第1話

~9月初旬...


大粒の雨が降り続く夜の闇の中、一台の大型トラックが転落していた…。


時計の針が深夜午前零時を過ぎたばかりの頃、雨は止む気配を見せず音を立てて激しく降り続いていた。降り止まない雨の中、険しい山道が長く続く道沿いのガードレールの一カ所に、夜の闇を照らす灯りが見えた。まるで、その場所だけ夜が明けたかの様に明るく真っ赤に揺らめいてみえた。


異常な事態に気付いたのか、その付近には大勢の大人達が集まり、ガードレールから下の崖を除き込む様に見ていた。崖の下には一台の大型トラックが落ちていた。


発見者の人は直ぐに消防署に連絡を取った。状況から直ぐに救命隊が派遣される事となった。トラックの中には複数の人達が取り残されている状況が確認され、一刻を争う状況だった。大勢の人達による救出作業が行われ多くの人達による人命救助を行っている最中、山道には不釣り合いの高級セダンの車が到着した。黒いボディの車の中から、背広を着た背丈の大きい、若い紳士的な風格のある30代過ぎの男性が現れた。男性は車から降りると傘を差して辺りを見回す。


「ああ...ヤダねぇ、せっかくの休暇だったのに、急に呼び出しが来たかと思うと、こんな山道に連れて来られるとは...、全く人使いが荒いな...」


若い男性が溜め息混じりに言うと、腕に付けてあるハンドフォン(通称HF)が赤く点滅した。男性が細長いHFを軽くタッチすると半透明スクリーンが現れ、スクリーンの向こう側に中年男性の顔が現れ険しい表情で


「聞こえているぞ!」


と、大声で言う。


「こ...これは、会長様...ご機嫌麗しゅうございます」

「つべこべ言ってないで、さっさと現場に行け!それとも御主が私の代わりに、今日の事故に関する記者会見に出席するか?御主の...その下らない能弁で、記者達にしっかりとした発言が出来れば出させてやるぞ」

「いえ...こちらで、仕事させて頂きます」

「頼んだぞ」


と、言って会長の画像が消えた。


「はぁ...」


若い男性は一つ溜め息を吐くと、前方にある黄色のテープで巻かれた事故現場へと向かう。


事故現場近くには、複数の雨具を着込んだ警官達が、現場の前に立っていた。彼等は常に周囲の仲間と連絡を取り合う為に、顔にサングラス風の通信機能式ウェアブラル・ディスプレイを装着していた。高度な機能を持ったディスプレイは、取締に活用されていた。状況によっては、スピード違反の車のナンバーさえ、瞬時に読み取られてしまう為、世間では『黒メガネ』と言う名で恐れられていた。


若い男性が事故現場に近付こうとした時、近くにいた警官が立ち塞がり


「すみません、現在この付近は事故により、通行止めです。お引き返え下さい」

「事故関係者ですが…駄目ですか?会社役員に状況報告を伝える様、言われて来たのですが...」

「それでしたら...確認の為に、何か身分証となる物を御呈示下さい」

「分かりました」


 若い男性は、そう言うとHFに向かって「名刺を...」と、軽く一声掛ける。


「かしこまりました」


と、音声が響き瞬時にHFの半透明スクリーンが開きスクリーンにある画像を指で操作し、それを手裏剣を投げるかの様に軽く弾くと、彼のスクリーンから画像が消え、それと同時に目の前の警官のサングラス風のウェアラブルコンピュータ・ディスプレイが画像を感知し警官が名刺と思われる画像を見た。


「タナカ・コーポレーション。研究課ミヤギ・ヒロシ」と言う名前を確認した。その横には、目の前にいる男性の顔付の画像もあった。


「他に何か必要な物はある?」


ミヤギと言う名の男性は、警官に向かって問いただす。


「いえ、失礼しました。どうぞ中へ入って下さい」


警官は、黄色のテープを上げてミヤギと、年配の男性の二人を事故現場の中へと通させる。


現場付近には、さらに白い衣服に身を包んだ研究員と思われる、不釣り合いな姿達があった。彼等は研究用の白い服の上に、透明の雨具を着込んでいた。ミヤギは、研究員達の側まで行くと「ご苦労」と声を掛ける。


