第19話 クレーター見学

 午後の授業だが、未来猫の言った言葉を頭の中で反芻し、自分なりに思考を整理していると不思議と眠気がなくなった。昨日一睡もしていないとは思えないほど眼が冴えてしまっている。ただ、授業に集中しているかと言われれば……、全く集中していない、できるわけがない。オレの頭は未来のことで一杯だ。


 ……あの黒猫と久遠姉妹の人格が未来から来たものなら色々なことに説明はつく。突然現れた武器も驚異的な回復力も久遠姉妹の変身も未来の技術ということなら一応納得はできるからな。


 しかし、まだまだ謎だらけだ。結局、なぜオレをあの美人姉妹が狙っているのかわからないし、あの黒猫がオレを守りに来た理由もわからないままだ。何が目的なのか皆目見当がつかないが、あの猫は言っていた。オレの頭脳は人類最高だと。アレは単なるリップサービスか? それとも本当にオレが人類最高の頭脳を将来持つことになるって言うのか? 自分でいうのもなんだが頭のできが悪いオレがそんな御大層な頭脳を持つことになるとは現状まったく想像できん。もし、人類最高の頭脳をオレが獲得するというなら、それが姉妹に狙われる理由なんだろうか……。


 そして、未来の世界のオレはどうなってるんだろうな。……あまり考えたくはないが、もう既に死んじゃってるって可能性もある。それにしても、久遠みくは自分と妹がどんな人生を歩むのか、その辺気にならなかったんだろうか? あんなに未来の妹の性格が変わっちゃってるんだから何があったかめちゃくちゃ気になりそうなもんだと思うんだが……。あいつはさっきの昼休みの間中、終始、現在のかこのことだけを考えているように見えた。……もしかしたら、まだあまり実感が持ててなくて、考えがまとまっていないのかもしれない。……オレだってまだ本当に信じきることはできていないからな。


 オレは午後の授業の間じゅう、一連の出来事を自分なりに考察していたが、何の答えも生み出すことはできなかった。情報が少ないのもあるし、元々頭の悪いオレが考えたって大した回答が生まれるはずもない。下手の考え休むに似たりってもんだ。


 オレが思考と妄想に耽っていると、驚くほど早く午後の授業は過ぎて行き、あっという間に放課後になった。


「おい、翔。黒猫を連れてお前んちに行こうぜ!」

「オレんち?」

「なにとぼけてんだよ。お前の家から隕石のクレーターを見せてくれって今朝話したじゃないか。忘れたのか?」


 浩介の言葉を聞いて思い出す。そういえば、そんな約束をしてたな。昼休みに頭に仕入れた情報を整理するのに必死ですっかり忘れてしまっていた。……久遠みくとの約束は午後7時だったな。一回家に帰っても十分間に合う時間だし大丈夫だろう。オレ達はパソコン室に向かい、黒猫をカバンに入れると帰宅の途につく。


 浩介と自宅に向かう道中、まだマスコミや自衛隊と思われる人たちがうろついていた。裏の空地も黄色のテープで侵入ができないようになっていた。


「やっぱり外からは見えないみたいだな」


 浩介はどうにかしてクレーターと隕石が見えないかテープの外側からつま先立ちをしてみたりしながら覗きこむが見えなかったらしい。


「よし、そんじゃあ翔の部屋から見せてくれよ」


 オレはお袋に浩介を軽く紹介して自宅の2階にある自室に上がらせる。おふくろは「あんた友達いたの!?」と驚いていた。自分の息子の社交性をどこまで疑ってるんだよ。


「この窓から見えるんだよな!?」


 オレの部屋に入った浩介はオレの返答を待つことなく、窓を全開にする。今日はみんなせっかちだな。もしかしたら、地球も自転を少し早めてるのかもしれない。


「おぉー」


 浩介が感嘆詞を吐くのでオレもつい気になって覗きこむ。そこにあったのは小さなクレーターであった。昨日の夜と対して変わり映えしていない。正直、なんだ、こんなもんか、と思ってしまった代物のままである。隣で眼を輝かせている友人には申し訳ないが、あまり感動はしないな。


「あれが隕石かな!?」


 浩介はクレーターの中央を指さし、嬉しそうに叫ぶ。たしかにクレーターの中央に少し膨らみがある。もっとも周辺の砂を被ってしまったのか、隕石の姿を直接目にすることはできなかった。そう言えば、昨日も煙で隕石本体を見ることはできなかったな。


 オレと浩介が騒いでいるのを聞きつけたのか、空地の一般人侵入禁止区域内で活動していた自衛隊と思しき隊員たちがブルーシートでクレーターをまるごと隠してしまう。


「……なんで隠すんだよ。意地悪だなぁ。見ても減るもんじゃあないだろうに」


 浩介は文句を垂れているが、立入禁止にして一般人を入れていない中、オレ達見たいな例外を認めちまったらそこらじゅうの民家からマスコミが撮影を開始するだろう。むしろ、オレ達が帰ってくるまでそういったことをしてなかったのが奇跡的じゃないか? 少しだけの時間だったとはいえ、クレーターと隕石(砂被り)を生で見れただけいいじゃないか。それにほとぼりが冷めたらいつでも見れるようになるだろうよ。不満そうな浩介にオレは声をかける。


「そんなに残念がるなよ。大したもんじゃあなかっただろ?」

「なに言ってんだよ。オレ、生のクレーターなんて初めてみたんだぜ? それもできたて。こんな珍しい物、来世でも見れるかわからないぞ?」


 この宇宙に来世なんてもんがあるかは知らないが、そんな貴重なもんかね。宇宙の起源がわかるかもしれない? 貴重なサンプル? ニュースでは学術的な価値が囁かれているが……、申し訳ないことにオレにはただの石と穴にしか見えん。


「それにしても、翔。部屋汚いな。もうちょっと綺麗にした方がいいぞ?」


 うるさい。余計なお世話だ。

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