第7話 ご挨拶

 ひとの顔をみて早々に『なんでこんなとこにいるのよ』とはご挨拶だな。俺だって好きでお前に会ったわけじゃないってのに。


「これはこれは久遠姉妹のお姉さまの方じゃないですか。あなたの方こそ、どうしてパソコン室なんて陰気な場所に?」

「なによその喋り方は? 喧嘩売ってるの? 今からでもあなたに襲われそうになったって言いふらしてもいいのよ?」


 この女、本当にお穣様かよ。性格悪くないか?


「保健室の時も言ったが、オレがアンタを押し倒したのは、アンタが妹さんを傷付けようとしたからだぞ? お礼を言ってもらう筋合いはあっても悪く言われる筋合いはない!」

「おいカケル、もうやめとけって! ごめんな久遠さん。こいつにはオレから言っとくからさ。あ、自己紹介がまだだったね。オレは2組の佐藤浩介。よろしく!」

「おい、浩介! オレはまだこの女に言い足りないんだよ!」

「ちょっと黙れ……!」


 浩介はオレの口を塞ぐと、久遠みくがいる扉側とは反対の窓側にオレを連れていく。


「なにすんだよ、浩介!?」

「いいか、あの久遠みくを怒らせたら、面倒なことになるぞ? ただでさえオレもお前もヒエラルキーが低いんだ。お前の話が本当だったとしても、明らかに分が悪い。学園生活を平和に過ごすためにもここは我慢しろ!」


 浩介は小さな声でオレを諭す。ちっ、仕方ねえな。納得はいかないが確かに浩介のいうとおりだ。ここは平和な学園生活のため、怒りを飲み込むことにしよう。


「……それで久遠さんはどうしてパソコン室なんかに……?」


 浩介が久遠みくの様子を窺いながら質問する。そこまで気を使って喋る必要があるか? まあ、今は浩介に任せるとしよう。オレが喋ったら喧嘩にしかならないだろうからな。


「パソコン室に用があったわけじゃないわ。……妹を……かこを探してたのよ」

「かこさんを……?」

「ええ。今日は陸上部も文芸部も休みだから、一緒に帰ろうって言ってたのよ。でも見当たらなくてね」

「さきに帰ったとかじゃないかな?」

「あの子が約束をほったらかしにしてさきに帰るとは思えないんだけど……。ま、いいわ。とりあえずここにはいないみたいだし。邪魔したわね」


 久遠みくはパソコン室の扉を閉めると、ぱたぱたと小走りする足音を残して去って行った。


「帰ったか……。全く気分が悪くなったぜ」

「そうか? オレはむしろ気分が良くなったよ。久遠みくと話せるなんて思えなかったからな。一生の思い出になった」

「あんなのが一生の思い出って……さすがに哀しすぎるだろ」

「そんなことはないさ。それより、翔。さっきの言葉は訂正してもらうぞ?」

「あん? さっきの言葉? なんのことだよ?」

「お前、パソコン室のことを陰気な場所って言っただろ! ここはオレの楽園パラダイスだぞ!?」

「あ、ああ……。そ、そうだな、す、すまん」


 陰気な親友の逆鱗に触れた陰気なオレは、ちょっとだけ引きつつも陰気なパソコン室で頭を下げるのだった。

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