です。言ったでしょう? 私は先日のかこ様の次元移動に合わせて移動してきたのです。つまり、現時点において次元移動による空間の歪みは起こっていない。久遠みくもあなたのお仲間の猫も私の存在に気付いていない。どんなに時間を稼いでも彼らが来ることはない。我々のやりたい放題ということです……!」


 サングラス男はナイフを取り出すとオレ達に刃先を向けた。


「何をするつもりだ!?」

「もちろん邪魔な久遠みくの肉体を消滅させるんですよ。邪魔をしないでくださいよ? 翔さま!」

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