第31話 訪問者

「冗談ですよ」


 タマは笑いながら後ろ足で耳をかく。


「久遠みくとかこがご主人を狙っている理由がこれで理解できましたか?」

「ああ、現実離れし過ぎて理解に苦しむがなんとなくはな」


 だが、未来からの訪問者が来た理由をもう一つ確認しておかなくてはな。


「さて、次はお前の番だ」

「私ですか?」

「ああ、お前は未来のオレからこのオレを助けるよう命ぜられてここに来ているんだろう? それは何のためだ」

「今、ご主人が言ったとおりですよ。ご主人を助けるためにです。ただ付け加えるならば、未来のご主人は絶対に今のご主人を殺させるなと私に命じたのです。その意図は分かりかねます。というのも、私がこのように人間レベルの知識と思考力を与えられたのは未来のご主人が精神ごと消滅した後だったのです」

「じゃあ、お前は直接未来の俺とは喋っていないのか」

「ええ。でも、ご主人のことはよく知っていますよ。私の脳にはただの猫だったときのご主人との記憶が残っていますから。ご主人は良い飼い主でしたよ。でなければ、私も15年なんて長生きできなかったでしょう」


 ……疑ったらキリがない。この猫が言っていることは真実だと思うしかないだろうな。……だが、未来のオレはなんで猫に人間レベルの知能を与えたんだ? おまけにハイテク秘密道具まで渡して……。


 オレが死んだら困ることがそんなにあるっていうのか? 現状のオレにそんな価値があるとは思えん。それに未来のオレは言っていた。未来のオレと今のオレは遺伝子構造こそ一緒だが別個体だと。それならばなおのことオレを助ける意味がわからない。自分と同じ顔をした人間が死ぬのは気分が悪いから、とかか? ……そんなしょうもない理由ではないだろう。


 オレは一体どうしたらいい? このまま、いつ豹変するともわからない久遠姉妹とともに学生生活を送れってのか? 未来のオレは今のオレに何をして欲しいんだ?


「私の使命はご主人を久遠姉妹から守ることです。それがここに来た目的です。それ以上のことはありません。私はご主人の望みに従います。それが『あちら』にいたご主人の願いでもあるでしょうから。それにしてもご主人の頭の中に語りかけてきた『未来のご主人』とやらは怪しい存在です。今言った様に『あちらのご主人』は消滅しているのです。ご主人に干渉してきたその人間は『あちらのご主人』とは思えません。お気を付け下さい」


 そう言うとタマは元の子猫に戻ってしまった。



◇◆◇



 次の日、俺は登校中も授業中も休み時間もこれからどうすればいいのか考えていた。もっとも、考えたって答えは出ないんだけどな。これからも久遠姉妹は急変するだろうし、その度に俺は危険な目に遭うに違いない。でも、ただ殺されるのを待つだけなのは嫌だ。オレだって死にたくはない。天寿を全うするまで生きなきゃならないんだ。ただでさえ凡人なんだぜ? 寿命くらい人並でなくちゃあ、不公平ってもんだ。


「おい、どうしたんだ翔。朝から難しい顔をして……。悩み事か?」と声をかけてくる浩介。


 浩介に一切合財話して助言をもらうか? ……いや、やめておこう。信じてもらえるはずがない。信じてもらったところでどうなるという話でもある。いたずらにこのわけのわからない姉妹喧嘩に浩介を巻き込むだけだ。被害者は少ない方が良い。


「別にどうもしねえよ」と浩介に返答する。

「ま、話したくないならいいさ。それよりもいつまであの黒猫をパソコン室に連れてくるつもりだよ」

「ひと段落するまではずっとだな」

「いつ、ひと段落するんだ?」

「それはオレにもわからん」

「どういうことだよ……」


 俺と浩介が話していると、突然クラスがざわつき始めた。


「く、久遠さん!?」とクラスメイトの一人が声を出す。

「またか」と思いながら俺は教室の入り口に視線を移す。

 ……正直、意表を突かれた。オレはどうせまた、久遠みくが文句を言いに来たのだろうと思っていたからだ。しかし、そこにいたのは久遠姉妹の妹の方、久遠かこだったのである。


「あ、いた」


 オレの姿を見つけた久遠かこは小さく手を振りながら駆け寄ってきた。


「探しましたよ。お姉ちゃんがどのクラスに翔さんがいるか教えてくれないから見つけるのが大変でした」


 おい、妹さんよ。ファーストネームで呼ぶのはやめてくれ。アンタはただでさえ目立っているんだ。そんなアンタがオレを名前で呼ぶのは影響が大きいんだよ。アンタたち姉妹の親衛隊染みたファンに目を付けられちまう。あと、アンタの姉さまから接触禁止令が出ているんだ。あんまりお近づきにならないで欲しい。あいつに睨まれるのは面倒だからな。


「今日、翔さんのおうちに行ってもいいですか?」


 世界が一瞬凍りついた。そして、一時してざわめきだすクラスメイトたち。心配するな。お前らが思っているような関係じゃあない。


「悪いな。今日は来ないでくれるか? 用事があるんだ」


 すまんな。本当は用事なんてないんだが、アンタの姉さまに接触するなと言われているんでな。


「そ、それじゃあいつ用事がないんですか? 教えてください!」

「え? そ、そうだな。しばらくは無理だな」

「そ、そんな……」と久遠かこは涙目になっている。やめろ。そんな顔をするんじゃない。クラスメイトからの色々な感情で構成された視線が突き刺さるじゃないか!


「お前にそんなにたくさん用事があるなんて初耳だぞ?」と浩介が口を出す。バカ野郎、余計なことを言うんじゃない。

「もしかして……、私のことが嫌いなんですか……?」


 浩介の言葉を受けて久遠かこが不安そうな表情で眼に涙を浮かべる。くそ、これ以上断ったら俺が完全な悪役になっちまう。


「嫌いとか、そんなんじゃねえよ!? そ、そうだな。明日だ。明日なら来て大丈夫だ。予定を空けておく!」


 オレの回答を聞いた久遠かこは安堵したのか、小動物的可憐な笑顔を見せると、「じゃあ、明日翔さんのおうちにお伺いしますね!」と言って去って行きやがった。その後、男女問わずクラスメイトからの質問攻めにオレは遭う。どいつもこいつも勘違いした質問をしてきやがった。あいつがオレの家に来るのは、漫画があるから、後は未来のあいつがオレに好意的だからその副作用のせいだ。なんてことは当然クラスメイトに言う訳にはいかない。オレは『子猫を見に来るだけだよ』と言って質問してきた連中を誤魔化した。


「なぁんだ。そういうことか。そりゃそうだよな。かこさんがお前みたいなのと恋愛関係になるわけないもんな」とクラスメイトの一人が口にする。クラスメイトは全員が納得したように頷いていた。おい。それはそれで失礼過ぎるだろ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る