第20話

ムラタが無事東京に戻れたか不明の中、数日後過ぎたある日の事だった。ジュリは何時もの様に図書館へと行く、既に読む本など無いが…とりあえず息抜き程度に利用していた。

その時、自分に何者かが近付いている事を察知して館内を歩き始める、ジュリは辞書類が並んでいる場所へと向かう、辞書類がある周辺は人気が1番少ない場所であるからだった。


相手が識別出来ず、ジュリとしては初めて危険な存在を認識した。沢山の書籍が並ぶ中、ジュリは足を止めて自分の向かい側に立つ者を見た。

ジュリの向かい側に立つ者は、背丈が低く、小学校高学年~中学生位の、あどけなさを感じさせる少女だった。彼女はジュリを見つけるなり笑みを浮かべて話し掛ける。


「初めまして、お姉ちゃん」




図書館の近くに停車してある大きな黒色のワンボックスカー…その車内にミヤギが乗っていた。車内には複数のモニターと、それを監視しているオペレーター達が数名いて、ミヤギは中央の椅子に座って状況を確認している。


「リンが対象に接近しました」

「よし分かった、出来るだけ相手に気付かれ無い様に監視を続けてくれ」

「了解」


ミヤギは、少し緊張しながら周囲に指示を出していた。彼自身…この様な行動をするのは初めてであり、彼の計画した事が必ずしも成功するとは限らないと…言う一握りの不安もあったから…。


(全てはリン次第の行動で決まる…)


リン…そう呼ばれるアンドロイドの少女は、つい数日前にミヤギがミマツ・カンパニーに行った時に出会ったアンドロイドであった。


~数日前…


『ミマツ・カンパニー』は、タナカ・コーポレーションと並んで国内屈指のアンドロイド製造業である。決まった年間生産台数しか製造しないタナカ・コーポレーションとは違って、要望次第で常に売り上げを伸ばすミマツ・カンパニーは、そのシェアを幅広く伸ばしていた。


2つのアンドロイドの製造業の大きな違いは…常に完璧さを重視しているタナカ・コーポレーションとは相反してミマツ・カンパニーのアンドロイドは、やや欠点が多い。アンドロイド1体に付き1500万円以上~3000万円以上もするタナカ・コーポレーションに対しても、ミマツ・カンパニーは用途次第で1000万円以下からの購入が可能と言うのも大きな魅力の1つであった。


そのミマツ・カンパニーの本社施設の入り口に、ある1人の男性の姿があった。

白く大きな建物の本社、そこに隣接する様に広く連なる工場の敷地内。本社ビルは、工場の敷地を通過した先にあり、男性は案内役の人に付き添って歩いて、目の前に聳え立つ本社へと向かう。


本社内へと入ると建物の中は、広く綺麗だった。アンドロイドを製造している…と言わなければ一般的なオフィスビルと見間違えてしまう程だった。


男性は受付のモニターディスプレイの前に立った。画面は工場に関する映像が映り変わっている。画面をジェスチャーすると映像は受付のキーコードへと変わり、何通りもあるコードの表示の中から1つ選び、WBの画面を開いて専用のコードを入力した。しばらくして、目の前のエレベーターから女性社員が現れた。


「こんにちは。ようこそミヤギさん」

「こんにちは。お久しぶりだねカオル」

「まさか、貴方が本当にタナカ・コーポレーションを辞めるなんて想像もして無かったわ」

「今、起きている事態が事態なだけに、急を要する事なんだ」

「で…こちらに協力を求めて来たのね…」

「僕の記憶が確かなら、タナカ・コーポレーションが製作した『LコアS』の1つは、ミマツ・カンパニーにある筈だと思ってね」


ミヤギは、これまでの一連の事態をカオルに話す。


「なるほどね…そう言う事なんだ。ただ…アリサ…ジュリって言うアンドロイドの性能が、どの程度なのかも知りたいから、一度電話で話をしても良いかしら?」

「構わないけど…僕は、あまりオススメしないね。以前、電話して気を落とした人がいるから…」


少し前に電話したルカと言う女性の事を思い出した。アリサとの電話対応でルカは、精神的なショックを受けて、その後会社を辞めてしまった。小耳に挟んだ情報だと彼女は立ち直れず自殺未遂をして、現在は人里離れた場所で安静を保っている、同期だった人達が見舞いに行った話では、以前の面影は無く…別人の様だったと言われている。


