第25話

~翌日、早朝…


シンは、部屋の外で相手が来るのを待っていた。本来ならば既に出社の時間で、五分前に現場に居ないと、上司から連絡が来るのだが…WBCに電話が入らない所を見ると、相手が会社に休日の申し出を入れたのは間違い無さそうだった。

時刻を見ると7:59分を過ぎる…。

シンは周囲を見渡し、相手が来るのを待つ。通路には小さな女の子の姿が見えた。


(こんな時間に、この辺を歩いているなんて…学校行かないのか?)


シンは、女の子に気に留めず相手が来るのを待っていると、女の子がシンの前まで来て


「おはようございますオダ・シンさん。初めまして昨夜電話したリンです」


シンは挨拶されて驚いた。


「え…ああ、おはようございます。初めまして」

「宜しければ、下に車が用意されているので、乗って行きましょう」


リンは、手を差し伸べてシンを誘導させる。

マンションのエレベーターを降りて出入り口に来ると、2人の前には黒い高級セダンの車と、男性の姿があった。シンは男性の顔に見覚えがあった。


「おはようございます、ミヤギさん」


いきなり挨拶されてミヤギも苦笑いしながら


「やあ…おはよう」


と、軽く手を振った。ミヤギに誘われながら3人は車に乗り込む。

ミヤギは車に乗り込むと、車内のボタンを操作すると、車内の床や壁天井が森林に覆われた景色へと変わる。


「私は海が良いな」


リンは、ボタンを操作して、景色を海に変える。

3人を乗せた車は発進して、マンションを後にした。


「君には、色々と話す事がある」

「まあ…大体の予想は着きます。目的地はタナカ・コーポレーションでしょ?」

「勘が良いね」


ミヤギは愛想笑いする。


「ジュリは、破壊されたのですか?」

「イヤ…我々が現在保護している」

「お姉ちゃんは強いです。簡単には倒せません…正面から立ち向かったら、私は敗北でした」

「お姉ちゃん?」


「ジュリとリンは同じメインシステムを搭載している。彼女達は言わば姉妹の様な存在だ」

「良く分からないですが…貴方達がジュリを捕まえたのですか?」

「そうだ、少し強引なやり方だったが…」

「で…俺には、一体何の用があって、タナカ・コーポレーションに向かうのですか?」

「我が社の会長が、是非君に会いたと言うのだ。今回の一連の騒動を会長が詫びるのだろう、君は今回の騒動に巻き込まれた関係者だからね」


「成る程ね、大体の事情は分かりました」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「ただ…1つ聞きたいのですが…貴方達はジュリをどうするのですか?」

「それは…君には残念ながら伝えられない。彼女は…元々我が社の製品だったからね、今後は我が社の研究課がどうするか決める」


そう話しをしている間に車は巨大な工場のある施設へと進んで行く。シンは目の前に広がる工場を車の窓から眺めていた。


「噂には聞いていたけど…まさか、ここまで大きいとは…」

「本社ビルは中央にある建物だよ」


ミヤギはシンに向かって言う。

シンは、本社ビルを眺める。その建物だけでも自分が勤める会社のビルよりも遥かに大きい。


「随分立派な会社に勤めて居ますね」


それを聞いてミヤギはフッと笑う。


「僕は、一度辞職した身だけどね…会社が再び受け入れてくれたんだ。前の役職には戻れなくなったけど…外交として勤めているよ」


3人を乗せた車は本社ビルの玄関前で停車する。

玄関前に立っていた警備員らしき人物が車のドアを開ける。3人は車から降りて行く。ミヤギは警備員らしき人物に一礼して、本社ビルの中へとシンを誘導させる。

ミヤギは受付にいる人物に声を掛ける。


「会長に連絡を」

「かしこまりました」


受付の者はモニターで連絡を行う。


「了解です…。会長様は最上階のお部屋で待っているとの事です」

「分かった」


ミヤギはシンに向かって


「行こうか」


ミヤギは目の前のエレベーターに2人を乗せて、建物の最上階へとボタンを押す。

エレベーターは回転式で…最上階は、建物を一周した先にあった。


「エレベーターが回転式なのは、エレベーターに乗っている間に工場内を一望出来るから…こうしてあるのだ…そうだ」

「テーマパーク見たいな発想ですね」

「まあ…そうだね。ちなみに会長室は幾つかあって…外交用や、特別なお客様には最上階の部屋を使う事がある…つまり、君は我が社にとって特別な客人と言う事になる」


最上階に到着して、ドアが開くとシンは息を呑んだ。会長のいる部屋の前には赤いカーペットが敷かれていて、壁には電子パネルを使って海で優雅に泳ぐ魚達の映像がドアを挟んで、最上階全体に映像が流れている。

