第32話 血迷った不細工

◇◆◇


「それにしても、おまえが久遠かこさんとも面識があるとはなぁ。隅に置けない奴だ」

「面白がってんじゃねえよ」


 オレは眼鏡の鼻当てに指を触れながらにやりと笑う浩介に悪態をつく。オレ達は放課後のパソコン室駄弁りタイムを終え下校の真っ最中だ。


「それにしても学校のアイドル久遠姉妹の両方にお訪ねされるなんて、お前本当になにやったんだ?」

「何もやってない」

「うそつけよ。二人ともお前と話してる時なんか嬉しそうだったぞ?」

「どこを見たら嬉しそうに見えるんだ。久遠みくは終始怒っていたし、久遠かこは終始涙目だっただろうが」

「みくさんはともかくかこさんはお前の家に行けると聞いた瞬間安堵した表情を見せてたじゃないか」


 ああ、そうさ。あの妹さんは未来副作用プラス恋愛免疫不全症候群のためにオレに恋してしまっているらしいからな。だがオレは彼女に好かれるようなことは何もしていないんだよ。そりゃ、オレがあんな美人に好かれるチャンスなんてもうこれからの人生で訪れることはないだろう。でもよ、そんな病気みたいな状態で好きになってもらったら、騙しているみたいで悪いじゃないか。オレはズルしてまであの美少女に好かれたいとは思わないんだよ。仮に今のこの状態を利用してお付き合いできるようになったとしよう。でもそれでどうする? 今の病気状態が治った時にお互いに不幸しかないのは眼に見えていることじゃないか。


「おいおいどうした? 難しい顔をして……」

「なんでもない。本当にあんな美人に好かれたら最高だろうなと思っただけだ」

「たしかにあのアイドル姉妹に好かれたら最高の高校生活を送れるに違いない。そしてお前は僕が見る限り、他男子生徒を一歩リードしてるぞ?」

「思ってもないことをいうな。オレは今も昔もこれからも中の下を行く男なんだよ。間違ってもあのカーストトップ姉妹と結ばれることはない!」


 オレは軽く浩介の頭をはたく。


「ったく、マイナス方向では自信のある奴だな。……翔」

「なんだよ?」

「言っとくけど、僕はこのまま中の下で終わるつもりはない」

「なんだよ。その突然の宣言は……」

「そして僕は中の下で留まりそうな奴と友達になっているつもりもないからな」


 いやに真剣な表情の浩介がそこにはいた。


「ま、お前もマイナス思考ばかりしてないで前を向けってこった」

「まさかお前にそんなことを言われるとは思わなかったな。柄にもない……」

「はは、たしかに! ま、プラス方向にも自信を持っていこうぜってことだよ。心まで不細工になる必要はねえだろ?」

「誰が不細工だ!」


 オレはもう一度、浩介の頭を軽く小突くと別れて帰宅の途につく。心まで不細工になる必要はない、か。たしかに中学からこっち、自分の能力のなさに嫌気がさして何をするやる気もなくなっていた。……このままじゃ、本当にダメなやつになっちまうかもしれない。くそ、浩介に励まされることになるなんてな。


 家の近くの県道沿いを歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。……あまり、良い声じゃあねえな……。


 県道から一本奥に入った人気のない公園でそれは起こっていた……。


「おいおいおいおい。お約束だなぁ」とオレは呟く。そこには、他校の生徒が数人いた。あまり校内の治安がよろしくないという噂が立っている高校の生徒たちである。その中に、オレと同じ制服を着た生徒が一人……。画に描いたようなカツアゲだ。


「おい、クリーニング代を払えっつってんだろうがよぉ!?」


 金髪の男が、気弱そうな男子生徒に声を荒げている。


「き、君たちからぶつかって来たんじゃないか……」


 小さな声で男子生徒が反論するが、当然のごとく不良たちは聞く耳を持たない。金髪が男子生徒の胸倉を掴む。


「あぁ!? オレ達が悪いってのかぁ!?」


 なんちゅう剣幕だよ。どうやら、あの男子生徒は不良共にはめられて因縁を付けられているようだ。金髪が制服に着いたジュースの染みらしきものを見せつけている。ジュースを持っていた男子生徒にわざとぶつかってこぼさせたってところか。狡いことしやがる。


「触らぬ神に祟りなし、だ。……この場を離れたら110番くらいはしてやるか」と不良たちに見つからないように隠れていたオレは踵を返そうとした。その時、鈍い音が聞こえる。


「う、うぅうう……」とうずくまる男子生徒。どうやら殴られたらしい。

「なめてんじゃねえぞ、こらぁ!! 金払わねえってんならボコるだけだぞ?」


 言うが早いか、不良たちは数人でうずくまる男子生徒を蹴りあげる。や、やべえ。早く逃げて……警察に連絡しねえと。オレはUターンを再開させようとする……が、脚が止まる。


『心まで不細工になる必要はねえだろ?』


 浩介の言葉がオレの罪悪感を呼び起こすように心に響いてくる。……くそ! 妙な正義感を生み出させてんじゃねえよ。……オレが怪我したらお前のせいだぞ、浩介。……オレにはカバンの中に守護神様(子猫)もいるしな。なんとかなんだろ。ちくしょうめ! 自分でも血迷ってるとしか思えねえ。でも、次の瞬間には体が動き出していた。自分でも分からないね。一体何がオレをこんなバカげた行動に移させたのか。


「おい、事情は知らねえけどさ。やり過ぎなんじゃねえか?」


 あーあ、もう後戻りできねえな。オレは不良たちの前に立ってしまっていたのさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る