第21話 遅刻

「おい、翔。その不自然に膨らんだデカいカバンの中身はまさか……」


 翌日、いつものように登校するオレに声をかけてきたのはもちろん浩介である。まったく、おはようを言うのが先じゃないのか?


「お前だっておはようより先にどついてくることばっかりじゃないか。そんなことより、僕の質問に答えるんだ。そのカバンの中身は……」

「お前の想像通り、黒猫だ」

「今日も連れて来たのかよ!?」


 オレはコクンと頷くと、浩介に向かって手を差し出す。


「なんだよ、その手は。……まさか、またパソコン室に置きたいから鍵を貸せというんじゃないだろうな?」

「そのまさかだ」

「いい加減にしろよな。昨日も言ったがパソコンにおしっこかけられたりしたらたまらないんだよ!」

「その点は大丈夫だぜ?」


 何が大丈夫なんだよ、と言い出しそうな浩介の視線を受けながら、オレはカバンの中身を見せる。


「ちゃんとかごに入れてるからさ。いいだろ?」


 そう、オレは昨日、久遠みくとの作戦会議終了後、閉店間際のホームセンターに滑り込み、ペットゲージを購入したのだ。それを学校に指定されている最も大きなカバンに入れて持ってきたのである。いやあ、何に使うか分からなかった馬鹿でかいカバンだったが、まさか役に立つ日がくるとは思わなかったぞ。


 ゲージに入った黒猫を見て反論する気が無くなったのか、浩介は無言でオレに鍵を渡す。オレは「サンキュー」と言って鍵を受け取ると、パソコン室に向かうのだった。


 黒猫をパソコン室に置いて授業を受けるオレだが、幸いにも助けを乞うことが必要な場面は訪れなかった。もしかしたら、あの姉妹の人格が変わるためにはインターバルが必要なのかもな。


 いつも通りに授業を受けていつも通りに放課後を迎えたオレに、いつもと違うお相手からSNSで連絡が入る。


『忘れてないでしょうね! 今日かこが放課後アンタの家に向かうわ。きちんとおもてなしした上で嫌われなさいよ!』


 久遠みくからの連絡である。オレの家の住所は昨日の作戦会議の時点で彼女に伝えているので、彼女経由で妹の方にも伝わっているだろう。おもてなしした上で嫌われろとはなかなか無茶なオーダーであるが、オレのためにも成功させねばなるまい。全てはあちらの久遠かこにこちらの久遠かこが乗っ取られないようにするためだ。


 それにしても成り行きとはいえ、学校一の美少女姉妹(双子)の片割れの連絡先を手に入れたオレはもしかしたら幸福なのかもしれない。他の男子に言いふらしたら羨ましがられれるに違いないだろう。ただ悲しいことに、その片割れはオレに対して恋愛感情を持つような性格には見えず、そんな彼女の性格を目の当たりにしたオレもまた彼女のことをかわいいと思うことはあっても、恋愛感情を抱けるかと言ったらクエスチョンマークが付くようになってしまったことだ。高嶺の華という言葉があるが、もしかしたら華は高嶺にあるくらいの方が神聖に見えて良いのかもしれないな。近づき過ぎるとどうしても嫌な部分が見えてしまうもんだ。


 オレは課業終了を告げるチャイムとともにパソコン室に向かうと、カバンに黒猫の入ったゲージを詰める。


「お、今日はパソコン室でだらだらしないのか?」

「ああ。ちょっと用事があるんでな」

「お前が用事なんて珍しいな。デートでも行くのか? ……そんなわけないか」

「うるせえよ。……じゃまた明日な」


 オレは浩介と挨拶を交わすと帰宅の途に着いた。久遠かこも課業終了後すぐにオレの家に向かうことになっている。早めに帰らなきゃな。……家に女の子を招待するなんてもしかしたら人生で初めてかもしれないぞ。招待理由がオレを嫌わせるため、というのが哀しいところだ。オレははぁとため息をつく。家に帰り着いたら妹が到着するまで少し昼寝するか。自宅に辿り着いたオレは制服のままベッドに横になる。


「……はっ!?」


 再び意識を取り戻した時、既に約束の時間の3分前ぐらいになっていた。あぶねえ。寝過ごすところだったぜ。オレはベッドに座ると久遠かこの到着を待った。


――3分後――


 久遠かこはまだ到着しない。まあ、時間通りくるようなものじゃない。オレだって浩介との約束通りに到着したことなどないからな。まあ、お穣様が時間にルーズなのはちょっと幻想を崩された感じがして哀しくはあるが……。


 ――15分後――


 久遠かこはまだ到着しない。い、いや、オレも浩介との約束で15分くらい遅れたことあるし、まだ、まだ大丈夫だ。


 ――1時間後――


 いや、どういうことだよ!? どんだけ遅れてるんだよ! 久遠みくのSNSに連絡を入れてみたが、部活動中なのかまったく既読のマークは出てこない。久遠かこはどこをほっつき歩いてるんだ!? オレはたまらず、家の外に出て周囲を確認する。すると、程無くしておどおどしながら周囲をきょろきょろと見渡す久遠かこを見つけることができた。


「あ……。よ、よかったぁ」


 涙目で安堵の言葉を吐きながら、久遠かこは心底安心したような表情をオレに向けてきた。あまりにかわいい小動物系涙目スマイルを前に、遅刻してきたことに対する怒りが全て吹き飛んでしまったことは言うまでもないことだろう?

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