『好きなものこそ上手なれ』
第1章 『好きなものこそ上手なれ』
第1話 忙しいから ー 喜多海音
俺はあの日、初めて日の目を見ることになった。
「すごいねー、おめでとう!」
「やっぱりやる奴だとは思っていたよ」
「ねぇねぇ、賞金って何万円ぐらい?」
先週の末にあった小説の新人賞の表彰式が全国ネットのニュースで報道されたことをきっかけに、週明けの今日、早速俺の周りはたくさんの人で賑わっている。中には話したこともない人も見たこともない人もいたが、全員平等にそれっぽく応答していた。
「なあ、書籍化されるのか?」
「い、一応ね……」
押しの強い人には弱いのだが……。
***
しかしその群れも昼下がりにやっといなくなり、いつも通りの風景が広がっていた。少しスッキリ気分になった。
「すごいね。本当におめでとう」
旭がご飯を口に運びながらモゴモゴ言った。
「サンキュー」
「まさかニュースにまでなるとは思わなかったよ」
「そうだろ? 映像流れるって知らされたのリハーサルのときだったんだよ」
「えー、肖像権とかそういうのすぐに許可とかでないんじゃない?」
「それなんだけど……適当に流した規約の中に書いてあったらしくて。帰ったらすっごく叱られた」
「それはご愁傷さまです……」
旭は俺の唯一気を許せる友達だ。家はそんなに近くないし、高校で初めた会ったにも関わらず、初めから気が合ってよく話すようになった。旭はそこそこ背が高く、横幅は平均的で健康的だ。俺は少し痩せ気味で、彼はよく「もう少し食べないと死んじゃうよ?」と心配してくれる。そんな彼はもう少しモテるんじゃないかとは思うが、そうでもない。それでも、きっと隠れファンぐらいはいるだろう。
本人はあまり多くの人とのかかわりを持つことを好んでいないようなので、そっとしている。
「今日補習はないのか?」
俺はそそくさと食べ終わった弁当箱を片付けていた。
「うん、まあいつも通り小テスト受かったから」
「……」
俺はやっぱりな、と下を向いた。
「……まさか」
「そのまさか。忙しかったから全く勉強できなかった。今日は最終下校まで補習だってさ。休む暇も与えられないや」
「珍しいけど、しゃーないか」
「だから今日は先に帰っておいてくれ」
「わかった」
俺は弁当を片付けて、そそくさとロッカーに補習用の用意を取りに行った。内職しないと間に合わないし、それをためらうほどの人間は、どれほど忙しくても授業内小テストで満点を取るだろう。
***
「じゃあ、補習頑張って」
旭は申し訳なさそうに、じゃあねと手を振った。
「はぁ……」
今日の補習は日本史だ。実は忙しいというのも移動が多かったという意味での忙しいなので、その合間を縫って単語帳を開いていたらもう少し点数はあったはずだった。要するに、やる気がなかったのだ。
補習教室に入ると、誰もいなかった。仕方なく一番出入り口に近いところを陣取った。そして今回の範囲の、旭に写させてもらった授業ノートを開いた。今日の内容は中世だ。源平の合戦というところで、俺が小学生の頃から苦手な範囲だ。一応昨日の夜は夜がふけるまで勉強したが、その成果も出るとは思えない。
「じゃあまた明日」
「うん、ばいばい」
外から女子の会話が聞こえた後、がらっと近くの扉が開き、女子生徒が入ってきた。音に反応して顔を上げると、その女子と目が合った。長いまつげと切りそろえられた毛先から、優等生なオーラは感じるけど……。
「あ、どうも」
「お、おう」
簡単な挨拶程度で特に会話もなく、彼女は教卓の前の席に座った。そして間もなく先生が入ってきた。
「これで全員だな。じゃあ補習を始める」
先生が黒板に板書を書き始めたが、本当に日本史はあまり興味がないので、きいていないことがばれない程度に板書を写して教室の外を見ていた。
「北見先生」
俺の名前―――ペンネームが呼ばれて、目線を黒板に戻した。そこでは俺の本当の先生が呆れた顔をしていた。
「確かに連日疲れているのはわかるが、もう少し本業に集中したらどうなんだ」
「先生。その名前で呼ばないでくれって何回頼んだら聞いてくれるんですか」
すると女子生徒が口を開いた。
「さっきまで先生、何回も本名言ってくれてたんだよ?」
「え、あ……」
先生の方を見ると、そのとおりという顔で頷いていた。
「すんません……」
「じゃあ続きを始めるぞ」
俺は一度注意されたらそれ以上反抗しない。臆病なのだ。自分の作った世界だったら、いくらでも反論は考えられるのだけど。
俺は気持ちを切り替えて、先生の話を聞き始めた。
***
「じゃあ最後に小テストをやるが、いつもの通り落ちたら追課題からな」
補習授業は終わり、最後に再テストを受ける。それは十問あるうちの四問正解で合格、という易しい設定だ。しかもそれらは、その補習で扱った内容だから余計にだ。
「じゃあ終了。相互採点。ちょっと席を外すから戻ってくるまで待っていてくれ」
と、先生は仕事用の携帯を見ながら教室を出ていった。
――――――最終下校まで、あと四十分。
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