第26話

白い小さな室内にジュリは閉じ込められていた。ベッドだけが置いてあり、出入り口にはアナログ式の鍵が掛けられていた。

ジュリは、無表情のままベッドに腰掛けていた。

部屋の鍵が開いて白衣を着た女性研究員が室内に入って来た。


「貴女に面会しに来る人がいるわよ」

「どなたでしょうか?」

「オダ・シンと言う人だそうよ」

「え…シンが会いに来てくれるの」


それまで無表情だったジュリに笑顔が浮かび上がる。


「ええ…今こっちに向かっている見たいよ」


ジュリの嬉しそうな表情を見て女性研究員はドアを閉める、その時…たまたま研究施設に来ていた体格の大きい男性社員を女性研究員は見つける。


「ねえ…ちょっとオカモトさん。例のアンドロイド…彼氏が来ると言った途端に、凄く嬉しそうに振る舞ったわ」

「何だって!ずっと無表情だった…と噂されてたのに?」

「あのアンドロイドって…かなり高性能だから、油断すると何するか分からないわよ。下手に彼氏と一緒にさせて暴走したら危険だわ」

「じゃあ、その彼氏は追い出すのが1番だね」


オカモトと言う男性社員は、ニヤつきながら拳を鳴らす。



「どう言う事ですか、話が全然違うじゃないですか!」

「何度も申し上げて居ますが、こちらでは何の連絡も受けて居ません、お引き取り下さい」


シンは、ジュリが保護されている施設の前に立たされて、中に入れ無い状況になっていた。


「じゃあ、会長をお呼び下さい。それで話が着くでしょう」

「会長は、既に出発されて、現在連絡が出来無い状態です」

「ちょっとリンちゃんも、何か言ってよ」

「私は、部外者なので…何も出来無いのです…」


そう話している間に、オカモトがシンの目の前に現れて


「ちょっと兄さん」


そう言うなり、彼の横顔を殴り飛ばす。


「グッ、何するんだよ!」


シンは鼻血を出しながら起き上がる。


「聞き分けの悪いヤツには、お仕置きが1番だよ!」


今度は大きな足でシンの腹部を蹴り出す。


「ちょっとヤメテ、こんな事するなんて酷いじゃない!」

「うるせえ、機械は黙ってろ!」


その言葉にリンはムッと相手を睨み付ける。

オカモトがシンを殴り掛かろうとした時、リンが止めに入る。


「このチビ、貴様も一緒に犠牲になりたいのか!」

「先に手を出したのは、そっちでしょう!」


リンはオカモトの手を握ると、すかさず両手で相手の襟元を掴む。流石にアンドロイドではあって、自分よりも巨体の相手を軽く投げ飛ばした。


「ウグッ!」


地面に叩きつけられたオカモトは、しばらく身動き出来なかった。相手が動けないと知ったリンは、オカモトの近くへと向かう、その時・・・付近にいた警備用のアンドロイドが、リンが暴走していると認識して、後方からアンドロイド用のスタンガンを彼女に放つ。


