第14話 隕石
「まだ信じられませんか? ……芸がなくて申し訳ありませんが、もうひとつ予言をしてあげましょう」
……まだ、あんのかよ。できれば地震とかではない方がいいぞ。不幸なニュースを望む程、オレは病んではいないんでな。
「今から10分後、この家の裏の空地に隕石が落ちます」
「は?」
「なかなか、レアな経験をご主人様はされていたので、未来から来たことを信用してもらうのにちょうどよかったですよ。今から10分後裏の空地に隕石が落ちると、その後数日間マスコミが押し寄せます。民家に当たらなくて良かったとか、宇宙を調査する上で貴重なサンプルになるとかいった報道がされるようですよ?」
「おいおい隕石なんて落ちてきたら……この辺り一帯も被害が出るんじゃねえのか!? てか、早く逃げねえと……」
「ああ、大丈夫ですよ。隕石と言っても直径10センチ程度の小さなものですから。凄く大きな音がするくらいですからご心配なく」
ご心配なくと言われても、隕石が落ちると言われて不安にならないわけがない。今すぐここから家族を連れて離れたいと思ったが……、いきなり隕石が来るから逃げようと言っても信じてもらえるはずもない。ここはこの黒猫が言うように隕石が小さいことを、あるいは予言が外れることを祈って5分待つ方が賢明だろう。
「さて、そろそろですよ?」
黒猫の言葉に反応したオレはスマホの時計を確認する。午前1時50分、いつもなら夢の中で大冒険をしている頃だろう。だが、すっかり眠気は吹き飛んでしまった。今は本当に隕石が落ちてくるのかどうかが気になってすっかり覚醒してしまっている。
「うわぁ!?」
オレは今まで人生で聞いたことのない轟音を耳で捉えて間抜けな声を出してしまう。爆弾でも炸裂したんじゃないか、と思ってしまうようなバカでかい音だ。オレは黒猫の予言が的中したのだと確信しながら、自室の窓を開けて裏の空き地を確認する。
「まじかよ……」
空地には小さなクレーターができ、その中央からは煙が立っていた。おそらく隕石本体から発生しているのだろう。……本当に落ちてきやがった……。
突然の爆音に心地よい眠りを妨げられたご近所さんが家の明かりを付け、窓から玄関から顔を出し、音源を探している。数分後、誰が呼んだか警察や消防隊がサイレンを付けて駆けつけてきた。閑静な深夜の住宅街は瞬く間に喧騒に覆われていく。
「どうですかご主人? これで私が未来から来た猫だと信じてもらえましたか?」
「……ああ。信じたかねえけどな」
鳴りやまないサイレンの音の中、オレは黒猫に答えた。その後、喧騒は朝方まで続き、オレが一睡もできなかったことは言うまでもないだろう。
◇◆◇
「翔、おはようさんだな」
登校中に声をかけてきたのはオレと同じくカースト中の下あるいは下の上に位置する我が友、眼鏡男子の佐藤浩介である。一週間前、そして昨日とSF姉妹喧嘩に遭遇したオレだが、こいつと話していると世間は何も変わらない日常を送っていて非日常を経験したのはオレだけなのだと実感する。それにしても昨日あの姉妹に殺されかけたってのに、普段通り登校しているオレももしかしたら異常者なのかもな。これが正常性バイアスってやつなんだろうか、などとオレが思考している中、浩介がオレに質問してくる。
「お前の家の近所だろ? 隕石落ちたのって! 朝からニュースでやってたぞ。やっぱり凄い音したのか?」
……世間も隕石落下という非日常に踊らされていたんだったな。そのことを浩介の言葉から思い出しながらオレは口を開く。
「近所も何もオレの家の真裏だよ。とんでもない爆音だったぜ。おかげさまでパトカーや消防車のサイレンやら、ヤジ馬の騒音やらで一睡もできなかった」
「へぇ。本当に落ちてたんだな。珍しいこともあるもんだ。オレも隕石見てみたかったよ」
「そんないいもんじゃねえよ。というか、一番近いオレの家の窓から見ても全く隕石なんて見えなかったぞ。クレーターの底に入り込んでるみたいだったからな」
「クレーターが見れるのか!? そいつはいい。放課後、お前の部屋に行かせてくれよ」
「……別に良いけどよ……。そんなもんが見たいなんてお前も変わりもんだな」
「翔がすれ過ぎてるだけだよ。宇宙からの贈り物なんてロマンがあって見たくなるじゃないか!」
「そんなもんかねえ……」
オレが浩介のロマン論に適当に答えていると……、かわいらしい鳴き声が聞こえてきた。
「みゃあ、みゃあ」
「おい、静かにしろ……!」
オレはかばんの中に向かって指示を出す。
「お、おい。今の鳴き声……、翔、お前のかばんの中から聞こえたぞ!?」
オレはカバンの中を浩介に見せる。
「真っ黒な子猫……。翔、なんでこんな猫ちゃんをカバンに入れて持ち運んでるんだよ? 動物虐待と言われても仕方ないぞ?」
「う、うるせえな。こいつはオレの守り神なんだよ!!」
「守り神?」
そう。この黒猫、隕石の予言を的中した直後、再びただの猫に戻りやがったのだ。しかし、あの超人姉妹からオレを守ってくれるのはこの猫しかいない。近くにいてもらわないと困るのだ。そして、熟考した結果、隠して学校に連れて行くという判断に至ったのである。さすがオレ、天才だな!
「守り神かなんだか知らないが、授業中に鳴いたらどうするんだよ?」
く!? 浩介め。オレの天才的判断を上回る答えを出してくるとは……、さてはこいつも天才だな!? なぁんてな。……くだらない思考はここまでにしよう。そのとおりだ。授業中に鳴かれては困る。そこで、だ。
「浩介。パソコン室にこいつを置いてくれないか? たしかお前、パソコン室の鍵を先生から預かってただろ?」
「パソコン室に……!? 嫌だよ。パソコンにおしっこしたりなんかしたらどうするんだよ!」
「そこを承知で頼む……!」
「……仕方ないな。なにかあったらお前が弁償しろよ。僕は責任取らないからな」
「サンキュー!」
オレ達は学校に着き、パソコン室に黒猫の寝床と餌を作ると教室に向かった。……それにしても眠い。昨日は隕石のせいで一睡もできなかったからな。こりゃ授業は全部居眠りして過ごすことになりそうだ。
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