第26話 巻き戻り

 ……たしかに久遠かこの言うとおり、奴はオレに向かって触手を伸ばしていたはずだ……。しかし、奴の触手は引っ込んでしまっている。なんでひっこめたんだ。いや、奴の言動から察するに引っ込めたんじゃなく、引っ込めさせられたみたいだな。


 誰に?


 ……考えるまでもないな。他でもないオレによってだろう。未来のオレが渡したものが久遠かこの触手を引っ込めさせたに違いない。どんな仕組みかは知らんがな。


「はぁああああああああ!!」


 人外姉妹の妹はまたしてもオレに向かって黒粒子産の触手をオレに向かって突き刺してくる。怖えよ。だが、今度は目を瞑るわけにはいかねえ。何が起こっているのか見定める必要がある。未来のオレがオレに渡したものが何なのか。そしてその効果を。


「んなっ!?」


 オレの目の前には信じられない光景が写る……。世界が『元に戻った』のだ。久遠かこが触手を出す前の世界に……。一瞬で。


 その捲き戻り方は例えるなら、ネット動画のシークバーをいじって見逃した場面に戻したようだった。瞬く間もなく戻ったのである。アンティーク物のアナログ製品であるビデオテープの巻き戻し画面のようにではなく、テレビ画面が切り替わるように一瞬で……。


 贈り物はたしかに良いもんのようだな。未来のオレさんよう、こんな世界の理を無視するような代物を何の変哲もない男子高校生であるオレなんかに渡してもよかったのかよ? 神様に断りをいれてるんだろうな?


「タイムシェルパ! 時間軸の確認をしなさい!」


 久遠かこが血相を変えて叫び出した。オレに対して言ってるんじゃないな。何かと交信しているようだ。未来の通信員相手ってとこか?


「う、うそ……。信じられない……。私の行動の一部が吹き飛んでいる? じゃあ、本当に世界が上書きされたということ……? 過去へのタイムトラベルはできないと結論が出ていたはず……。それなのに……」


 久遠かこがまたよくわからないことを言い出したな。過去へのタイムトラベルはできないっていうのだけは理解できたが……。って、ん? こいつら未来から過去にタイムトラベルしてきたんじゃなかったけか? それじゃあ、過去へのタイムトラブルができないってどういうことだよ。こいつら自身がその言葉と矛盾してるじゃねえか。


「……翔さま、どのような技術を使ったのかは存じませんが貴方様の持っている『それ』は危険すぎます。回収させていただきますわ!」


 回収も何も、オレは『それ』とやらがどこにあるのかさっぱりわからんから渡しようがないんだがな。結局、あの『世界の捲き戻り』はオレが起こしたということで間違いないらしい。しかし、どうやって発動させているのか、『それ』がどこにあるのかはオレにもわからん。未来のオレは何も説明しなかったからな。取扱説明書くらい置いていけってんだ。


 久遠かこは三度オレに向かって触手を突き刺そうとしてくる……が。


「ま、また……!?」とかこが口を開く。


 再び世界が一瞬で捲き戻り、かこの触手が戻る。触手だけではない。世界の全てが『元通り』に戻るのだ。


「……分が悪いですわね。その能力がいつまで続くのか、何回使えるのか……。不透明な以上は手を出さない方がよさそうですわね。……翔さま、今日はこの辺で帰らせていただきますわ。ごきげんよう」


 かこは白いドレスのスカートを少し持ち上げるとお辞儀をした。直後、彼女の体が光り出し、制服を着た久遠かこに戻る。その場で倒れそうになる彼女をオレは咄嗟に体で受け止める。


「う、うーん……」


 かこは眠りから目覚めるような声を出しながら両瞼に隠されていた可憐な瞳を露わにさせる。


「か、翔さん? 私、今まで何を……?」

「……やっぱり覚えてないか……」


 オレがため息をつきながら、久遠かこを抱きかかえていると……、背後から怒号が聞こえたきた。


「ふ、不潔よ不潔! 永恒! アンタ、何かこに手を出してるのよ!?」


 振り向くとそこには最早毎度となった表情があった。顔を真っ赤にして眉を吊り上げているのは久遠みくである。


「……事故だ」


 オレはきちんと伝えたが、みくの怒号が止まらなかったのは言うまでもない。

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