第18話 感情の乗っ取り

「まったくご主人は危機管理能力がない。危険な姉妹と二人きりで談笑とは……」


 姉妹喧嘩の時に逃げ出そうとしなかった子猫には言われたくないが……こいつの言うとおりではある。いつこの姉が急変するかわからないんだからな。


「危険な姉妹ってのは私とかこのこと?」

「ええ。もちろんそうです。……どうやら今は『こちら』の人格のようですね。……ご主人、気を付けて下さいよ。細心の注意を払ってはいますが、時と場所によってはお守りすることができなくなりますから……」

「……その口ぶり……。本当に私もかこと同じように人格が変わってしまうらしいわね」

「……自覚しているのですか? それともご主人から人格が変わっていることを指摘されて知ったのですか?」

「自覚はないわ。こいつから聞いた」


 久遠みくはオレを人差し指でさす。まったく、お穣様なのに両親から人を指でさすなと教わらなかったのか?


「そうですか。……もし自覚があるようだったら危険度が上がるところでしたよ」

「危険度?」

「……こっちの話です。それより、なぜ『こちら』の久遠かこがご主人に好意を寄せているのかを知りたいのでしょう?」


 子黒猫は後ろ足で頭を掻くとおすわりをしてから視線をオレ達に固定した。


「教えてくれ。ついでにこいつらの人格が変わらないようにする方法も」

「残念ながら、久遠姉妹の人格の変化を止めるすべを私は知りません。だからこそ、ご主人を守るために私は『あちら』から『こちら』に来たのです」


 人格の変化を止める術はないのかよ。それじゃあ、オレはどうすりゃいいんだ? これからずっとこいつら姉妹に命を狙われる生活かよ。気が滅入りそうだ。オレが少しうなだれていると、久遠みくが口を開く。


「ちょっと待って。一応確認させてちょうだい。子猫ちゃん、あなたの言っている『こちら』やら『あちら』っていうのは『現在』と『未来』ってことで合っているのかしら?」

「ええ。貴方達の認識ではそれで合ってます。もっとも、貴方達の持つ未来観とは少し異なっているかもはしれませんがね」


 未来の世界がどうなっているのか、未来のオレがどうなっているのか……聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずは眼の前のことが優先だな。


「なあ。なんでこいつら姉妹はオレのことを襲って……」

「なんで、かこはこいつに好意を持っちゃったの?」


 久遠みくがオレの言葉を遮って黒猫に質問する。全く、相当わがままに育てられたな、こいつ。人が話してる時に被せるように喋るなってんだ。


「簡単なことですよ。『あちらの久遠かこ』の記憶が『こちらの久遠かこ』に定着しかけているということです」

「全然ちっとも簡単じゃない。オレは理解力が低いんだ。もうちょっと噛み砕いて説明してくれよな」

「ようはあちらの久遠かこがご主人のことを好いていて、それがこちらの久遠かこの感情にも影響を与えているということです」

「なるほど」

「……なるほど、じゃないわよ! それってこっちのかこがあっちのかこに乗っ取られるかもしれないってこと!?」


 久遠みくが血相を変えて黒猫に問いかける。


「その可能性はあります。場合によってはそれを狙っているということもありえるでしょう。もっとも、人格全てを上書きして定着させるというのは私たちの技術を持ってしてもなかなかできることではないのですが……対策をしておく方が賢明でしょう。そういう意味では久遠かこの恋心を折るというのはひとつの抵抗策にはなるかもしれませんね」

「なんで、妹さんの恋心を折ることが抵抗策になるんだよ?」

「我々の技術は意志の強さがカギになってくるのです。人格を乗っ取るというのはご主人が思っている以上にエネルギーが必要なのです。今、私も自分の子供時代の体に憑依しているわけですが結構しんどいんですよ? ……逆に言えば、こちらの久遠かこの意志が強ければ、乗っ取るのは難しくなるというわけです。好意と全く反対の嫌悪という感情をこちらの久遠かこに植え付ければ、あちらの久遠かこは乗っ取りをしづらくなるでしょう」

「……すごい技術力を持っている割には案外根性論でなんとかなるってわけか。不思議な話だ」

「未来に行けばいくほど、人間の持つ意志力というのが重要視され始めます。この時代の人間にはあまり想像できない話ではあるでしょうが……」

「好都合じゃない。これであんたと私の目的が一致したわけだわ」


 久遠みくはにやりと笑みを浮かべながら腕組みをする。


「なんでか知らないけど未来のかこはアンタを狙ってるわけだから、そいつに現在いまのかこを乗っ取らせるわけにはアンタもいかないでしょう? 私はかこにアンタを諦めさせることができるし、アンタも少しは命の危険がなくなる。ウィンウィンじゃない!」


 ウィンウィンかどうかは知らないが、オレの身が少しでも安全になるというならやらない理由はないだろう。こうして、久遠かこにオレを嫌わせるという不本意なようなそうでもないような活動をすることが決定した。それをどうやるか話し合おうとしたところで午後の授業が始まる五分前の予鈴がパソコン室でも鳴り響く。


「もうこんな時間!? ……あんた、今日暇?」

「まあ、暇だが」

「午後7時に昨日の公園に集合よ。いいわね!」


 久遠みくはオレの返事を待たずして走り去ってしまった。自分のクラスに戻ったんだろうが、せっかちな奴だ。


「返事を聞いてから動けって話だよ。なぁ?」


 オレは黒猫に同意を求める。返って来たのは「みゃあ」という子猫特有のかわいらしい鳴き声だった。……また置いてけぼりかよ。どいつもこいつもせっかちだぜ。

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