第8話 公園
パソコン室で浩介がプログラミングしている風景をぼーっと見て暇を潰していたオレだが、そろそろ日も暮れるので帰ることにした。浩介はまだ、パソコンに夢中だったのでオレは一人で学校を後にする。
「浩介のやつ、あんなにパソコン画面を見てよくも飽きないもんだぜ」
オレは独り言を呟きながら帰り道を歩いていた。まあ、そんな浩介に付き合って放課後2、3時間を無駄に過ごしているオレも大概だな。それにしても……、あの姉妹喧嘩はなんだったんだろうな。一週間前、オレが保健室で目を覚ました時も姉妹揃っていて仲良さそうだったし、今日も姉妹で一緒に帰るつもりだったみたいだし……。……もしかして、本当にオレの方が夢を見てたってのか……? いや、そんなはずはない! と思う……。くっそ、あいつらがとぼけてるせいで自分が信じられなくなるじゃないか!
オレはその辺に転がっていた石を腹いせ混じりに蹴っ飛ばす。
「あ、飛び過ぎた……」
思いのほか飛んで行ってしまった石の軌道を目で追うと、ここらで一番大きな車道に入る手前で止まる。車道まで転がらなくて良かったぜとオレが安堵していると、車道の反対側の公園に人影が見えた。
「あれは……久遠姉妹の妹の方か……?」
久遠かこはきょろきょろと辺りを見回しながら公園の藪の中に入って行く。挙動不審な動きだな。よく不審者に間違われて警察に職務質問を受けるオレが言うのもおかしいが。
「ちくしょう。おなじ挙動不審な動きだってのに。美少女がやると小動物的で、オレがやったら不審者扱いになるんだからこの世は不平等だぞ!」
オレが世界に文句を言っている間に久遠かこは公園の藪の中に消えて行った。……気になる。久遠かこにはこの前襲われて殺されかけた(?)。普通の神経なら、そんな危険人物と関わりたくないはずなのに、オレはどうにも彼女の挙動不審な動きが気になる。彼女が何をしているか興味を持ったオレは引き寄せられるように公園の入り口に辿り着いていた。
「ちょっとあんた、婦女暴行未遂の次はストーキング? いい度胸してるわね?」
「んなっ!?」
突然背後から呼びかけられたオレは間抜けな声を出してしまう。後ろにいたのは久遠姉妹のポニテの方、久遠みくだ。
「今日は人生で最も運が悪い日ね。あんたと二度も顔を合わせることになるなんて」
オレも合わせたくて合わせたわけじゃないと言ってやりたいところだ。
「どうして、かこの後をつけているのかしら? 答えによっては警察送りよ?」
警察送りとは物騒なことをいう。だがたしかに……理由はない。ただただ久遠かこの動きが気になっただけだ。このままでは本当にストーカー扱いで弱冠16歳なのにブタ箱にぶち込まれることになる。それだけは避けなければ……。
「そ、そんなもん決まってるだろ!? お前ら姉妹がまた日本刀や得体の知れない黒い粒子で暴れまわらないか監視するためだよ!!」
オレは咄嗟にそれっぽいことを言葉にすることに成功する。まあ、久遠かこの行動が気になった発端はあの姉妹喧嘩が遠因なわけだからまるっきりウソってこともないだろ。
「あんた、まだそんな現実離れした気持ち悪いことを言ってるわけ? わたしたちがそんなことするわけないでしょうが! ……まあいいわ。そんなに疑ってるなら好きなだけ調べるといいわよ」
久遠みくは公園の中に入ると、こちらの方に振りむく。
「どうしたのよ。ついてこないの? 私たちを調べるんじゃないの?」
久遠みくは挑発するようにオレに声をかける。……罠とかじゃないよな? オレは先日の姉妹喧嘩を思い出し、一瞬あとを追うことを躊躇しかけたが思い直して久遠みくについて行く。
「まったく、かこが一人で隠れてこそこそするなんて……、男でもできたのかしら」
久遠みくはにやにやと笑いながら独り言をつぶやいている。何がそんなに楽しいんだか。お前らレベルなら彼氏の一人や二人とっくにできてるだろ。
「いたわ! ほら隠れて!」
久遠みくがオレに小さな声で指示を出す。藪の隙間から覗きこむと……久遠かこが座りこんで何かしている。
「こんな藪の中であの子なにやってるのかしら?」
「オレに聞かれても知らねえよ」
「何勘違いしているのよ? アンタに喋りかけてなんかいないわよ」
「それなら、もう少し小さな声で独り言を話すか、心の中で喋るかしろよ。紛らわしい」