「キャア!」


電気ショックを受けたリンは一時的に行動不能に陥った。


「リンちゃん!」


シンが起き上がり、リンの側へと向かう。


「へへ・・・助かったぜ」


オカモトは警備員アンドロイドに礼を言い、シンを見ると更に追い打ちを掛けるかの様にシンに暴行を加えた。


オカモトは、シンを起き上がれ無くなるまで殴り付ける。

ボロボロ状態になり、身動き出来無くなったシンを見てオカモトは言う


「ゴミクズは黙って家に帰れ」


シンは顔中が血塗れになり、身動きが取れ無くなっていた。


電気ショックから機能を取り戻したリンは、目の前で大怪我を負ったシンを見て涙流しながら彼を持ち上げて急いで車に乗せて病院へと運んだ。



シンが来るのを待ち侘びていたジュリは、女性研究員が再び入って来たのを確認する。


「アリサさん、そろそろ再調整の時間が来ました」

「え…シンは来ないの?」

「シン…ああ、そう言えば、施設前で中に入れろとかって騒いでた人がいましたね」

「どうして来ないの?」

「ウチの社員が追い返しました。あまり聞き分けが無かったから、殴り付けたようです…ゴミクズ見たいにボロボロになったって言ってました」


研究員は笑いを堪えながら言う。

その言葉にジュリが目を大きくした。


「あなた達シンを傷付けたの!」

「そんな感情も直ぐに忘れるるから心配しないで、もう直ぐ貴女は…されるままの雌イヌ見たいになるのだから…」

「許さない…あなた達全員絶対許さない!」


ジュリは真剣な眼差しで相手を見ていた。



外出中のミヤギにリンから連絡が届く。


「大変、シンが社員に怪我を負われたの」

「何だって!どう言う事だよ、ソレは?」

「今、病院で手当てを受けているわ」

「本当か?」


「ウン。シンは会長の許しで、お姉ちゃんに会おうとしたのに・・・でも、社員達が邪魔したのよ。私も彼を助けようとしたけど…妨害されたのよ」

「マズイぞ…これは…」

「どうして?」


「もしジュリの耳に入ったら暴走しかね無い…」

「え…そうなの?」

「僕は急いで工場に戻る、リンはそのままシンの側に居てくれ」

「分かった」



ふとリンはシンが使っていて、治療の際に外されて看護師手渡されたWBCが点滅するのを確認して画面を開く。


『今夜、会いに行きます。ジュリ』


(え…お姉ちゃん、どう言う事?)



文明時代の小さなオフィスビルの一室でパイプ椅子を並べて横になって寝ているムラタ、つい数日前に彼は青森までタクシーで乗せられたが…タクシー会社のコンピュータ不良と言う理由で、料金の支払いは免除された…が、帰りには少し日数を要した。

そんな彼が自分のWBCが点滅するのを確認して画面を開いた。

それを見るなり、ガバッと起き上がる。


「お…オイ!シライシ、急いで出掛ける準備をしろ!」

「どうしたのですムラタさん?」


ムラタは近くでWBCで遊んでいる社員を見つけて


「お前も暇だったら一緒に来い」


と、社員に小型カメラを持たせる。


「ちょっと、何があったんですか?」

「もう直ぐドデカイ花火が打ち上げられるぞ…特ダネだ!」



数名の研究員に付き添われてジュリは施設の長い廊下を歩いて行く。両手にはアンドロイドでは外せない特殊な紐が巻かれていて、下手に逃げ出す事が出来無い状態だった。

施設の地下最下層にある1番奥の部屋の薄暗い室内に連れ込まれてジュリは特殊素材の電子器具ベッドに寝かされる。両手足首を特殊な金属で固定される。


「フン、私達を許さないとか言っていた割には呆気無い最後ね…、ミヤギ達が貴女を捕まえるのに随分苦労した様だけど…これで終わりね。もう少し楽しませて貰いたかったけどね…」


ふと、女性研究員がジュリを見て見ると、ジュリはフッと笑みを浮かべていた。

薄気味悪くなった女性研究員は、側にいる男性に再調整の電源を入れる様に命じる。



本社ビルの屋上、連絡を受けて急いで戻る事にしたタナカ会長の乗ったヘリが、バラバラ…と轟音を立てながら屋上へと降下する。ヘリの羽根が折りたたみ、両サイドにあるエアー噴出口でバランス良く降下して、警備員がヘリのドアを開ける。タナカがヘリから降りると…屋上には、一連の出来事をミヤギから聞いたキクチが、会長の戻りの報告を受けて待っていた。

タナカはキクチを見るなり険しい表情で言う。


「一体誰が命令したのだ、オダ君に暴行を加えろ…なんて愚かな指示を出したのは?」

「分かりません…我々も、その様な事態が発生したのは先程聞いたばかりであります」

「とんでも無い事をしてくれたな…これで全ての計画が台無しになってしまったようだ。アリサが、このまま大人しく我々に従うなんて思わない方が良いぞ」

「そのアリサですが…既に再調整に取り掛かっているそうです」


「キクチ君よ、お前も…彼女を捕えるのに、我々が苦労したのを知っている筈だろう?アレが何もせずにする訳が無い…ただ気掛かりなのは、オダ君が暴行を受けた事をアリサが知っているかどうか…だ。それでアリサの動きも決まる筈だ」

「そうでしたか…では、研究員に直接問い詰めて見ましょう」

「ああ…そうだな」


2人は以前アリサを追跡に使っていたコンピュータフロアへと向かう、そこには先に到着していたミヤギの姿があった。ミヤギはモニターを使ってアリサが再調整されているアンドロイド用の手術室の映像を見ていた。