「現場はどうだ?」


「トラックに乗っていた数名の人達の人命救助はほぼ、終了しております。骨折や打撲した者が多いですが、命に関わる危険な状況の者は、一人もおりません」


研究員達は半透明のタブレットを片手に、落下したトラックの現場状況を確認していた。


ミヤギは、その研究員の1人に小声で話し掛ける。


「例の『アレ』は、どうなんだ?」

「分かりません。先程から付近にムシを送って、周辺を見回していますが、どうも抜け出した可能性があるようです」


ムシとは…カメラを搭載させた小型ロボットでプロペラを使って飛び周り、その羽音がまるでムシの様な音から、この名前が付けられた。研究員達は、このムシを使って現場付近の画像をタブレットで見ていた。彼等の協力もあり人命救助は予想以上に効率良く進んでいた。


「最悪の事態だな...」

「全くです。『アレ』の性能が、ここまで複雑な上に高性能だとは正直驚きです。貨物のドアは、何重もあるセキリティーロックが仕掛けてある筈ですが、それを全て解いて外へ抜け出した模様です」

「手がかりになる様な物は発見できそうか?」

「残念ながら今の所、何も掴めていません...」


 研究員の話を聞いたミヤギは、軽く溜め息を吐き「会長...」と、HFに向かって呟く。

 その音声と同時に会長の画像が、再び画面に映し出される。


「どうしたのだ?」


 会長は突然呼び出された事に、少し驚いた様子を見せていた。


「事故の収集は、何とか方が付きそうです...が、『アレ』に付いては最悪なケースになりそうです。状況から察するに...どうも脱走した可能性が考えられます」

「そうか...ご苦労だったな、周辺にいる皆に状況を見て適当に終了する様伝えてくれ。後はこっちで全てやる」

「分かりました」


会長は、そう言ってミヤギとの連絡を終える。

 

大きなオフィスルーム。深夜1時頃、そのオフィスには人の姿は無かった。何十個もある机の上には、それぞれ作業に追われる日々を物語るかの様に書類の山が並べられている。平日の昼間、このオフィスルームには、数十名もの研究員達が半透明ディスプレイのPCの画面と睨み合いながら、レーザーキーボードを叩いていた。 オフィスルームの奥に木製で作られた扉が見えた。扉を開け中へ行くと、そこには会長用の小さな部屋があった。その日、大きなオフィス空間には会長だけとなっていた。彼も、普段なら自宅にいるときであったが事故発生の通報から、急いでオフィスへと足を運んでいたのであった。


彼は、ミヤギの報告を受けて深く溜め息を吐く。ほんの2時間程前自分達の運送用のトラックが、事故を起こした事に付いての記者会見を行う事と、自分達会社が極秘に制作していた物が行方不明と言う事態を招いてしまった事に会長は頭を悩ましていた。


彼はデスク横にある小型パネルに向かって「タチカワを...」と、一言声を掛ける。

しばらくして、会長室をノックして中年男性が室内に入って来た。


「タナカ・ミノル会長、お呼びになりましたか?」


と、一礼して、タチカワと言う男性は彼の前へと来る。

男性は細身の体で黒服のスーツを身に纏い、白髪でメガネをかけていた。


「来週予定していた発表会の予定だが...。新開発のモデルの発表は取り下げで、私の今後の製品開発の説明会へと変更する」

「かしこまりました。その様に準備しておきます」


タチカワは、そう言って一礼して部屋を出て行く。


会長は座っているEVチェアーをくるりと反転させて、棚に掛けられた電子パネルを見る。そこには若く奇麗な女性の姿が写し出されていた。


会長は眉間にシワを寄せて険しい表情で写真の相手を見つめる。電子パネルに映し出される若い娘は、幼い姿から十代半ばまでの成長いて行くまでの幾つかの映像へと切り替わって行く。最後に目映い日差しの中、大きく口を開いて笑顔で水遊びに戯れる。娘は十代半ばのまでの姿まで行くと、また幼い姿へと切り替わる。


「アリサよ...お前はそれ程までに、私の元から離れたかったのか?」


会長であるタナカは電子パネルの人物に向かって呟いた。

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