18  渦巻く戦術


     渦巻うずまく戦術




 10月10日、金曜日の夜、魚町店が企画したオリジナルデザートフェアを紹介する広告の打ち合わせの為に涼介は部下の広山と竪町たてまちにある広告代理店に居た。

 涼介は広告へのこだわりが人一倍強かった。あらゆる場所にいてあらゆる人々に接触する最初のきっかけとなり得る広告は、その会社の資質やセンスが問答無用で問われる部分だと涼介は思っていた。それ故に広告代理店から提示された各パーツのレイアウトやキャッチコピーの決定にはスケジュールにとらわれる事無く時間を掛けていた。

「スイーツって言葉をどっかに入れといてね」

「どの辺りか指示してもらえませんか?」

 会議室のテーブルの上にはコンテンツや色合いの違う広告の叩き台が散らばっていた。

「美味しそうな所に入れてよ」

「・・・佐久間さん、何時いつもそうなんだから」

 担当者は笑っていた。

「だって、それを俺が決めたら意味無いじゃない」

「まぁ、そうですけど」

「手を抜いたら次は無いよ」

「きびしっすね、分かりました」

「何故そうなったのか説明して貰うからね、じゃないと納得も手直しも出来ないから」

「分かりました」

「じゃ、来週の水曜日、5時にウチで」

 涼介はそう言って広告の打ち合わせを締めた。

 広山は涼介の隣で予定表に忙しく何かを記入していた。

 会議室の壁に掛かっている時計は7時30分を指そうとしていた。


「課長代理、打ち合わせが終ったら直接店に来いって部長が言ってるらしいんですけど」

 広山は会議室を出てエレベーターに向かう途中、打ち合わせの最中に恭子からメールを受信していた事を告げた。

「・・・大手町用の備品リストがさ、全部仕上がってるかどうかチェックしてから行くぞ」

 すでに部署間の親睦会に30分遅れていたが、涼介は今日中に終らせておきたい仕事を考えていた。

「あっ、すいません、そのリスト岡部が全部仕上げて部長のサイン貰ったってメールに書いてました」

「マジか?」

「はい。報告しておいて下さいって、ほんとすいません、忘れる所でした。」

「そう・・・」

 涼介は何かを考えている様な顔で広山に返事をした。

 二人はエレベーターの前に立っていた。

「・・・でも一度会社に戻ろう・・・歩いて行こう。どうせ15分も変わんないんだから」

「・・・そうですね」

「広山、場所知ってるよな?」

 エレベーターの扉が開いた。

「はい」

「堺町ぐらいだろ?」

「そうです」

 広山はボタンを押した。

「じゃぁ決まりだな」

「はい」

「帰り運転してくれ」

「分かりました」


「代理、明日から三連休ですね」

 広山は運転席のドアを開ける前にそう言った。

「そうだな」

何処どこか行くんですか?」

「どうして?」

 涼介はそう言って助手席のドアを開けた。

「・・・いや、代理は三連休あったらどんな休日を過ごすんだろうなぁって、単純に」

 運転席に座った後、広山はその質問をしながら車のキーをイグニッションに挿した。

「普通だよ」

 涼介はそう言って助手席のドアを閉めた。

「その普通に興味あるんですよね」

 広山はエンジンを点火し、ギアをリバースに入れた。

「・・・そう言えば明日から食の祭典じゃないか」

「そうなんですよ」

「しょうがないな、持ち回りだしな」

「結構疲れるんじゃないかって思ってるんですけど・・・本社の人間余り知らないし、部長と一緒だし」

 広山は車を駐車場から出す為にハンドルを切り返していた。

「・・・・・」

 涼介は広山の言葉を拾わず、広告代理店での打ち合わせ中に受信していた二通のメールを開こうとしていた。

「代理とだったら楽しかったんでしょうけどね、横浜地元みたいなもんでしょうし」

 広山は喋らない涼介にそう言葉を付け足した。


 車は旧電車通りを199号線に向かって走っていた。

「今年もランドマークだったよな?」

 二通のメールを読み終えていた涼介は、ふと思い出した様にそう言って話の続きを切り出した。

「えっ?ええ、TOTOさんのショールームです。協賛して貰ってますしTOTOさん結構メリットあるみたいですよ。それに今年は東京電力も入ります」

 長い沈黙を続けていた涼介が突然発した問い掛けに広山は少し慌てていた。

「ホテルは?」

「最終日だけインターコンチです。他は本社近くのビジネスです」

「そうか・・・インターコンチ、いいじゃないか・・・」

「そうですね」

「北九州空港からだよな?」

「そうです。博多と熊本の社員は福岡空港からみたいですね」

「朝一か?」

「いえ、11:30発ですね」

「まぁ、オブザーバーみたいなもんだし、広山、お前本社に仲のいい奴居るんだろ?」

