第22話 『鈴木ナツビの優越』

 久遠かこの話をまとめるとこうだ。姉の久遠みくからオレの家の住所を教えられ、スマートフォンのマップアプリの誘導に従い、オレの家の街区まできていたのだがそこでスマートフォンのバッテリーが切れ、右往左往していたということだった。なんせオレの名前をまだ知らなかったらしく、表札で探すこともままならなかったのである。それなら手当たり次第にそこらじゅうの家のインターフォンを鳴らして確認すればいいんじゃないかと思ったが、オレにも非があったのだからそれは言うまい。約束の時間になったら玄関の前で待ってあげるくらいの配慮がオレにも必要だった。男友達を待つのと同じ感覚でいたからな。それにしても、オレの名前くらい事前に教えておけよな、久遠みくよ。


「すまないな、妹さん。ちゃんと家の外で待ってあげるべきだった。悪い」とオレが謝罪すると、「いえ、私もお待たせしてすいません」と彼女も謝って来た。どこかのだれかと違って謙虚な子だ。これがもし姉だったら、暴言のひとつやふたつ飛んでくることだろう。……おもてなしした上で嫌われろと言ってたな。早速おもてなしに失敗してしまった。……明日、あいつから文句を言われるのは間違いないだろう。


「まあ、汚いところだが上がってくれ。本当に汚いから覚悟してくれよ?」


 オレは自宅の玄関を開けると、久遠かこをエスコートする。


「お邪魔します」


 久遠かこは無駄にお上品にお辞儀をして、家の中に入る。こんなぼろい家にそのお上品さはもったいないぞ?


「まあまあまあ」


 わかりやすい驚嘆の声を発しているのはオレの母親だ。


「友達が猫を見に来るとは言ってたけど、まさかこんなかわいい女の子が来るなんて……。翔! アンタどんな悪いことしたの!?」

「なんもしてないわ!」


 オレに問いかけたくせにおふくろはオレの言葉を無視して久遠かこに話しかける。


「なんでこんな男の家に? 何か脅されているの?」


 おふくろは久遠かこの身を案じ心配した様子で声をかける。おい、どんだけ実の息子が信じられないんだよ。


「い、いえ。そんな脅されてとかないですよ?」


 久遠かこは苦笑いしながら、オレが犯罪まがいのことをして連れてきたのではないかというおふくろの説を否定してくれた。


「翔……。もしこの子に手を出すようなことがあったら、私はお前をただじゃおかないよ? ……お穣ちゃん、お名前は?」

「久遠かこと言います」

「そう、かこちゃんというのね。もし、この男が少しでも不快なことをしたらすぐに言うんだよ? 私がなぐり飛ばしてあげるから」

「あ、ありがとうございます」


 久遠かこは苦笑いフェイスを崩さずにおふくろの言葉に応える。ねえ。オレって誰の子供なの? ここまで信用されてないとかある? 涙出てきそうなんだが。


「心配しなくても、この子はただの同級生だ。おふくろが思ってるようなことにはならねえよ」

「は? 当たり前でしょ。もし、万が一、億が一、兆が一、アンタがかこちゃんみたいな美人と付き合うなんてことがありえたら……それは世界の損失よ。テロリズムよ。そんなことになったら、私がその子に全力で説得するわ。『目を覚ましなさい。あなたが好きになった男を冷静になってもう一度よく見てみなさい……。違うでしょ?』ってね」


 ねえ。本当にオレって誰の子供なの? 橋の下で拾われたの?


 反論する気も失せたオレは久遠かこを2階の自室に案内する。もちろん黒猫ちゃんもスタンバイ済みだ。あとはオレのセッティングした女子ドン引きの部屋を久遠かこの網膜に焼きつけさせる。それで任務完了だ。


 オレの部屋に入った久遠かこは絶句している。そりゃそうだろ。オレの部屋のそこらじゅうに所謂、萌え系キャラが表紙を飾った漫画が散らばっているんだからな。さすがに姉の方がいっていたようなアダルト雑誌をばらまくわけにはいかない。だが、ある意味それ以上に効果はあるはずだ。近年オタク文化が浸透し、一昔前に比べれば美少女キャラクターに対して世間も寛容になっているそうだが、あくまで寛容になっただけだ。認められるようになったわけじゃない。この惨状を見れば百年の恋だって冷めるだろうよ。ちなみに漫画は全てオレの持ち物だ。


 久遠かこの表情を見ると赤面している。表紙の中には半裸のキャラクターもいるからな。お穣様には刺激が強いだろう。


「あ、あの子猫ちゃんはどこに?」


 かこは恥ずかしさを誤魔化すように黒猫の場所を聞く。オレがゲージの中だよと伝えると、そちらを注視する。


「……名前は決まったんですか?」


 名前? そういえばこの猫、自己紹介してたな。なんて言ってたっけ? ええと……、ああ思い出したぞ。


「タマだ」

「タマちゃんって名前にしたんですね。良い名前付けてもらってよかったね。タマちゃん」


 久遠かこは子猫以上にかわいらしいスマイルでタマを見続ける。


「あ、あの……」


 そうだろう。帰りたくなっただろうとも。こんな美少女キャラクターが描かれまくった漫画の海はお穣様には不快で仕方あるまい。


「あ、あれって……」


 久遠かこはおどおどしながら、美少女キャラクターが描かれた漫画を指さす。


「ああ、あれね」


 オレはわざとらしく答える。もし、オレが本当に狙っている女子を部屋の中に連れてきてあの類の漫画たちを見られたら……、友達が置いてったんだよと言ってごまかすだろう。だが、今回はこの子に嫌われるのが任務だ。


「『鈴木ナツビの優越』っていう昔の美少女漫画だよ。オレああいうのが好きなんだ。あんまり友達とかには言わないでくれよ。美少女漫画好きなのは隠してるからさ」


 隠してるなら片づけておけよという突っ込みが久遠かこから飛んでくることはないだろう。これでトドメはさせたかな。さあ、久遠かこよ。オレに向けていたささやかな好意など吹き飛んでしまっただろう? オレへの失望の気持ちを抱きながら帰るがいいさ。


「やっぱりそうですよね。『鈴木ナツビの優越』ですよね!?」

「ん?」

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