5. 東京

僕の家族は旅行に行くという習慣のない家族だった。家族でディズニーどころか、東京にも行ったことはない。


そのせいか僕にはいつまでたっても東京という街が大都会のままだ。

最近になって気づいたのは、ちょっとバイトすれば東北の田舎からでも行くことのできるところだということ。

ただ、僕は東京に何度足を運んでも高いビルを見上げてしまう。都会に馴染めない田舎者の姿が、仕事場へ向かう列の中でひとり目立っていた。


満員電車は幾分か慣れてきたが、人間観察をしてしまう癖はいつになっても治らない。隣の吊り革を掴んだ30代くらいの男性のスマートフォンの画面には、顔はめ看板で喜ぶ彼の娘が映し出されていた。「ふう」と溜息を吐く彼を職場へと駆り出す原動力は、おそらくその10時間後くらいに帰る場所にいる大事な人なんだろう。家庭を持たない僕にはわからない感覚なのだろうが、彼にとって仕事は家族のために続けているものに違いない。

叶わないかもしれない夢を見続ける僕のような「デイドリーム・ビリーバー」は、大切な人を守るという感覚とは真逆の感覚を持っているように思う。

理想と現実は時に相容れないものとなって、一方を取るためにもう一方を捨てることになりがちだ。どうやったらブレイクできるのかを考えるよりも先に未来の生活を考える僕を、ある人は賢いと言い、またある人は、そんな考えなら辞めた方がいい、向いていないと言う。

ゴールに向かうためには全速力で走らなきゃダメだろ、じゃないと途中のハードルは超えられないぞ、といった(ありがたい)言葉を頂いたことがあるが、少なくとも僕の人生はハードル走ではない。

途中で立ち止まることを許されない人生なら、この人生には見切りをつけよう。

僕にはのんびりペースが合っている。


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