第30話 神格化

 俺が話を整理するのに必死な中、タマはさらに頭がこんがらがりそうな本題をのたまってくる。いい加減頭がおかしくなりそうだ。オレの脳スペックは驚きの低さだからな。


「ご主人がいなくなってしまい、世界は混乱に陥りました。新次元を発見し、永久の命と繁栄を約束されたかと思われた我々人類でしたが……、解決すべき問題がまだ残っていたのです。その問題が放置されたまま、世界最高の頭脳であるご主人がいなくなったのですから世界は大層困ったのです」

「なんだよ。その問題ってのは?」

「エネルギーの問題ですよ。我々は新次元を発見し、この宇宙系の外のエネルギーを使用できるようになったのです。現象を巻き戻すなんてエネルギー消費が激しい事象を起こすにはこの宇宙系だけのエネルギーでは足りるはずがないことはご主人も見当がつくでしょう? 宇宙系外エネルギーを持ってしても、エネルギーが未来永劫持つわけではないことが段々とわかって来たのですよ。当然と言えば当然なのですがね。ご主人もそう思うでしょう?」


 そう思うでしょう? と聞かれてもオレにはわからん。今のオレが未来の俺と同様の思考力を持っていると思わないで欲しい。どうも、この未来猫をはじめとして未来の奴らはオレに過度な期待を抱いているような気がする。過大評価というやつだな。


「結局のところ、宇宙系の外にあるエネルギーを使えばなんとかなるという幻想が失われ、人類は再びじり貧状態に陥ったのですよ。だが、それを解決できるであろう天才、『永恒翔』は謎の消滅を遂げている。そこで世界は考えたのです。この世界を救う手段を。その一つが『永恒翔の復活』です。これが『あちら』の久遠かこが所属する『復活派』に当たります」

「ちょっと待て。その復活ってのは……」

「そう、今目の前にいるご主人のことです。あなたに特殊なナノマシンを注入し、知識、人格、思考力を強制的に『あちら』にいたご主人。すなわち、あなたからすれば15年後のあなたに進化させ、問題を解決してもらおうという集団です」

「なんだよそりゃ……。オレを改造人間にしちまおうってことかよ」

「ええ、平たく言えばその通りです。もっとも、さきほども言った様にすでにあちらのご主人は精神情報、いわゆる魂さえも消滅しているのです。残留思念から読みとったご主人の人格、知識、感情を人工的につなぎ合わせた疑似精神情報を『こちら』のご主人にぶち込んだところで本当に『復活』するのかは疑問ですがね。私個人の予想としては精神の破綻した出来損ないのご主人が生まれるだけだと思っています」


 久遠かこが触手を尖らせてオレに突き刺そうとしていたのは、そのナノマシンとやらをぶち込んでオレの精神を造り変えちまうためだったのか。なかなかにサイコパスなことをしてくれる。そして彼女の『永遠に生きましょう』という言葉も頷ける。人格を変えた後は新次元とやらで半永久的に生きられるわけだからな。


「……疑問があるんだが、聞いていいか?」

「ええ、どうぞ」

「そんな超高次元な文明を持っている奴らがなんでわざわざ15年も地球を元に戻す必要がある? ようはオレのコピーが欲しいだけなんだろ? それならクローンでもなんでも作ればいいじゃねえか」

「ご主人、少し前に言ったでしょう? 未来では意志の力が重要視されるようになると。クローンには精神性が宿らないのですよ。確かに遺伝子情報は全くの同一でしょう。しかし、それでは意味がないのです。ご主人は両親から生まれ、友と学び舎を共にすることで天才と称される頭脳、知識、そして精神を養ったのです。試験管で培養された人間にそんな精神は宿らない。だからこそ、多大なエネルギーを消費してまで、現象を巻き戻したのです。15年もの長さの現象をね」


 遺伝子情報は同じでも別個体……、そう言えば、そんなことを未来のオレも言っていたな……。


「それなら、復活派は別に焦らなくてもいいじゃねえか。あと、15年待ってればいい。そうすればオレの人格を変えるなんてリスクを負わなくても『復活派』の望むオレが出来あがる。というかそうすべきだろ」

「それが出来ないから復活派は焦っているのですよ。お忘れなのですか? 『前進派』の久遠みくはあなたを殺そうとしているのですよ?」

「『前進派』?」

「ええ。正確に申し上げるならば、永恒翔の消滅を受け入れ、彼なしで世界を前進させようとしている者たちです。それ故、『前進派』と呼称されています。そもそも前進派は現象を巻き戻すことにも反対していたのです。15年分の全ての人間の複製を作ることに倫理的問題があると提唱していたのです。もっとも、復活派の強硬な人間たちによって現象の巻き戻しは行われてしまったわけですが」

「……なぜ、久遠みくはオレを殺そうとするんだ? そりゃ、望まない巻き戻しだったかもしれいぜ? だが、オレは現に生きてる。それを殺そうとするのはそれこそ倫理に反するだろ?」

「……それはご主人が神格化されているからですよ」

「どういうことだよ?」

「世界最高峰の頭脳を持ち、精神情報だけとはいえ、人類に永遠の命を与えたご主人が神のごとき扱いを受けるのは想像に難くないでしょう? それ故、ご主人の残した遺物は全て聖なるものとして扱われています」


 オレは少し身震いがして、鳥肌がたった。自分が神様として崇められていることもそうだが、オレの残したものが聖遺物として取り扱われていることにな。プライバシーも何もあったもんじゃないぜ。


「特にご主人の残した研究レポートは聖書クラスの扱いを受けています」


 マジでやめて欲しいんだが。未来のオレがどんな高尚な人間になったかは知らないが、自分の作ったもんが聖書になるなど思ってもいなかっただろう。聖書になったのが研究レポートだったのは不幸中の幸いだろうな。これが日記だったりしたならオレは死んでも死にきれないだろう。もっとも、俺が毎日律儀に日記を書く姿は想像できないがな。


「その研究レポートにはこう書かれていたのですよ。『現象の巻き戻しを死者蘇生に利用することには疑義が残る。私自身も消滅すればそのままそっとしておいてくれた方がいい』とね。神である永恒翔が残した言葉です。当然、永恒翔を信仰する人間達はそれを守ろうとします。そしてその信者たちの中心にいたのが……」

「久遠みくというわけか」

「ええ、そのとおりです。私も詳しくは聞いておりませんがご主人は生前、久遠みくと親しくしていたそうですよ? それが友情のレベルなのか、はたまた男女の仲にまで発展していたのかは知るところではありませんがね。ただし、久遠みくはこう公言しています。『研究レポートだけではなく、『復活することを願わない』と直接永恒翔から聞いている』とね。ご主人が本当に久遠みくにそんなことを言ったのか、真偽の程はわかりません。しかし、ご主人と久遠みくが親しかったのは周知の事実。前進派はその久遠みくの言葉も信じて活動しているのですよ。そうそう、奴らは精神破壊の技術を持っています。当然、今のご主人にも精神情報は宿っているわけですが、それさえも破壊しようとしているのです。肉体が滅びる前に情報を抜き取り、新次元に移住すれば永遠の命を得られてしまいますからね。しかし、前進派はそんなことを許すつもりはありません。複製とはいえ、ご主人の魂を生かしておくことはご主人の意志に反すると信じているからです。ですから、久遠みくはご主人の肉体的死はもちろん魂の死も狙っているのです。本心からの行動かはわかりませんがね。どうですこの一連の話、面白いでしょう?」


 何をどう解釈したら面白いと思うんだ、この黒猫は。冗談でも笑えん。オレはタマにいってやったさ。


「面白くねえよ!」

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