「それが居ないんですよ、皆移動になっちゃって」

 車は西小倉駅前で赤信号に捕まろうとしていた。

「じゃぁ俺が同期に良いキャバクラ連れてく様に言っといてやるよ」

「ありがとうございます」

 広山は笑顔を見せていた。

「まぁ、勝手も知ってるし、旅行みたいなもんだからな」

「そうですね・・・でも、部長に付き合わされるんだろうなぁ」

「・・・・・」

 涼介は携帯電話をスクロールしながら笑っていた。

「変なスナックとかに行って歌いまくるのだけは勘弁して欲しいんだけどなぁ」

「部長ってそんなにカラオケ好きだったか?」

 涼介は広山にそう話し掛けながら携帯電話を耳に当てた。

「好きみたいですよ」

「お前はどうなんだ?」

「いや、僕も好きですけど・・・」

「・・・・・」

 涼介は広山との会話を止め、プッシュしたダイヤル先の声を待っていた。

 車は赤信号から開放されていた。

「・・・・・」

 広山は携帯電話を耳に当てている涼介を見て、反射的に息を殺していた。

「・・・・・」

 涼介は雑踏ざっとうながめながら待っていた。

 広山は涼介が作った予期せぬ静寂せいじゃくに息を殺し続けていた。

「・・・お疲れさん、大丈夫だよ普通の飲み会だから。家に帰ったら電話するから。じゃまた」

 涼介は淡淡たんたんとそう言った後、携帯電話を左手で握ったまま何かを考えていた。

 車は新勝山橋を渡ろうとしていた。

 広山は初めて見た涼介のプライベートに言葉を探せないまま運転していた。

(・・・・・)

 涼介は安心させる優しい言葉ではなく、聞き分けの無い駄々だだっ子をだまらせる様な言葉を態々わざわざ留守番電話に放り込んだ自分にを感じていた。

 電話を掛けたのはまゆみだった。

 まゆみは今夜が親睦会だという事を知っていた。

 10月4日に決まっていた小倉でのデートをまゆみは自身の都合で前日にキャンセルしていた。涼介とのデートを断腸だんちょうの思いで一度キャンセルした事のあるまゆみは二度目のキャンセルに耐えがたい切なさを感じ、涼介に変な憶測をされるのではないかと痛切に思い込んでいた。故にまゆみは10月4日以降毎日の様に、今からでも小倉に行きたいという趣旨しゅしのメールを夜中でさえ涼介に乱打していた。同時に電話ではキャンセルせざるを得なかった理由を延々と伝え、謝っていた。

 まゆみは切実だった。しかしその切実さは束縛そくばくめいた言葉を何度もメールに乗せる事となり、心の何処どこかで時間を作ろうとしていた涼介には逆効果だった。

 まゆみは何度も涼介に会いたい気持ちを伝えていた。しかし涼介はその都度つど、仕事の延長線上にある〝飲み事〟が流動的に入る平日の夜は約束をしても守れないかもしれないとまゆみを柔らかくなだめていた。

 まゆみは涼介に気持ちを受け入れて貰えない事に焦っていた。その焦りは明日に迫った涼介とのデートを前にして、まゆみから冷静さを奪う事となっていた。

(・・・・・)

 涼介は打ち合わせ中に届いたまゆみからのメールを再度開いていた。メールの文中には二度〝羽目を外さないでね〟と書いてあった。最後には〝何時になってもいいから電話して〟と書いてあった。

(・・・・・)

 車が魚町交差点で信号待ちをしている事に気付いた涼介は、メール画面から視線を外し、広山の横顔のずっと先で輝きを放っている場所を見つめた。

 涼介の瞳の先にはエリカが働く美容室があった。

「・・・彼女ですか!?」

 広山は涼介からじっと見つめられていると勘違いし、沈黙を破った。

「・・・そうだな」

 涼介は視線をメール画面に戻し、そう答えた。

「大変ですね・・・」

 広山は初めて見た涼介のプライベートに驚き、困惑していた。そして状況をどう取りつくろっていいのか分からないまま咄嗟とっさにそうしゃべっていた。

「・・・そうだな」

 涼介は広山の顔に一度も焦点を合わさないまま、打ち合わせ中に届いたもう一通のメールを再度画面に映し出した。


     ■ 受信メール■

     お疲れ~!!元気ぃ~!?(^_^)

     今から合コンなんだー

     ちょっと飲んで来るねー!!

     チュッ(^_-)-☆

     ■エリカ 2003/10/10 19:05■


(・・・・・)

 メールを読み返している涼介の瞳は穏やかだった。

「・・・ひょっとして・・・違う・・・女性ですか?」

 広山は涼介の左手にある携帯電話を覗き込みながらそう言った。

「・・・そうだな」

 涼介は広山の視線を気にする事無くメールを作り始めていた。


     ■新規メール作成■宛先■エリカ■

     お疲れ

     合コンいいねぇ

     ナンパしないように^^

     

