第29話 長い前振り

「それじゃ、オレが狙われている理由を教えてもらおうか。また、ただの子猫に戻られる前にな」

「わかりました。……そのためにはまず、この世界の基本構造をご主人に理解してもらわねばいけません。と言っても当然のことの再確認です。……ご主人はタイムトラベルが本当にできると思いますか?」

「未来から来た猫がそんなこと言うのかよ。答えはイエスなんだろ?」

「……そう思いますよね。……残念ながら答えはノーなのです」


 どういうこった。こいつらは未来から来たんじゃないのかよ……。


「それはお前らの存在と矛盾してるじゃないか」

「先ほども言ったでしょう? 私たちは『あちら』『こちら』という言葉と『未来』『過去』という言葉を使い分けている、と。私は正確に言えば未来から来たわけではないのです。『あちら』の次元からやって来たのです」


 わからん。こいつの言っていることはさっぱりわからん。


「『あちら』かなんだか知らないが……少なくとも、その次元とやらに行けるようになるのは12年後なんだろ? それならお前らは未来から来たに違いないんじゃないのか?」

「いえ、違います。ここがややこしい話なんですが……、我々は時間を巻き戻してこの12年前に来たわけではないのです。我々が巻き戻したのは『現象』の方なのです」


 また、妙な熟語を繰り出してきたな。『現象』? 俺の知っている意味の現象とはちっとばかし違うんだろうな、どうせ。


「例えるなら……そう。ご主人は川の水の流れを見て、全く同じ流れが生まれることがあると思いますか?」

「まったく同じ流れ? それがどういうレベルでの話をしているのか知らんが……、答えはノーだろ。同じような流れが起きることはあっても、原始単位でまで見れば、全く同じ流れが二度起こることはないんじゃないか?」


 原子単位の話だけじゃないな。宇宙は凄いスピードで広がっているっていうし。それに伴って地球も凄いスピードで動いていると聞いたことがある。位置的なことも考えれば、全く同じ状態のことが起こるってのは不可能だろう。


「ご主人の時代であればそういう答えになるでしょうね」


 その言い方だとハズレってことか?


「その川の流れこそ『現象』なのです。もちろん川の流れだけではありません。コップに入れた氷が溶けたり、雲が流れたり……。全ての現象は不可逆的である。それが今から12年後までの常識でした。しかし、新次元の発見により、現象は可逆的であることが判明したのですよ。正解を言うのが遅れましたね。全く同じ川の流れは生まれます。ただし、自然的には起きません。人工的に起こすのです。コップの氷が溶けたのならば、溶ける前の状態に戻すのです。おっと、ここでいう『戻す』は時間を戻すということではありません。コップの氷を元に戻すのです。温度、形、固さなどなど。原子一粒に到るまで、全てを完璧に同じ状態に戻すのです」

「……正直、話の内容は半分くらいしかわかんねえけどよ。つまり、お前らはコップの氷……すなわち現象を元に戻しただけで、時間は戻してないってことなのか?」

「そのとおりです」

「なんじゃそりゃ? えーと、じゃあお前らは地球まるごとか宇宙まるごとかはわからないが、そっくり全てを12年前の状態に戻したってことでいいのか? そして今の次元から移住した「新次元」とかいう場所から魂だか意識だかだけを今俺たちがいるこの『戻した地球』に送り込んできたってことなのか……?」

「さすがはご主人、理解が早い。ただ正確に言うと15年前の状態に戻しています。新次元発見の12年後のさらに未来の3年後から我々は来たのです」

「……理解が早いかどうかは知らんが……。……世界を戻すことになんの意味があるってんだ? 俺にしてみればわざわざ12年前の状態に戻す意味がわからん!」

「そこでご主人の消滅が関わってくるのですよ。……ご主人、今言った『新次元の発見』と『現象の巻き戻し』は一人の天才が発見したのです。もう言うまでもないでしょう? 二つともご主人が発見されたのですよ」

「オ、オレが……!?」


 以前、こいつはオレに対して人類最高の頭脳だかなんだか言っていた。たしかにこんなタイムトラベル紛いのことができるようになる発見をしたのなら人類最高の頭脳といっても過言ではないだろう。だが、やはり納得できん。オレにそんな才能があるとは思えないからな。半信半疑のオレを知ってか知らずかタマは喋り続ける。


「そう、ご主人は人類最高峰の天才だったのですよ。あなたが新次元を見つけたことにより、人類は永遠の命を得た。誰もが人類の永久的繁栄を確信しました。しかし、あなたは突然この世界から消えてしまったのです。肉体はもちろん、新次元の精神さえも……。希代の天才を失った我々人類は混乱と絶望に陥りました」

「そんな一人の人間がいなくなったくらいでおおげさな……」

「おおげさなどではありません!」とタマは語気を強める。

「ご主人を失うというのは、我々人類にとって、神を失ったことと同意なのです。それ故、神を失った世界で私たちは大きく二つの勢力に別れてしまった……」


 猫が我々人類と言っていること、オレが神になっていること……。突っ込みたいことは色々あったが、オレは聞きかえした。


「その二代勢力っていいうのが、『未来の久遠姉妹』なのか?」

「ええ」


 ふう。長い前振りだったが、ようやく久遠姉妹がオレを狙っている理由に辿りつけそうだ。

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