第13話
電子ペーパーが普及され一般化された22世紀では過去の産物となったが…紙での書物類、本等は時代が変わっても利用する人達は絶えなかった。
市役所の隣に設けられた図書館へ足を運んだジュリは、図書館内に入ってフロア内をくるりと一望した。受付に居た女性がジュリを見て。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
と、軽く挨拶する。
「思ったよりも蔵書の種類が少なそうね…」
溜め息混じりに呟くジュリの発言に対して
「失礼ですが…当館は国内でも有数の書籍を置いてます。館内は新書及び知識に必要最低限の書籍を並べている事にしており約50万冊以上はあります。ご要望があれば地下に保存してある書籍類等も用意しますが…いかがでしょうか?」
女性は不満を堪えて言う。
「そうね…そうして頂くわ」
「では…こちらのモニターで、探したい項目を選び下さい」
受付の指示に従いジュリはモニターを開くと、物凄い速さでスクロールして受付に置いてあった紙とペンを使ってジュリは、サラサラと筆を走らせて数十冊の本の題名を書き上げる。
「多分…こちらの館内の倉庫にある筈なので用意してくれますか?私はそこの机で軽く読書してますので…」
「ハイ…えッ?」
紙に書かれた本の題名の数を見て女性は驚いた。全て専門書や辞書類の書籍ばかりだった。
(これ…全部読むの?)
ジュリは、図書館を歩き始めた時、手前にいる男性が読んでいるミステリー小説の文庫本に興味を持ち
「ちょっと貸してください」
そう言って、男性から文庫本を借りて、物凄い速さでページを捲り数十秒程で読み終えて男性に返す。
「ありがとうございます」
「え…読み終えたの?」
「ええ…犯人は理容師に関わった人の中にいるわ」
ジュリはニヤリとしながら答える。
それを聞いた男性が、少し唖然としながら彼女を見ていた。
その日、遅番だった若い女性が何時もの様に図書館へ出勤して来る。オバーバイクと呼ばれる地面から数センチ空中に浮く小型のバイクに乗って何時ものように出勤して来た。ヘルメットを置き、館内に入ると館内は何時もとは違う雰囲気に包まれている事に気付く。
館内で働く従業員が慌ただしく地下から書籍を運んでいる姿を見つけた。
「どうしたの…棚卸しでもしているの?」
「違うよ、何か凄い利用者さんが現われて、色んな本を頼んで来るんだよ」
息を切らした女性従業員が紙を持って走って来た。
「さらに追加注文よ。今度は100冊…」
「ひええ…勘弁してくれよ…一体何冊読むんだよ」
それを聞いて女性は溜め息を吐いた。
(たまにいるんだよね…そう言う、変な利用者が…)
そう思って館内の人だかりが出来ている場所を覗くと、女性はギョッと驚いた。人だかりの中央には1人の少女が机を前に、椅子に座って本を読んでいる。しかも…その周辺の本棚が、ほぼ空の状態で周辺には彼女が読み終えたと思われる本が山積みの状態で置かれていた。
「あ…あの、お客様…」
「今、読書中です。話し掛けないでください」
そう言って、凄い速さで本を捲り終えると本を閉じて少女は女性を見る。
「ハイ、何でしょうか?」
「え…今ので読んだの?」
「百科辞典一冊なら数分あれば読み終えます」
「え…?」
まさか…一冊500項目で・・・1項目3段もある本を僅か数分で読み終えてしまうなんて、女性が見るに少女はページを捲っていたにしか見えなかった。
「本当に読んだの?」
「宜しければ、その辺にある本を持って来て適当に本を開いて下さい。今読み終えた本も含めて、この辺にあるのは全て記憶しましたから…何でも良いですよ。私が中身を当てますので…」
女性は言われて足元にある百科辞典の項目を適当に開いた。
「ブリタニカ百科辞典ですね。開いたページは347項目。鳥類の事が書かれているわね」
それを聞いた女性が冷や汗が出た。自分が何処を開いているのか気付く前に相手は本の中身を言い当てた。まるでマジックに掛けられた状態だった。
「内容は…脊椎動物門の鳥綱に分類される動物の総称。体は流線形で、羽毛に覆われ…」
「わ…分かりましたから!」
とてつもない利用者が現れた事に女性は震えた。
「ご…ごゆっくり、利用して下さい」
そう言って女性は立ち去ろうとした。
「ちょっと待って下さい。あなた、館内の従業員ですよね?」
「ええ…そうですが。何か?」
「申し訳無いけど、読み終えた本を棚に片付けてくれますか?私、まだ読書しますので…」
それを見た女性は、周囲に何十冊と山積みになっている本を見て絶句した。
(これ、全部棚に戻すの…?)
