第3話 おすそわけ-花田由美

 外では普通の会話をしていたのに、なぜか気まずい空気が流れていた。作った声で接客したからかな。私はこの状況を打破する策を懸命に探していた。倉田くんはスタスタと歩いてきて、「おすそ分け」とカウンターの上にりんごの入ったかごを置いた。


「う、うん。ありがと」


 なぜか彼は、ぎこちない動きになってるし、言葉もたどたどしい。こういう時は男子の方から話題を振らねば、と旭は思いあぐねているのが手にとるようにわかってしまう。


「あ、あの……さっきのは見なかったことにして!」


 私は顔の前で手を合わせた。顔が熱い。


「わ、わかった。忘れる」


 私は安心した様子で「ありがとう」と言った。


「あのさ、りんごのお礼とさっきのを見なかったことにしてくれるお礼(?)で、一杯飲んでく? 奢るから」


「え、でも俺ら未成年だけど……」


 少し天然なところを見せた倉田くんが可愛らしく思えた。


「何言ってるの? コーヒーだよ。ここは居酒屋じゃあるまいし」


「あ、そりゃそうか。ははは」


 私はつられて笑って、豆を挽き始めた。


「じゃあありがたくいただこうかな。ちょっと待ってて。親に電話一本入れてくるから」


「わかった。あ、コーヒーでよかった? ラテとかジュースもあるよ」


「コーヒーでいいよ」


「かしこまりましたー♪」



 私は、戻ってきた彼に「喫茶『花田屋』へようこそ!」と笑みを送った。


***


「それにしても多いね。これ全部叔母さんからもらったの?」


 私はコーヒーのドリップ待ちの間に、彼からおすそ分けしてもらったリンゴを手に取って眺めていた。形もよく、色も赤い頬の比喩に使われそうな淡さだ。


「うん。青森旅行でクジ引きがあって、当たったんだって」


「これ何等?」


「二等。一等はお米二俵だって」


「うーわ、もっと大変じゃん」


 私はふと彼の方を見ると、彼はコーヒーが下に溜まる様子を眺めていた。でも、目の焦点は合っていないようだった。


「見てて面白い?」


「え、あ、うん。面白いよ」


「ほんとに?」


「……本当はぼーっとしてただけです」


「だと思った。いいと思うよ。ぼーっとするの。私も好きだから」


「そうなの?」


「うん、ここ喫茶店だから、人来ないときは本当に来ないんだよ。だからぼーっとするしかなくて」


「それでスマホいじってたんだ」


 私は彼にリンゴを投げようとした。


「あはは、ごめんごめん。冗談だって」


 私はもう片手にコーヒーカップを手に取った。


「もう、コーヒーぶっかけるよ?」


「えっ、ちょっ、うわ!」


 私は勢いよく―――かつカップが割れないほどの強さで―――カウンターにカップを置いた。


「はい。ブレンドコーヒーです」


「……ありがとう」


「砂糖とミルクはそこにあるやつを使って」


「うん。でもブラックでいいかな」


「あ、でも……」


 彼は既にカップに口をつけていた。途端、顔を少ししかめた。


「うちのコーヒーは苦めだから入れたほうがいいよって言おうとしたのに……」


「うん、かなり苦いけど、おいしいよ」


「だったら良かったけど」


「でも次は砂糖入れようかな」


 彼は我慢していたようで、せっせとスティックシュガーを入れて飲んだ。満足そうな顔だ。


「倉田くんは、優しいね」


「ん? そうかな」


「普段から思ってたけど、怪しい人に引っかかりそうなぐらい優しい」


「引っかからないように気をつけます……でも俺は本当に、苦いのが得意だから大丈夫だよ」


 ほんとにー? と言おうとしたら、友達からの返信が来、スマホを取り出した。


「友達から?」


「そうそう。まあ人付き合い程度だけどね」


「……花田さんって、案外腹黒?」


「かもね。私こう見えてサバサバしてるし……こういう私は見たくなかった?」


 彼の顔が少し曇ったのが気になってしまった。


「ううん。花田さんって、すこし近寄りがたさがあったんだけど、案外自分と似てるのかなっていうか、憧れるっていうか」


「憧れ?」


「そうそう。僕もあんまり人付き合い良くなくて、喜多きた海音かのんってわかる? あいつとだけよく話すんだ。人付き合いが苦手で、あんまりほかの人と話を合わせられないし……あ、でも花田さんは大丈夫だよ」


「私も流行りものに弱いからなー。よくおばあちゃんって言われるし」


 私はそう言って茶けたけど、彼は本気で悩んでいるようだった。

 不意に、彼の居場所になってあげたいって思った。同じような性格の彼に惹かれたのか、単に話し相手が欲しかっただけなのか、私はわからない。でも、少なくとも、彼に悪い印象を抱いていないこと、彼が私に悪い印象を持っていないことは確かだ。


「そっか……あのさ、唐突なんだけど、甘いものは苦手?」


「甘いのも大丈夫。酸っぱいの以外は基本的に」


「じゃあ明日の放課後、もう一回ここに寄ってくれる? 今日もらったりんごを使ってスイーツ作ってあげる。ちょうど明日は午前中授業だし、おやつ代わりにどう?」


「いいの? ありがとう」


 彼の笑顔は、片手に収まらないくらい淡かった。




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