1. 結局最後はどっちが勝ったんだっけな
早朝、アスファルトに染みた雨が、昼前には乾き始めていた。さっきまでとは裏腹に空は晴れていた。ただお世辞にも快晴とは言えない。今日は長袖だと暑そうだし、半袖なら寒そうだ。天気予報で薄手の羽織ものか七分丈のシャツで、とか言っていたけど、そんなの持ってない。ファッションにも興味を多少は持つようになったけど、最終的に欲しいと思ったものの値段が高くて、お金がないから買えないということが多く、ストレスが溜まるのであまり考えないようになっていった。クローゼットの中の現有戦力でこの夏は戦おう。
テレビをつけると、高校野球の中継が流れた。最近はテレビもあまり見ていなかったので、リモコンがどこにあるのかもわからなかった。そういえば、なにかの本で読んだが、「最近テレビを見ていない」というのは世間的にいえばカッコつけていると捉えられるらしい。周りに流されない、というアピールだと思われるのだろうか。もっとも、僕の場合は単純に気分が乗らないだけだ。テレビは大好きだし、そうじゃないとタレントになろうなんて思わない。
肝心の野球の試合は、強豪校と県立校の対決が思いの外接戦になって、延長戦に突入していた。ベンチの高校球児が一所懸命に声を出しているのが映った。ふと思った。何かに全力で取り組まなくなったのはいつからだろうか。なんなら僕の心の中の悪い「僕」は、彼みたいな子をどこかで小馬鹿にしていた。僻みか。いや、違う。劣等感か。自分にできないことを、彼はやっている。いや、それも違う。もしかして、僕がやろうとしてないだけなんじゃないか。時間がない、とか、疲れた、とか、お金がない、とか、大学生風情が御託を並べて、避けてきただけじゃないか。結局、彼のチームは負けてしまったけれど、きっと彼はいい人間になるだろう。綺麗なお嫁さんをもらって、可愛い子供に恵まれて、明るい家庭を築くだろう。お葬式で、たくさんの人が泣くだろう。たぶん、彼の遺影はとびきりの笑顔で。僕も、そんな人生を送りたいけど、今のままじゃ神様が許さなそうなので、とりあえず周りの人と自分を否定することをやめようと思った。
近くもなければ遠いわけでもない、なんとも微妙な距離感の友人の「インターンシップに行ってきた」という投稿をSNSで見た。なんでこの人のことをフォローしているのかわからなかったので、「いいね!」はやめておいた。初めて会った友達と親睦を深めた、という内容だった。大勢で喋るとなると、知り合いがいなければ話に入れない僕みたいなタイプは(世に言う「人見知り」らしいが)こういうのには参加できないんだろうなと思ってしまった。仮に参加したとして、早く帰りたい、帰りたいと思うのが目に見えた。普通の就職活動としては、これも必ず通らなければならない道なのだろうか。だとしたら苦痛でしょうがない。
僕の最近の悩みのタネは、僕が歩もうとしている道が「逃げ道」なのではないかと思うことだ。苦しい就活から逃げて、好きなことを貫くんだとか誰も何もいえない大義名分を掲げて、夢を諦める代わりにやると宣言した教員の勉強も辞めて、かといって何もせずに冷房の効いた部屋でダラダラと過ごしている。たとえ逃げ道の方を選んでも、途中で寝転んでいるウサギは、地道に進むカメに追い越されて、気づけばカメは逃げ道を通り抜けて夢を掴むかもしれない。僕は一歩ずつ歩を進める気力も脚力もなくして、木陰で道の先にある山の頂上を見ながら寝ているだけしかしていないんだ。昼ごはんをコンビニに買いに行く途中で、就活中の学生たちとすれ違った。クールビズに合わせてスーツを纏う若者たちは、その笑顔にワイシャツの白さも相まってとても輝いていた。僕が着ていた少し小さめのTシャツは、それに比べればどこかくすんだ色をして、色にハリのないオフホワイトだった。木陰で寝転んでいる間に、自分自身が衰えていくことを知らないウサギは、焦ってカメの後ろ姿を追う頃には、きっと走れない。今が勝負なんだ。あいにく、僕が寝ているこの道をカメはまだ歩いてきていないようだから、しっかり準備運動をしてから、一歩一歩頂上へと歩みを進めようと、僕はさっきコンビニで買ってきた菓子パンを口に押し込んでから、トートバッグを持ってバイト先へと自転車を漕いだ。すっかり空は快晴だった。
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