「アンドロイドの処へ電話するよりも、まず先に僕を研究課課長の処へ案内してくれると嬉しいのだけど…」


「分かったわ…じゃあ、車に乗って行きましょうか」

2人は工場内専用のコンパクトEVカーに乗って移動をする。


工場内を車で通過する時、ミヤギは工場の中を眺めていた。最新式の設備が整っていて、更に工場と言う雰囲気を全く感じさせない施設の中は、知らない人が見たら公共施設と錯覚してしまうと思った。


「それにしても、貴方がウチへ来る程って事は…かなりの高性能なのねアリサって言うアンドロイドは…。少し前にユリナちゃんが、工場に来て特殊部隊の要請もしてたけど…それでもダメなわけなの?」

「ジュリを前にしたら、多分…誰も勝てないと思う。それよりもまず、同じ性能のアンドロイドを派遣させて見る方が少しは、相手の動きを鈍らせる事が可能と思ったんだ」

「それでウチに来たのね…なるほど。ところでジュリってアリサの事?」


「ああ…今はジュリって言う名前なんだ…とても高性能だよ。機能停止させてしまうには惜しいくらいだけど…」

「それは分かるよね、自分達が作った物だから…やっぱり壊したり解体してしまうのはイヤだよね」

「まあね…」


2人を乗せた車は、工場の奥にある研究施設に到着した。

研究課の施設は工場の1番奥にあった。他の施設とは違って独特の雰囲気が感じられた。


「課長は、いつも自分専用の部屋にいるのよ…」


やや口ごもった言い方でカオルは言う。ミヤギも研究課の課長の人柄は知っていた。少々近寄りがたい人物で、周囲からも少し距離を置かれている人物であった。

研究課の施設の中に入ると数多くのアンドロイドがガラス製の容器の中、液体に浸けられている。その辺の設備はタナカ・コーポレーションとさほど違わない。

1番奥の一角に、まるで施設の中に家がある様な作りの建物が見えて来た


建物の横に玄関のチャイムの様なスイッチがあり、カオルがそれを押すと

「誰じゃあー」


と、声が聞こえて、中からボサボサの白髪で、背丈の低い年配の男性が現れた。


「どうも、こんにちは。オオタ課長」

ミヤギは一礼する。

「おおー、ミヤギ君では無いかー!それにカオルさんも久しぶりだのー」

「お久しぶりです課長様」


オオタ課長と呼ばれる人物は、ミヤギから一連の話を聞いて頷いた。


「まあ…ある意味、タナカ・コーポレーションを去ったのは正解かもしれないな…、そのアンドロイドに近付く手段としてはだな…」

「こちらに『LコアS』を搭載したアンドロイドがある筈です。それを使えば、多少なりともジュリに何らかの効果を与えられると思います」

「まあ…使って見る価値はあると思うが…正直、ワシとしても少し怖い気はするのだ。アレを動かすのに、どんなリスクが出るのか…?とな」

「やはり、危険ですか…アレは?」

「通常のアンドロイドの約1千倍、人間の1万倍以上の能力がある…と言う事は、普通に考えても恐ろしい程だよ、それが2つぶつかれば…何が起きるのかも分からない…全く未知の領域と言って良いだろう」


それを聞いてミヤギは感じた。過去にミヤギは、アンドロイドの性能をもっと上げるべきだ…と、会議の場で言った事がある。しかし…タナカ会長は、今以上の性能は不要と答えた。

その時は分かったが、改めて現実を目の当たりにして会長の言葉が頭を横切る。


(会長も、こうなる事を予測していたのかな?)


「とりあえず『LコアS』を搭載されたアンドロイドを見せよう、ちなみにアンドロイドは地下に眠らせてある」


そう言って3人は、建物の地下深くへと進んで行く。

地下を降りた先に一体だけガラス製の容器の中、液体に浸けられているアンドロイドがいた。


「こ…これが、そのアンドロイドですか!」


ミヤギは驚いた表情でアンドロイドを見た。


「そうだ、これだよ」


オオタ課長は、満足そうな笑みを浮かべて答える。

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