第19話
夕暮れ時、ムラタとシライシはマンションにある公園のベンチに座っていた。オダ・シンの彼女と言う人物を見る為であった。公園で遊ぶ子供達を見てシライシは溜め息混じりに言う。
「良いよな子供達は…気楽で俺も子供に戻りたいよ」
「フン、俺は子供だった時の事なんか覚えてないよ」
「イヤァ…僕はムラタさんの子供時代が想像出来ませんよ、生まれたの令和でしったっけ?」
「テメェ~!」
そう言ってシライシの襟首を掴もうとした時に、目の前に子供が居る事に気付き、大人しそうにベンチに座り直す。
「で…お相手さんは、まだ現れないのですか?」
「多分…もう直ぐ来る筈だ…」
そう言っていると、公園で遊んでいた子供たちが何かに気付き、マンションの方へと走って行く。
「ジュリ姉ちゃんー」
「ジュリ姉ちゃんー」
大声で子供達が1人の少女に会いに行く。
「私100点とったよ」
「僕、ジュリ姉ちゃんのおかげで漢字が得意になったよ」
「ジュリ姉ちゃん、私最近体の調子がおかしいの診てくれる?」
ジュリは少し困った様子で
「1人ずつにしましょうね」
子供達の頭を撫で回す。
「どう見ても彼女のようだな…例のオダ・シンの恋人って言うのは…」
ムラタが、そう言ってジュリに近付く。
「すみませんジュリさん、私は週間誌の記者をしている者ですが…ちょっと、お時間を頂けますか?」
「皆…ゴメンね、ちょっと話がある見たいだから…あとでね」
子供達は残念そうな表情で、ジュリを見つめる。
公園のベンチに3人で座ると、ムラタはペンと紙を用意してジュリに話し掛ける。
「随分な人気者ですね」
「それほどまででは無いですが…」
ジュリは微笑みながら言う。風が吹きジュリの長い髪が靡き、それを整える仕草を見たシライシは惚れてしまった。
「聞くところに寄ると、貴女は随分と知的で頭も良く、綺麗だとの評価がありますね」
「それは、ちょっと褒め過ぎです」
ジュリは笑いながら答えた。
彼女が感情を表して居るのを見て、ムラタは彼女は一般の女性だったのか…と思い始める。
「では…それほどでは無いと言う事でしょうか?」
「ハイ、私は単なるアンドロイドに過ぎませんし…」
その言葉に2人は驚いた。ムラタは、今日…シライシに向かってアンドロイドは無表情であり、感情のある者がいれば、それは…もう生体と言っても良いと言ったが…そうと呼べる者の存在が目の前に現れたのだった。
「ハハ…ご冗談を…」
ムラタは苦笑いしながら答えるが…
「少し能力を見せましょう」
そう言ってジュリはムラタのWBCを借りる、そして軽く指を動かすと、ムラタのWBCの画面が拡張されて保存してあるデータの数々が彼等の前に現れる。
「うわ…凄い!」
「信じられん…」
「そう言う事ね、大体…貴方達の事は分かりました」
僅か数秒もしくは数十秒、データのパネルを開いただけで、ジュリはWBCのデータを戻す。
「今ので、何が分かったのですか?」
「貴方達は、『文明時代』の記者達で、今回記事にする内容に行き詰まり、最近起きた世間があまり目を点けない出来事の関連から、総合的に私達の処へと足を運んだ。内容としてはアンドロイドと人間との私生活を纏めた記事に仕上げたかったのですね。週間誌らしく批判的な内容で…。違いますか?」
的を射た意見にムラタは、おぞましい物を感じた。まだ自分達がどうするかも言わない間にジュリは相手の狙いを言い当てた。
「ハハ…面白い被害妄想ですね。我々は、何も世間を批判する様な内容ばかり書いている訳では無いですよ。むしろアンドロイドと人間をテーマに記事を書きたいとさえ思っているほどです」
ムラタは苦笑いしながら電子煙草を点ける。
ジュリは「フ…ン」と、少し疑った目で相手を見つめる。