「ミヤギ君、何か変化はあったかね?」

「あ…会長、お疲れ様です。現在のところ何も変化は起きていないですね…」

「このまま何も起きない…て事は、無いでしょうか?」


キクチが何気無く言う。


「アリサが何もしないとは思えない…必ず何かする筈だ…」

「研究員のイチムラ・エミさん、ちょっと訪ねたいが…良いかな?」



アリサの再調整を先導して行っている女性研究員のイチムラがモニターからの連絡に応じて


「何でしょうか?」


と、モニターから対応を行う。



「誰の指示でオダ・シンと言う人物に暴行を加えさせたのだね?」

「私の自己判断ですが・・・」

「君は・・・その事は、アリサには伝えてはいないよね?」

「伝えましたが…、それが何か?」


それを聞いたコンピュータフロアにいる3人は、深い溜息を吐く。


「最悪の事態になりそうだ…」

「心配する事は無いですよ、既に再調整は始まっていて、もう最終段階まで来ていますので…」



彼女は近くでデータのモニターを監視している男性に声を掛ける。


「どう…?あとどの位で終わりそうなの?」

「それが…その、全く変化が無いのです…。記憶をリセットした段階に発生する波長が全く見られません…」

「何言ってるの、もう始まって30分以上は経過しているわ!普通のアンドロイドなら15分~遅くても30分以内には終わる筈よ一体どうなっているのッ!」



それをモニター越しで見ていたミヤギが男性に向かって言う。

「データのモニターを別の数値表に変えて見てみろ、何か変化がある筈だ。隅々までちゃんと確認をして見ろ。何でも良い、変化があったら報告しろ」



男性は、ミヤギの指示を受けて、別のデータ表を調べる。そしてある数値を見て男は「ヒィッ!」と、声を震わせながら後退りする。


「う…嘘だ、こんな事。あ…あり得ない!」

「何が分かったの、はっきり言いなさい!」

「ア…アリサは、再調整の電気エネルギーを全て体内に吸収しています!」


それを聞いた全員が驚く。


「エネルギーを取り込んだ能力の数値は…通常のアンドロイドがリミッター解除時に発生する数値の約千倍以上です!」



それを聞いてタナカはガクッと肩を落とした。


「始まってしまったか…」

「再調整の電気エネルギーを逆に利用して自分の物にしてしまうとは…普通のアンドロイドでは到底思い付かない行為だ…全く恐ろしいヤツだ」


ミヤギは唖然としながら言う。

それを隣で聞いてたキクチは呆気に取られた表情を浮かべていた。


「これは、スーパーアンドロイドの誕生とでも言うべき事でしょうか…」



「そ…そんな事…ある訳無いわよ!何かの間違いだわ!」


イチムラがそう叫んでいる後方で、バンッと大きな音が響く。イチムラが震えながら後ろを振り返るとジュリは手足を固定していた金属を自ら引き裂き、電子器具ベッドの上に立っていた。

彼女から透明の陽炎の様な揺らめきが発生して髪が揺らめいている。全身を見えないオーラが覆っている様にも見えた。

ジュリは監視カメラを見るなり、軽く手を振ると、コンピュータフロアにある全てのモニターがシャットアウトされた。



「恐ろしい事態ですよ、これは…。恋人との関係を引き裂かれ、更に…その恋人を傷付けられたのだから…。普通に考えれば、単なる仕返しですが…ここまで能力を高めたとなると…建物の1つや2つ破壊する覚悟が考えられます、それに…いずれ我々にも怒りの矛先が向けられるでしょうね」


キクチは唖然とした表情で言う。


「ミヤギ君、リンちゃんを呼び戻し食い止めて貰う事は出来ないか?」

「無理ですね、前回の時でさえ…ジュリはあらゆる応用技術でリンを怯ませた程です。それに加えて今はとてつも無いパワーを手に入れたとなると…もはやリンでさえ足元には及ばないでしょう」


それを聞いてタナカは激しく悔やんだ。


「僕は現場に向かいます」


ミヤギは、コンピュータフロアを飛び出して行く。


「キクチ君、放送部を通して社内にいる全ての従業員達に避難指示を行ってくれ」

「了解しました」


キクチは放送部に連絡を取り入れる。

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