「あと、従業員さんに早く次の本を持って来て欲しいと…伝えて下さい」
夕方9時過ぎシンは仕事を終えてオフィスビルを出る。夕方5時頃にジュリからメッセージが入り、図書館が閉まるので先にマンションに戻るとの連絡を受けた。
シンがビルから出ると彼を待っていた男性の姿があった。午前中に現れて結局何も言わず立ち去った男…ミヤギと言う人物だった。
彼はシンに近付くと
「ちょっと付き合え」
と、言って先に歩き出す。
数歩彼が進み、振り返りシンが立ち止まっている事に気付くと
「大丈夫…襲ったりはしない、話をするだけだ安心しろ」
それを聞いてシンは、ミヤギの後を付いて行く。
2人は近くの居酒屋に入り、自分達だけの個室を利用する。
「君は飲めるか?」
「はい」
ミヤギは生ビールを2つ頼んだ。
「何の用です、いったい?」
「今日、午前中君と一緒にいた女はアンドロイドだろう?」
それを聞いてシンは冷や汗を掻いた。
返事に戸惑ったシンを見てミヤギは軽く笑う。
生ビールが届き、ミヤギは軽く飲んだ。
「ウソを付かなくても良い、全て分かっている事だ」
「な…何故ですか?」
「昨日の晩、我が社が新たな製品開発し、それを輸送中トラックが崖から転落した、その時、トラックの中にいたアンドロイドが行方不明なままだった。それを捜索していたのだ。君は、事故当初現場付近のハイウェイを走行していて、何かと接触したのを確認した。今日午前中に君に近付いたのも、それが理由だった」
「何が言いたいのです」
「君は、我が社が極秘開発したアンドロイドと一緒にいるのだろう?」
シンは返事に迷った。真実を伝えるべきかどうか…?
「誤魔化さなくても良い。全て終わった事だから…」
「え…?」
「我が社が総力を挙げて作ったアンドロイドは、我が社に強力なウイルスを送り付けて、彼女に関する情報を全て抹消させてしまい、捜索出来ない状況にしてしまったんだ。我が社の会長は捜索を打ち切り、彼女を追わない事に決めたのだ」
「では…貴方は何故、僕と一緒にいるのですか?」
「知りたかったのだ。彼女の事を…何故アリサは君を選んだのか?君と一緒に居て彼女は今、何をしているのか?とか…そう言う事を聞きたかったんだ」
少しシンは落ち着いた気分になり、ミヤギこれまでの経緯を伝える事にした。
2人は飲み屋を出て少し歩き出す。
「君が安全な男性で良かったよ。彼女が持つAIシステム…我々の間では『LコアS』と言うネーミングで呼ばれているスペシャルコンピュータ・システムは。一般的に提供しているアンドロイドの数千倍もの性能を引き出す事が可能だ。タナカ・コーポレーションが総力を上げて独自開発した最先端テクノロジーの結晶であり、世界にまだ3個しか存在しない、そのうちの1個がアリサに搭載してある。とても巨大で、その性能がどれ程なのかは未知数であり、まさに天井知らずだ。その気になれば世界中のコンピュータシステムのデータさえ書き換えてしまい、現代社会の秩序さえ狂わせる事も可能だよ。しかし…今、こうしていて何も起き無いのは、彼女が君と一緒にいて安心して暮らしている証拠とも言えるがね…」
「そうですか…1つ聞かせて下さい。これから貴方は彼女をどうするつもりですか?」
「彼女は多分、君との関係は誰にも邪魔されたくないと思っている。我々が介入すれば、彼女はあらゆるやり方で、我々を追い出すに違い無いと思う。実際…君も今日、その目で見た筈だ。彼女は、我々が動いた事に敏感に察知して先手を打ったんだ。我々は何もしない状態で引き上げさせられる目にあったのだよ」
「では、彼女との関係を続けさせてくれるのですか?」
「残念ながら、そうとも…言い切れない。いずれ何か起きるかもしれないが、その時は気を落とさないで欲しい」
「それは一体…?」
シンはそう言ってミヤギを見つめる、ふと…ミヤギの視線が自分で無く別の方に向かれている事に気付いたシンは後ろを振り返る。
そこには白いワンピースを着た少女ジュリが立っていた。
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