「貴方達は、今日タナカ・コーポレーションに行きましたね。その時、そちらのシライシ君がお茶を運んで来たアンドロイドのユキちゃんに見惚れている時に貴方はユキちゃんに対して『疑似人間』とおっしゃりませんでしたか?」
それを聞いてムラタは煙草の煙を吸い込んでゴホゴホと、咳き込む。
「ええ~!貴女、その場にいたの?」
「何で知っているのですか?」
「貴方達の事は、大体分かったと言いました。私はアンドロイドに対して批判的な感情を抱く方には話す言葉はありません…。申し訳無いですが、これ以上貴方達と話す言葉はありません」
「ちょっと、我々の意見も聞かないうちから、立ち去るのですか?」
「私が貴方達に協力すれば、それが原因でアンドロイドと私生活を共にしている多くの方達に迷惑が及びます。自分達は雑誌の売り上げが伸びる事で嬉しいかもしれませんが、その一方で傷付く人達が大勢現れます。それに…私は行き場の無かった、自分に手を差し伸べてくれた大切な人に恩を感じ、尽くそうと思ってここに居ますが…貴方達に協力して、私の大切な人を傷付けたくは無いのです。もし…仮りに私達の関係を引き裂く者が現れたのならば、私は誰であろとも容赦しません。例えそれが国家的な組織で在ろうとも自分達の関係を守り抜く覚悟はあります」
そう言ってジュリは、公園のベンチから、皆が待っている場所へと向かう。
「クソッ!」
ムラタは悔しそうに煙草を携帯灰皿に入れて立ち上がる。
「帰るぞ!」
「あ…ハイ」
2人はロボタクシーを拾って乗って帰る事にした。
「上手く行きませんでしたね」
「偉そうな事ばかり言いやがって虫酸がはしるわ。少しはこちらの意見も聞けって言いたい位だがな…」
「でも…僕はジュリちゃん見たいな人だったら、アンドロイドでも構わないと思っちゃいますね…もう一度会いたいな…」
「けっ、あんなアンドロイド、人前じゃ良い事言うが…裏では何して居るか分からないぞ」
「え…どうしてですか?」
「あんだけ美人ならよ、毎晩…金で色んな男に股を広げてたりして、相手して貰ってもおかしくは無いさ、そのうちアンドロイドAV嬢って言う名前で動画とかに出て来るかもしれないぞ」
ムラタが笑いながら話していると、ムラタのWBCが着信を受ける。知らない番号で動画チャットを受けると画面にジュリの顔が現れた。
背景には、大勢の子供達の姿もあった。
「お取込み中すみませんねムラタさん」
「何の用ですか一体?」
「先ほどWBCを操作した時に貴方達の会話を、聞ける様に設定して置いたのよ。私…」
それを聞いてムラタは背筋が凍る思いをした。
「面白い事を言いますね貴方…私って随分と見下げられたものね、アンドロイドAV嬢ですか…」
ジュリは微笑んで言うが、その表情は明らかに怒りを込めた言い方だった。
「1つ言い忘れてました、私は遠隔操作も出来るのよ。貴方達の為にちょっとしたサプライズを用意して置きました、無事帰れると良いですね。それでは…」
画面が消えて、呆気に取られたムラタ。ジュリのメッセージを隣で聞いていたシライシは、ある事に気付く。
「ム…ムラタさん!」
「どうした?」
「こ…これを見て下さい!」
ムラタがロボタクシーのメインモニターを見ると目的地が青森県と記されていた。
「お…おい、ウソだろ」
「東京から青森までは約700km以上あります。しかもタクシーだと…」
それを聞いてムラタは顔面が蒼白になった。まさか…ここまで相手が仕組んで来るとは思ってもいなかった。自分は恐ろしい者を相手にしまった…と、今さらながら後悔した。
「ちょっと、目的地の変更をお願いします!」
ムラタがディスプレイに向かって言う。
『目的地は登録済みです。変更は出来ません』
ディスプレイの音声モニターが変更を拒否した。
ロボタクシーは首都高に入り、勢い良く北に向かって走り続ける。
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