第36話 天然じゃない
放課後、オレは早足で家に帰る。久遠姉妹の妹、久遠かこと約束したからな。あの妹ちゃんはオレの家に来たいらしい。表向きは猫を見るため。裏向きは漫画を読むため。真の目的は自分で言うのもおこがましいが、どうやらオレに恋してるから。といっても今のオレに惚れているというよりは、未来のオレに未来のかこが惚れていてその影響で今のかこもオレに好意を持ってしまっているということらしい。ややこしいったらないぜ。さらにややこしいのは正確には未来から来たわけではなく、『あちら』の次元から来たんだそうだ。今、オレのカバンの中にいるタマがそう説明していた。
「お邪魔します」
約束の時間通りに俺の家に来た久遠かこは無駄に丁寧なお辞儀をしながら俺の家の敷居をまたぐ。
「えぇえええええええええええええ!?」
驚きの声を上げるひとりの中年女性。もちろん俺の母親である。
「ちょっと、翔! どうなってんの!? なんでかこちゃんが二回もアンタのもとを訪れているの!?」
おい、その反応はたとえ実の息子相手とはいえ失礼じゃないですかね、お母様。
「かこちゃん、脅されているなら私にすぐ言うんだよ?」
この前と同じネタをやるんじゃない。恥ずかしいだろうが! 久遠かこも困っているぞ!
俺は『天変地異が起こるわね』とほざく母親を無視して久遠かこを二階の自室にあげる。さすがに今回は多少部屋を小奇麗にしておいた。もう、汚くしておく必要がないからな。オレは押入れから漫画の入った段ボールを持ちだすと、久遠かこの前に置いてやった。彼女は目を輝かせて漫画を手に取り読み始める。欲しいおもちゃを貰った幼稚園児みたいな眼をしてな。
漫画に夢中になる久遠かこは正直言ってかわいかった。顔を真っ赤にしながら漫画に熱い視線を送っている。俺も適当に漫画を手に取り読んでいた。夢中になっている久遠かこに声をかけるのもなんだし、手持無沙汰だったからな。
かこが俺の部屋に来て数時間。そろそろ日も暮れてきた。
「おい、妹さん。そろそろ帰った方が良いぜ? 日が暮れちまう」
「そ、そうですね」と答える久遠かこ。おい、漫画に夢中になり過ぎだろ。顔真っ赤だぞ。
「あ、あの……」
「どうした?」
「ド、ドキドキしませんか……?」
「漫画にか?」
「ち、違います!」と言いながら久遠かこは正座している足をもじもじさせる。
「一つの部屋で二人きりのこの状況にドキドキしませんか?」
久遠かこは顔をさらに真っ赤にして少し涙ぐんだような表情を見せる。なんて破壊力の表情だ。こっちも思わず顔が赤くなっちまう!
「ド、ドキドキなんかしねーよ!」
こ、ここははっきりと言っておく。こいつがオレに恋しているのは病気みたいなもんだからな。流されちゃいけねえ。
「私はドキドキしましたよ?」
久遠かこはその可愛い顔を俺の顔に近づけて来る。クッソ! こっちがどうにかなりそうだぞ!?
「冗談です。また来ますね」
久遠かこはそう言って微笑むと俺の家を後にした。ウソつけ。冗談じゃあねえだろ。天然ジゴロめ。……天然じゃあねえのかもな。
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