2. 神のみぞ知る

夏の日の朝、底抜けの暑さがベッドの上の僕を強烈な不快感とともに目覚めさせた。節約といってクーラーを止めて寝たのが間違いだった。


青空は出ているものの、多少の蒸し暑さも相まって、今日はまだ暑くなりそうだな、と思わず口に出してしまった。一人暮らしを始めて2年半ほどが経ち、独り言が多くなったような気がする。話し相手は窓に映る自分か。浮かない顔をした男がそこにはいた。左右対称の顔だった。


年相応の男ならば、あらゆる欲望に対する爆発的な情熱を持っても構わないような気がする。金銭、名誉、性欲、物欲、なにをとっても大した興味がない。昔親に言われた、どんな贅沢よりも普段の生活をなんら変わり無い状態で続けることの方が幸せだと云う考え方が、最近頭の中でリフレインしている。

今思えば子供に旅行やらゲームやらをせがまれた時の母親なりのリーサル・ウェポンであったのだと考えられるのだが、珍しくこの部分は親と子で考えが一致しているらしい。コーラの赤い空き缶が数本並んだテーブル。僕はこれが続く生活ならばそれでいい。


今までの人生で、培ってきた様々な経験や努力について、もう一度考え直す時間が増えた。

というのも、僕は履歴書を書くことが、もっといえば、自己アピールをすることが極端に苦手だからだ。自分のことを見つめ直す行為があまり好きではないからだろうか。

「あなたってどんな人ですか?」は僕にとっての難問である。もっとも、バイト先の人に聞かれる志望動機ほど難しいものはないのだが。給料が良かったから、近かったから、そこで働く店員さんが可愛かったから、理由はどうあれ、働きたいと思ったから。それで良くないか、と毎回思う。ちなみに僕が今バイトしているところでの面接で、志望動機は「将来やりたいと思っている業種なので」と大嘘をついた。僕がピノキオなら鼻はバイト先のビルの天井を突き破って月まで届くだろう。

いずれにせよ、自分自身のことをその数十秒で全部知ってもらうのは不可能だと思う。自分自身のことなのにまるでわかっていないのだから。考えている間に、その傍ら流れていたラジオが終わった。内容は覚えていなかった。ふたつのことは同時にできない。「ふたつのことは同時にできない人です」とでもいってやろうか。数分考えたけど、確実に面接に落ちそうなのでやめよう。

明日生きるための活力を僕は今すぐに得たいわけじゃ無い。ただ明日までに明日生きるための理由を見つけたいだけだ。それがなかったらどうなってしまうかは考えたくは無いけれど、とりあえず、明日着る服が必要だから、明日を生きるために洗濯機をまわすことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る