下の受付の場所とは別次元の場所にシンは驚いた。


「リンは外で待っていてくれ」

「はい」


ミヤギはシンを連れて会長室のドアを数回ノックさせる。

すると…自動でドアが開いた。

ドアが開いた先にタナカ会長が外の景色を見ながら立っていた。


「会長様、オダ・シンさんを連れて参りました」

「御苦労様…。ミヤギ君は下がってくれて良いよ」

「分かりました」


ミヤギは、一礼して部屋を出る。


「どうぞ、お掛けください」


タナカは目の前にある高級感ある茶色のソファーにシンを勧める。


「あ…はい」


シンは、ソファーに腰を下ろす。上質で柔らかいソファーの感触をシンは感じとった。

タナカが向かい側に腰を下ろす頃に、執事のタチカワが中央のテーブルに淹れたての紅茶と菓子類を用意して来た。


「はじめまして、会長のタナカ・ミノルと言います」

「あ…自分はオダ・シンと言います」


シンは、軽く礼をする。


「シン君には、少し迷惑な事をさせてしまった事、我が社を代表として深くお詫び申し上げたい」

「迷惑とは…どの様な事でしょうか?」

「我が社の製品が、君の場所に無断で行った事であるが」

「そうでしたね」

「アリサは、本来新製品の発表会へと提供する予定であったのだが…偶然、君と出会って君の場所に同居してしまったよだね」

「そうです…」


ジュリは研究所に行くのを嫌がっていた。シンは今日までタナカ・コーポレーションと言う会社の事は詳しく知らなかったが…どうやら、アンドロイドにとっては、あまり居心地の良い場所では無さそうな感じがした。


「今回の騒動に関して、我が社なりの迷惑保障をお付けして、今回の騒動を終了させようと思っているのですが…御要望があれば、なんなりと申し付けて構いませんよ」

「要望は、特に無いです」

「何故です?」

「自分は、特に迷惑しては居なかったので…」


予想外の発言に流石のタナカも少し困惑していた。


「そうですか…今以上の高収入先の職場を紹介して欲しいとか、女性アンドロイドを一体用意して欲しいと言えば、こちらで準備しますが…」


シンは感じた。つまり…それでジュリとの関係から手を引け…と言う事だと…。


「とても魅力的な話ではあると思いますが…自分には必要無いです。現在の生活も充実して居ますし…今の仕事に満足しているので…」

「そうですか…我々なりに君への配慮として、申し上げた次第ではあったのですが…少々残念ですね…」


タナカは、シンとの交渉決裂でお開きにしようと思った直後、シンから意外な発言が交わされる。


「タナカ・コーポレーションは、何故…ジュリ…アリサにこだわるのですか?」


その言葉に今まで表情の硬かったタナカに少し驚きの顔が現れる。


「どなたからか話を聞いたのですか?」

「2度も彼女を捉えようとしていれば…アリサが、余程重要だと誰でも気付きます」


その言葉にタナカは少し沈黙してから、WBCを使って壁にあるモニターを映し出す。


「こちらを見て欲しい…」


そう言われてシンはモニターに目を向ける。そこに映っている女性を見てシンは「ジュリ!」と、思わず口に出してしまった。


美しく若い少女、長い黒髪に白い肌…。綺麗な瞳で凛とした顔立ち。つい先日まで自分と一緒に暮らしていたジュリと、ほぼ寸分の違いも見受けられない程良く似た少女…。


「彼女は私の娘だ…」

「え…?」

「名前はアリサ。15歳になって、しばらくして事故に遭い此の世から去った…突然の出来事で、私は何度も電話で妻に確認をした…。娘は病院に着く前には息を引き取っていた…。この映像は誕生日パーティを開いた時に私が撮影した物で…彼女の最後の姿になった。もし…彼女が生きていれば。今年で32歳位になったと思う…」

「つまり…ジュリは、彼女は娘さんに似せて造ったアンドロイドですか」

「そうだ…」


映像の中でアリサと言う少女は無邪気戯れて友達と一緒に楽しそうに走り周っている。


「娘の他界の後…私は信頼出来る人達を集めて『有機質細胞』と言う独自の研究の果てに、それをアンドロイドに取り組む事に成功した。それが現在の有機質アンドロイドの始まりだった。Lコアと言う自社開発した高性能のメインシステムを取り入れる事により、どんなスーパーコンピュータよりも優れた性能が発揮される。が…常に移り変わり行く時代には追いつくのが難しいと…判断して、より優れた製品開発を目指したのが…君が名付けたジュリだったのだ…」

「そうでしたか…」


シンはタナカの話を聞いて、少し気持ちが重く感じた。


「大体の事情は分かりました。最後に自分から一つお願いがあります」

「なんなりと申し上げてくれ」

「ジュリ…アリサと一度だけ話がしたいです」

「分かった…そのように手配をしよう」

「お願いします」


そう言って、シンは部屋から出て行く。部屋を出る前にタナカに一礼をした。

会長室から出るとミヤギ姿は無くリンだけがいた。


「ミヤギさんは?」

「外交の仕事で出られました。私が貴方を自宅まで送ります」

「ジュリに合わせてくれるとタナカさんが言ってくれたけど…」

「少々お待ち下さい」


リンは手を耳に当てて、誰かと会話する。


「そのようですね、分かりました。では…お姉ちゃんの居る場所まで行きましょうか」

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