オレ達が久遠かこを観察していると、何かの鳴き声が聞こえてきた。……猫だ。小さな子猫に久遠かこは餌をあげているらしい。子猫が食べる姿を見て微笑む久遠かこは子猫に負けず劣らずかわいらしい。先日の姉妹喧嘩を見ていなかったら、好きになっていたかもしれない。不覚にもそう思ってしまうくらいオレはときめいてしまっていた。
「なぁんだ。男じゃないのか、期待外れねぇ」
久遠みくはがっかりするように肩を落とす。どんだけ妹に彼氏ができてほしいんだよ。この姉は! 餌やりの一部を見届けた久遠みくは隠れるのをやめ、久遠かこの前に姿をあらわす。
「姉をほっておいてこんなところでノラ猫に餌をあげてるなんて思わなかったわよ、かこ!」
「お、お姉ちゃん!?」
「まったく、私と一緒に帰るって約束忘れてたの?」
「……あ!!」
久遠かこは口を大きく広げている。どうやら完全に姉との約束を忘れていたらしい。妹が姉に謝る姿を見て、オレは心の中で「君が約束を忘れていなかったらオレはお姉ちゃんとパソコン室で会うことにはならなかったんだぞ。オレにも謝れ!」と男気のないことを考えていた。
「……お姉ちゃん、なんでその人と……?」
恐る恐るオレの顔を覗いた久遠かこは久遠みくに質問する。
「そこで偶然会ったのよ。そんなことより……その子猫どうしたのよ?」
「……今日の朝、登校してるときにこの公園で見つけたの……。周り探しても母猫がいないみたいで……。放課後もう一度来てみてもやっぱり一人ぼっちだったから餌をあげなくちゃって……」
なんなのこの子。めちゃくちゃ良い子じゃねえか。黒い触手で暴れ回ってたヤツとは思えねえ……。公園前できょろきょろしていたのは子猫を探すためか。
「お姉ちゃん……。やっぱり家じゃ飼えないよね……?」
「……無理でしょうね……」
「やっぱり……そうだよね」
「でも、解決方法が無いわけじゃないわ……」
久遠みくはオレの方に視線を向ける。なんだ、そのわかってるわよね? とでも言いたげな表情は?
「おい、まさかオレに飼えと言うんじゃないだろうな?」
「あら察しがいいじゃない」
「冗談じゃない。なんでオレがアンタらの代わりに飼わなきゃいけないんだよ!?」
「タダとは言わないわ。もし飼ってくれるなら、私にした婦女暴行未遂とかこにしたストーカー未遂を見逃してあげるわ」
「え? ストーカーってどういうこと? お姉ちゃん……」
久遠かこが青ざめた表情でオレの方を見る。
「おい! お前が変なことを言うから妹の方がオレのことを変質者かなんかだと思ってるじゃねえか!?」
「あら、本当のことじゃない? ま、とやかく言わずに飼いなさい!」
く、くそ。人の弱みにつけこんで……、正確には弱みですらないけどな! 悪いのはお前ら姉妹だし。オレは姉妹喧嘩を止めようと間に入っただけだからな! オレは心の中で久遠姉妹へ悪態を吐きながら子猫の方に視線を向ける。……かわいいじゃねえか……。……仕方ない。
「わかったよ、飼えばいいんだろ、飼えばよ!」
「ということだそうよ。良かったわね、かこ!」
「う、うん。あ、あの、たまにあなたの家にネコちゃんを見に行ってもいいですか……?」
久遠かこは相変わらず不安そうな表情でオレを見つめてくる。
「狭くて汚いオレの家でいいならいつだって会いに来るといいさ」
「あ、ありがとうございます……!」
久遠かこは眼を輝かせながら頭を下げる。くそ、やっぱり子猫に負けず劣らずかわいらしい。
「さ、かこ帰るわよ。……そこのあんた、ついて来るんじゃないわよ?」
「だれがついて行くか!?」
この姉さまはホントに口が悪いぜ。本当にお穣様か? 妹は姉に促され帰りの準備をする……その時だった。バタンという音がオレの耳に入る。
「かこ!?」
久遠みくが慌てて駆けよる。そこには意識を失って倒れたかこがいた。
「ど、どうした!? 大丈夫か!?」
オレもすぐにかこのもとに駆けつけ、肩を揺さぶる。するとかこが眼を見開く。その眼は先ほどまでの小動物的なかわいさを醸し出す久遠かこのものではなかった。
「お久しぶりですね。翔さま」
オレはその口調に思わず鳥肌が立つ。間違いない。こいつは一週間前、オレの前に現れた触手を使う不気味な少女「久遠かこ」だ。
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