第23話 二人だけの秘密
……この美少女、『鈴木ナツビの優越』のタイトルを聞いて『やっぱり』と言ったか? おいおい、まさかな。
「……妹さん、あんた『鈴木ナツビの優越』を知ってるのか……?」
「え、ええ。私たちが生まれる前くらいに流行ってたみたいですよね。山々留の代表作……!」
たしかこの作品はライトノベルが原作だったんだよな。アニメ化されて大ヒットを飛ばしたらしい。全てオレ達が生まれる前のことだが、ちょっとネットで調べればすぐに二〇〇〇年代の最高傑作アニメとして出てくる。それくらい有名な作品だ。それにしても、こんな一昔前の作品をお穣様が知っているなんてな。少し親近感が湧くじゃねえか。
「私は小説しか拝見したことがなかったんですけど、漫画もあったんですね。アニメを放送していたっていうのはお伺いしたことがあるんですが……」
そう言えば、この子は文芸部だったな。文芸部っていうのはライトノベルにも手を出すものなのか?
「い、いえ。これは私のしゅ、趣味です。文芸部は関係ありません」
久遠かこは恥ずかしそうに俯きながら答える。顔を真っ赤にして。なんなのこの子メチャクチャかわいいんだが。
「ああ!? これは……、『あのふざけた世界に鉄槌を!』ですね。これも漫画になってたんだ……」
この作品もライトノベルが原作だったな。通称『あのふざ』。ギャグメインの異世界活劇と見せかけたラブコメ作品だ。これもちょっと調べたらすぐにネットで出てくる。二〇一〇年代の深夜アニメの代表作品だ。この作品もオレ達世代が生まれる前のもんだな。
「……妹さん、あんたライトノベルが好きなのか?」
「は、はい」
そりゃ「はい」以外の答えはないだろう。こんな昔の作品まで読んでいてライトノベル好きじゃないって方が無理がある。
「あ、あのう。まだお名前を伺ってませんでした。教えてもらっても良いですか……?」
「……オレの名前は『
「永恒翔さん……。私は『久遠かこ』です。よろしくお願いします」
「知ってるよ。あんたたち姉妹を知らないやつなんてウチの学校にはいないよ」
「な、永恒さんはライトノベル好きなんですか?」
「いや、あんまり読まないな」
ウソを言っても仕方ない。オレはライトノベルを読まない。活字アレルギーだからな。アニメや漫画は良く見るけど。
「妹さん、アンタはアニメや漫画は見ないのか?」
「そ、その……み、見たいんですけど」
久遠かこはもじもじしながら少しずつ事情を説明してくれた。
久遠家は代々続く名家らしく、幼少期は漫画やアニメと言ったものに厳しかったそうだ。久遠姉妹に与えられるものと言えば、文豪と呼ばれる有名小説作家たちの著作物で、それが一番ましな娯楽物だったようだ。久遠みくも同じ環境だったが、本を読むくらいなら外でかけっこをしている方がましだといわんばかりに運動をしまくっていたらしい。想像に難くないな。
久遠かこはみくほど活発でなかったから外で遊ぶよりは……と、親に与えられた固い小説を読んでいたそうだ。そんな時、なぜか小学校の図書室に置かれていたライトノベルにふと手を伸ばしハマってしまったとのことである。なんせ、漫画と違って外側のカバーを外し、カラーページの挿絵部分を切り取ってしまえば見た目はただの本だから、親たちの目を盗んで読むことができたらしい。
オレはライトノベルを読まないから想像でしかないのだが……、ライトノベルの挿絵ってラノベの9割を占めるくらい重要な部位じゃないのか? それを引きちぎってしまうとは……。だが、そうまでしてでも読みたいくらい他に娯楽がなかったんだろう。厳しい教育環境だったことが伺えるな。
「……読んでみるか?」
「え?」
「漫画だよ。漫画ならオレは腐るほど持ってるからさ。アンタが読んだことのあるラノベの漫画版もあるかもしれないし」
「い、良いんですか?」
「別に良いよ。減るもんじゃねえしな」
「あ、ありがとうございます……!」
久遠かこは眼を輝かせながらオレにお礼を言って来た。よっぽど嬉しいんだろうな。それにしてもオレとこの姉妹の住む世界が全く別物なんだってことがよくわかるぜ。このご時世にまだ漫画やアニメを見せないという教育をする家庭が存在するなんてな。信じられん。
オレは段ボールに入れていた漫画類を押入れから引っ張り出してきた。久遠かこは食い入るようにして漫画に目を通していた。猫を見にいくという当初の目的はすっかり忘れてしまったんじゃないかと思ってしまうほど、集中して漫画を読んでいる。それにしても凄い集中力だ。漫画を読みだしてから一回も声を発しない。夢中になるっていうのはこのことをいうのかもしれないな。
気付けばもう時計の針は午後6時を指し示していた。
「おい、妹さん。帰らなくていいのか?」
オレの言葉にはっと我に帰った久遠かこは自分のスマートフォンで時間を確認して、「もうこんな時間!?」と驚き慌てて帰る準備を始める。
オレは久遠かこを大通りまで送っていくことにする。姉の方からおもてなしするよう指令をうけているからな。
「こっからは歩いて帰れるよな?」
オレは大通りに到着すると久遠かこに確認を取る。こっから久遠家までは真っ直ぐ歩くだけだそうだ。電灯が短い間隔で取り付けられている明るい道だから暴漢に襲われるなんてこともないだろ。
「ここまで送ってくれてありがとうございます」とお辞儀する久遠かこ。
「なぁに。アンタをエスコートしないとあのお姉さんに何言われるか分からないからな」
「あ、あの……」
「なんだ?」
「また、漫画を読みに来ても……いいですか?」
「オレの汚い部屋でいいなら、いつでも来ればいいさ」
「あ、ありがとうございます。……あ、あの、私がライトノベル好きなこと、黙っててくださいね……? 誰にも言ったことないんです。お姉ちゃんにも……」
家にバレるのがイヤなんだろうな。オレはわかったと頷く。
「……オレもそんなおおっぴらに漫画好きだって言ってないんだ。アンタも黙っててくれよな」
「……わかりました。『二人だけの秘密』ですよ……!」
オレは思わずどきっとしてしまう。スカートをたなびかせながら鼻もとに人差し指を当て、『静かに』のポーズをとる久遠かこ。彼女が見せる満面の笑みがあまりにも色っぽかったからだ……。……天然ジゴロめ。オレは彼女が見えなくなるまで大通りで見送った。……何か大事なことを忘れている気がする。思い出すのに時間はかからなかった。当初の目的を忘れてしまったのは、久遠かこだけではない。オレもだったのだ。
「全然嫌われてねえ……」
オレは明日、久遠みくに何を言われるかを考えると頭が痛くなるのだった。
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