第10話 猫の恩返し
「はぁ。一足遅かったですわね」
久遠かこは触手をゆらゆらと遊ばせながらポツリと呟く。一足遅かったってのは何のことだ? オレは刺された久遠みくの体に視線をくぎ付けにしたまま思考する。警察や救急車を呼ばなきゃいけないんだろうが……、大量出血している久遠みくの体を前にしてオレは足がすくんで動けなくなってしまっていた。
「お姉さま、演技をしても無駄ですよ? 私の不意を突くおつもりなんでしょうけど……。もう『あちら』のお姉さまになっているんでしょう?」
久遠かこが意味不明な言葉を吐いている。『あちら』? 一体何を言っているんだ?
「あーあ、やっぱり気付いてたか。かわいくないわね、かこ」
オレは釘付けにされていた久遠みくが声を発したことに驚く。あんな触手が腹を突き破ったのに、生きて……いるのか!?
「再生は消費エネルギーが大きいのはアンタも知ってるでしょ? この代償は高く付くわよ」
「へえ。どんな代償を払わないといけませんの?」
「答えるまでもないでしょう? もちろん、アンタの命よ!!」
久遠みくも例のごとく、自身の体を光らせて服装を黒のスパイ風に変化させると、どこから取り出したのか、日本刀を顕現させ久遠かこに攻撃をしかける。腹部の傷は完全に治っていた。どんな魔法を使いやがったんだ!? 対するかこはふわりと後方に飛んで距離を取ると数本の触手をみくに向かって次々と射出する。
「そんなもん効かないわよ!!」
みくは威勢の良い言葉を口にしながら、連続して襲いかかる触手を軽やかなみのこなしで時にかわし、時に切り刻みながらかこに迫る。
「まったく相変わらず、馬鹿が付く程の運動能力ですわね」
「言ってなさい。引きこもりのお姫様!」
かこに十分に近づいたみくは日本刀で斬りかかる。
「う!? あああああああああああああ!!!?」
藪の中でかこの叫び声が響き渡る。おいおい、ウソだろ? 今度は姉が妹の左腕を斬り落としやがった。どんだけ互いに嫌ってるか知らねえが、やりすぎにも程があんだろ!?
「……おとなしくしなさい。そして、諦めなさい。アンタたちは間違っている。人間は前に進まないといけないのよ。今ならまだ間に合うわ。降伏しなさい」
……物騒なことを言い合う姉妹だが、少なくとも姉の方は妹の命を奪うまでは考えてないみたいだな。
「間に合う? 一体何に間に合うというの? 翔さまがいない未来に進む価値なんて……ない!! あああああああああ!!!!」
な、なんだ!? 黒の粒子が久遠かこの切断された左腕に集まっていき……腕の様な形状を作りだす。
「か、かこ。あんたもうそこまで『浸食』が……」
「『浸食』? 違いますわ、お姉さま。これは『適合』ですわ!」
かこが腕を振るうと周囲に暴風が巻き起こり、みくは吹き飛ばされてしまう。
「……『時間』が迫っていますわね。このままだと、こちらのかこに傷が残って死んでしまいます。悔しいですが、決着はまたですわね。ごきげんようお姉さま、そして翔さま」
かこは黒い粒子を捲き上げて隠れ蓑にする。粒子の霧が晴れた時、すでに彼女の姿はなくなっていた。
「……逃がしたか……。まあいいわ。それなら『仕事』をするまでよ」
久遠みくが眉間にシワを寄せ、眉尻をさげてながらオレの方に視線を向ける。
「……悪いけど死んでもらうわよ? 『
ホントに悪いぞ!! この前もそうだが、なんでオレが死ななきゃならねえんだ!! 人に殺されなきゃならないようなことをした覚えはないぞ!
「久遠みくさんよう。いきなり死ねと言われて、はいそうですか。と言えるわけねえだろ。せめて理由くらい話してほしいもんだぜ」
「『今』のあんたに言っても仕方ない」
「言っても仕方ない理由で殺されたらたまらないぜ。……あんたも妹も『こっち』だの『あちら』だの『今』だのよくわからないことを口走ってたな。それは一体何なんだよ?」
「何度も言わせないでちょうだい。あんたに言っても仕方ない」
久遠みくはオレとの会話を切り、左手に拳銃を顕現させる。……手品じゃないんだろうな。どんな仕組みで拳銃を出現させてるんだよ。明らかにオーバーテクノロジーだ。お金持ちだけに普及してんのか? 彼女は銃口をオレに向ける。その手が震えているのをオレは見逃さなかった。
「さよなら……」
久遠みくはそう言うと、拳銃の引き金を握りしめた。ちくしょう。オレの人生、こんなわけのわからない終わり方かよ。こんなことになるんだったらもっと親孝行でもしとくんだったぜ。乾いた破裂音を聞き、オレは死を覚悟した……が、弾がオレの体に接触することはなかった。かわりに、ガキッという鈍い音がオレの耳に届く。何が起こったんだ? オレは強く閉じていた眼をそろりと開ける。
「なんだこりゃ!?」
オレの目の前にはSFアニメに出てくるような薄ピンク色をした半透明のバリアーが張られ、拳銃から放たれた弾を受け止めていた。
「私の武器を受け止めた!? 一体何をしたの、永恒!?」
「オレが知るか!!」
どうやら、久遠みくにとってもこのバリアーは想定外のようだ。一体誰がオレを守ってくれたんだ!?
「よかったです、ご主人様。なんとか間に合いました」
オレは声の発生源を探すが、どこにも人影は見当たらない。
「こっちですよ、こっち」
声はオレの足元から聞こえていた。おいおい、これ以上オレを混乱させないでくれよ。人間離れした姉妹を見せ付けられたってのに、さらに異常なもんを見せないでくれよな。……なんでオレが助けた真っ黒な子猫が日本語を喋ってんだよ……?
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