第16話 パソコン室にて

「浩介、入るぞ?」


 パソコン室に着いたオレは教室の中にいるであろう友人に声をかける。


「なんだよ。昼休みは寝るんじゃなかったのか? ハンバーガーおごる金が惜しくなったか? って、久遠さん!?」


 浩介は思わぬ来客に面食らっていた。まあそれも仕方ないよな。オレ達のようなザ・凡人以下の男が二日連続で学校一の美少女と顔を合わせることができるなんて想像の範疇にはないだろう。


「すまん。ちょっとこいつと話があるんだ。パソコン室貸してくれ」

「そりゃ、構わないが……。なんだってパソコン室に? 話をするくらいどこでだってできるだろ?」

「……まあそうなんだが……」

「……人には聞かれたくない話なのか?」

「……まぁな」

「それじゃ、僕は席を外そう。……そうそう、あの黒猫だが、粗相はしてなかったよ。お前と違ってお行儀が良いみたいだぞ? それと翔、久遠さんがかわいいからって間違いは犯すなよ? みくさん、こいつが何かしようとしたらぶっ飛ばしていいからね」

「言われなくてもそうするわよ」

「二人してあほなこと言ってんじゃねえよ!?」


 面白くない浩介の冗談に答えた後、オレと久遠みくは浩介と入れ違いにパソコン室に入った。


「話をしようと誘ったのは私だけど……、なんでこんな陰気くさい場所にしたわけ?」

「浩介がいなくてよかったな。あいつの前でそれを言ったら怒られるところだったぜ? ……この部屋で話すことにしたのはここにオレの守り神がいるからだ」


 ところで、どこにいるんだオレの守り神様は……。ああ、いたいた。部屋の隅っこに敷いていた毛布の上でちゃんと寝ている。たしかにお行儀がいいらしい。


「守り神って、昨日かこが餌を上げてたあの子猫のこと!? なんで学校に連れてきてんのよ!?」

「なんでって、学校でアンタ達が襲って来た時にオレの身を守ってもらうためさ。こいつは昨日暴れ狂うお前ら姉妹からオレを守ってくれたんだよ。……こいつ、未来からきたらしいぜ?」

「…………はぁ? 何言ってんのよアンタ。頭おかしいの? ……とは言えないわね」


 どうやら、久遠みくには昨日の姉妹喧嘩のことが記憶にあるらしい。忘れたくても忘れらないわな。


「話ってのは、昨日久遠かこが急変したことだろう? もっともアンタもその後、まるで別人みたいになったんだけどな。覚えてないんだろうけど」

「……やっぱり夢じゃなかったのね。……信じたくないけど……」

「……お前、どこまで覚えてるんだ?」

「かこが黒い物体で私を突き刺そうとしたところ……。それ以降は記憶にないわ。……なんで、かこはあんな凶暴になっちゃったの!? 変な口調にもなってたし……!」

「すまんが、オレにもわからん。あの黒猫は自分が未来からの訪問者だって証明したのを最後に、ご覧のとおりただの猫に戻っちまったからな」

「証明って……。どうやって証明したのよ?」

「昨日の隕石事件、アレを予言したんだよ。ご丁寧に何分後かまでばっちり当てた上でな。オレはもう信じるしかなかったよ」

「ウソ……じゃないのよね?」

「ウソだったらどれほどよかったかって話だぜ。まったくSF漫画の主人公にでもなった気分だぜ。漫画見ながら『自分がこんなことに巻き込まれたら楽しいかもな』なんて妄想してたけど、実際起こってみれば、わくわくなんてしねえな。不安しかない」


 オレは大きくため息をつく。ホントに不安しかない。なんなら恐怖の感情も湧きおこる。もしかしたら一秒後には目の前の美少女がまた急変してオレに日本刀で斬りかかってくるかもしれないんだからな。いつ爆発するか分からない時限爆弾を抱えて走ってる気分だ。さらに厄介なのはこの爆弾の処理方法が全く分からないこと。生きた心地がしないぞ。


「……ところで、お前腹は大丈夫か?」

「お腹? 昼食ならもう食べたわよ」

「そうじゃねえよ。いま、昼食の話なんてするわけねえだろ。……お前、妹に腹ぶち抜かれたの覚えてないのか?」

「なによ……それ。……全然覚えてない。そんなことがあったの?」

「ああ、完全に貫通してたんだぜ。お前の覚えてる黒い物体がな。傷が残ってたりしてなかったか?」

「そんな傷は残ってなかった……と思う」


 この場で脱がせてまで見ることじゃあねえし、そんなことを要請したらセクハラ扱いされるだろうから確認しないが、少なくとも生活に支障がないレベルにまでは回復してるってことか。あんなに大量出血を起こしていた重傷のはずなのに……、どんなテクノロジーだよ。


「妹さんも大丈夫だったか? あの子に至っては腕が吹っ飛んでたからな」

「腕が吹っ飛んでたって……千切れてたってこと!?」

「ああ、お前がぶった切ったんだぜ? これも覚えてないんだろうけどな」

「そんな……」


 久遠みくの顔が青ざめる。……いくら、意識がなかったとはいえ、自分が妹を傷つけたという事実が受け止められないらしい。少ししかこいつら姉妹と関わっていないが、この姉が妹思いなのは伝わってくるからな。ショックも大きいだろう。


「あんたの言うことが本当だったとしたら、千切れた腕は元に戻ってたわ」


 腹の傷に続いて切断された腕も元に戻ってるなんて……ますますあの黒猫が言った未来から来たって話が信憑性を増してくるな。


「妹さんは何も覚えてないのか?」

「ええ。公園であんたが黒猫を飼うって話をしたところまでは覚えてるみたいだけど……、そこで意識が途切れて気付いたら家の近くの神社にいたって言ってたわ」

「そうか……」

「ね、ねぇ!」


 久遠みくが少しだけ、意を決したかのような口調で話しかけてくる。おそらく彼女の聞きたい本題を喋ろうとしているのだろう。オレは「なんだよ?」と答えた。


「あ、あんた、ほ、惚れ薬……みたいなのとか作ってないでしょうね……!?」


 いきなりなにを言い出すんだこの姉は。そんな便利なモンがあるなら世の男どもは使いまくっているだろう。まあ、本当にそんなもんがあったら危険薬物扱いになるんじゃねえか? なんにしてもそんなもん作ってもなければ持ってもいない。


「惚れ薬なんてあったらどんなにいいことか。世界中のモテない男たちは大金はたいてでも手に入れるだろうよ。もちろんオレもだ」


 すこし自虐的な言葉を混ぜてオレは久遠みくの質問に答える。なんだってこいつはそんな質問をしたんだ?


「そ、そう。じゃあ、かこの様子がおかしいのはあんたのせいじゃないのね」

「さっきから妹の様子がおかしいと言ってるが、具体的にどうおかしいんだよ」


 すると、少し久遠みくが急に顔を赤らめ始める。美少女の照れた表情など普段目にしないオレはそれだけでこいつに惚れてしまいそうになる。くそ、オレのことを貶してばかりいる性悪お穣様なのにかわいいじゃねえか。オレがモテない男の悲しい性を発動している中、みくは話し続ける。


「か、かこがあんたに恋……してるみたいなのよ……」

「は?」

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