第37話 パトロール
翌日、オレは久遠みくとの約束通り、駅前に向かう。もちろんタマも一緒にな。今はただの猫の状態だけど。……集合時間の5分前には到着したんだがな。
「ちょっと遅いわよ! 私を待たせるなんていい度胸してるわね」
不機嫌そうな表情で久遠みくが立っていた。
「まだ、集合時間になってねえじゃねえか」
「女子との約束で5分前に来るなんて非常識よ。普通は30分前には来ておくもんでしょ!?」
「一体どこの常識なんだよそれは。お金持ち界隈ではそれが当たり前なのか?」
「ドラマでそれが当たり前だって言ってたもの」
「ドラマと現実を一緒にすんな! てか、お前らの家、厳しいんじゃないのかよ。テレビなんて見れんのか?」
「あら、私の家が教育に厳しいこと知ってるの? ……ああ、かこに聞いたのね。厳しかったのは中学までよ。今はある程度自由ができるようになったの。やっとね!」
そう言いながら久遠みくはにやりと不敵に笑う。妹の方はともかく、この姉の方を自由にしたのは判断ミスだったんじゃないか、とこの姉妹の両親にオレは言いたい。
「ふーん、自由になった割にはシンプルな服装してるんだな。お穣様だからもっとゴテゴテした服を着て来るもんだと思ってたぜ」
「あんたこそ、お穣様の概念おかしいんじゃないの? いいのよ。こっちの方が動きやすいんだから!」
久遠みくの服装はシンプルだった。デニムの短パンにティーシャツ、その上に薄いパーカー付きの上着である。10月の服装としては少々軽装すぎるな。
「どうでもいいが、薄着すぎるだろ。風ひくぞ?」
「これから歩きまわるんだからいいのよ。場合によっては走りまわるわ」
「そう言えば、今日集まった理由をまだ聞いていないぞ。なんでオレを呼びだしたんだ?」
オレの質問を聞いた久遠みくは得意気に微笑む。
「パトロールに行くのよ!」
……オレの耳は壊れたらしい。こいつの放った言葉がパトロールと聞こえた。そんな分けねえよな。
「もう一回言ってくれ」
「パトロールよ。耳悪いの?」
「悪いのはお前の頭の方だろ」
「なんですって!?」
普段から強気な表情の久遠みくの眉がさらに吊りあがる。だが、顔を真っ赤にして怒っているってのに久遠姉の顔は醜く崩れることはない。美人ってのは得だぜ。
「パトロールって一体何をするんだよ?」
「決まってるじゃないの。その辺の路地裏で悪事を働いているヤツらを懲らしめてやるのよ!」
いきなり何を言い出すんだこいつは。本当に頭がおかしいんじゃなかろうか。金持ちお穣様の思考はわからん。
「おまえ、以前妹に彼氏ができたらぶっ飛ばすとか言ってたな。まさか、その悪事を働いている『ならず者』を見つけたら……」
「当然ぶっ飛ばすわよ!」
正気かよ。
「さ、行くわよ!」
久遠みくはオレの呆れた表情を見逃して、先導を切って歩きだした。そっからは歩きっぱなしである。駅周辺の光の当たらなそうな細い道だったり、建物と建物の隙間だったり、路地裏観光旅行の始まりだ。男女二人組が見通しの悪いところを探しては入って行く姿は周囲の歩行者から見れば不審極まりないに違いない。それでも、俺達が警察等に声をかけられることなく活動を続けられたのはひとえに久遠姉の効果だろう。こいつの無駄に整っているフェイスが周囲の人間が持つ怪しむ心を抑えているんだろうぜ。もし、これがオレ一人だったら今頃パトカーの中で事情聴取である。
「おい、まだならず者探しを続けるのかよ……」
「当たり前じゃない! 今こうしてる間にも苦しんでいる人がいるのかもしれないのよ?」
もう彼これ2時間以上歩き続けている。こいつのエネルギーはどっから出て来るんだ? 大体そんな都合良く悪い奴がぽんと現れるかよ。
「お腹減ったわね」
「同意だな」
「近くにおいしいラーメン屋さんがあるそうなのよ。おごって!」
「おごることには同意しかねる」
「ケチねえ。まあいいわ。行くわよ!」
オレの意見など聞かず、昼飯はラーメンに決まったらしい。いや、別にラーメン好きだからいいけどよ。勝手なやつ!
土曜日のお昼時だったのもあり、ラーメン屋には少々列ができていた。15分程並んでいたが、その間オレは視線に悩ませられることになる。ラーメン屋に並んでいる野郎どもはちらちらとこちらに……正確には久遠みくに視線を向けるのだ。気になって仕方ない。……みく本人はこの視線が気にならないのだろうか。
テーブルに着いたオレ達は各々にトッピングを注文したラーメンを口に入れる。
「お穣様なのに、あんまり上品には食べないんだな」
「時と場合ってもんがあるでしょ? ラーメン屋で上品に食べてても空気の読めてないやつでしかないわ」
「たしかに。てかお穣様だけどラーメン食べるんだな」
「あんたのその漫画か何かから来てるお穣様イメージはリセットしなさい。それにあんまりお穣様、お穣様言わないでくれる? 私がお穣様と呼ばせてる傲慢少女に見えるじゃない」
「え? お前傲慢少女じゃなかったの?」
「ぶっ飛ばすわよ?」
「これは失礼しました。お穣様」
オレ達はラーメンを食い終わり、会計に向かう。……久遠姉に向けられた眼差しの一部がオレにも突き刺さる。野郎どもの視線が痛い。
「お会計はご一緒ですか?」と店員がオレに問う。
「……一緒で」
「え? あんたおごらないって言ってたじゃん! あ、そっか。あんたこの場だけ出しておいて店の外に出たら請求するパターンね。ちいさいやつ!」
「んなことするか!? ……誤解されるから口を閉じてくれ」
「ホントにおごってくれるの!? サンキューね! 私今月厳しかったのよ。助かるわ!」
あんだけ店内の男どもの視線が集まる中、割り勘でなんて言えねえからな。そして、どうやらお穣様もお小遣い制らしい。少し親近感が湧くじゃないか。幻想は打ち砕かれたけど。
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