     オレも今日は飲み会なんだ

     堺町あたりウロウロしてるかもだよ

     じゃ^^

     ■SUBMENU■編集■戻る■19:45■


「・・・代理・・・やっぱ凄いですね・・・それじゃぁ代理の中で岡部は何番目なんですか?・・・」

 広山は驚いている表情に好奇心をたずさえ、何気なくそう聞いた。

「岡部?」

 涼介は広山の顔を鋭く見た。

「!!・・・代理・・・あの・・・岡部と付き合ってるん・・・ですよね?・・・」

 広山は涼介の表情に少し焦っていた。そして余計な事を口走ったかもしれない不安にられていた。

「会社じゃそんな風になってんのか?」

 涼介はメール画面の送信終了表示を確認し、携帯電話をワイシャツのポケットに仕舞しまいながらそう聞いた。

「・・・ええ・・・皆そう思ってます・・・」

「なるほど」

 涼介は恭子に対する認識の甘さを思い知らされていた。

「・・・付き合ってるんじゃ・・・ないんですか?」

 喋る気配の無くなった涼介に広山は恐る恐るそう切り出した。

「広山有難う・・・でもまぁいいじゃないか、ノーコメントって事にしといてよ」

「何かありそうですね」

「いや、別に普通なんだけど、まぁいいじゃない」

 涼介は親睦会の前に広山と二人だけの時間を与えてくれた目には見えないに感謝していた。

涼介は気付かぬ内に過信していた。広山が涼介の一挙手一投足に興味を示さず、示していたとしても気を使ってもくしていたならば、今夜恭子が考えているだろうしたたかな戦術にはまっていたかもしれなかった。

 十一日前、自宅のダイニングにあるパソコンから恭子にメールを送信した時、涼介は恭子の誘いに乗ってもいいのではないかとぬるく考えていた。それは関係のあった女性とめ事を起こす程恋愛が下手ではないとする考えに起因きいんしていた。故に今夜恭子に誘われるまま一夜を過ごしていたならば、涼介は知らず知らずの間に自惚うぬぼれていた事を最悪の形で思い知らされ、取り返しのつかない耐えがたい問題を抱えていた可能性があった。

 涼介は男女の関係以前に存在する、うごめく思考の連鎖の中で成り立っている、目には映らない心の存在を忘れていた。欲しい物を手に入れる為には手段を選ばない人や周到な策略でターゲットを囲い込む人も居るという、みにくくもあり至極しごく当たり前でもある人のつながりを忘れていた。更には涼介自身がそのどちらも日常で駆使くししている事実すら忘れていた。

(・・・・・)

 何時の間にか自分は持てる男なのだと勘違いして行動に誠実さや謙虚さを欠いていた事を涼介は素直に反省し、恭子に対する意志を明確にした。そして自分を見つめ直す機会を与えてくれた広山と目には見えないに再び感謝していた。

 二人を乗せた車は会社のあるビルの地下駐車場に入ろうとしていた。

 車の中は再び静寂せいじゃくが訪れていた。

(・・・誰だろう・・・)

 涼介は静寂を嫌う様に始まった携帯電話の振動を胸ポケット越しに感じていた。

 広山は黙ったまま運転を続けていた。

(まゆみかな・・・)

 涼介は親睦会に合流する前に、もう一度まゆみに電話をしておくべきかどうかを考えながら受信メールを開いた。


     ■受信メール■

     ナンパされないよーに!!

     ■エリカ 2003/10/10 19:50■


(まったく・・・)

 涼介の顔は緩んでいた。

 広山は涼介の様子に無関心を装っていた。



「お疲れ様です!!」

「お疲れさん!」

「!!・・・おう、お疲れ!」

 広山が親睦会の扉を開けて発した挨拶は、上司が座る席へと向かう二人にこだまとなって跳ね返って来ていた。

「お疲れ様です」

「おーっ、お疲れさん。やっと来たか」

「すみませんっ、遅れましたっ」

 広山は涼介の後に続いた。

「おお、お疲れさん」

 支店長は二人に破格はかくの笑顔を見せていた。

「課長代理!こっちこっち!」

 支店長を囲む様に座っている部長や他部署の上司に挨拶をしていた二人の背中に一人の女性社員の声が刺さった。

「・・・・・」

 涼介はその声に振り向いて小さく手を上げた。

 親睦会には30人近くの社員が集まっていた。それは現場を除いた小倉支店に勤務する約八割に相当していた。

「ほぼ全員来てるんじゃないですか?」

 広山は用意されていた席に向かう途中涼介に耳打ちした。

「みたいだな」

 涼介はそう言いながら腕時計を見た。

 親睦会の合流に1時間10分程遅れていたが、涼介には想定内であり及第点を付けられる遅れ方だった。


「お疲れさん」

「お疲れ様です!」

 涼介の一言に複数の女性が挨拶をした。

「・・・ありがとう」

 涼介は席を用意していた女性社員達に礼を言いながら、珍しく座敷ではない雰囲気のあるダイニングに、上司に対する女性社員の頑張りを見た様な気がしていた。

 涼介の両隣には部内に五人在籍している女性社員の内の三人が座っていた。

 二つ隣に恭子が居た。

「課長代理、どうぞ」

 隣に座っている女性社員が満面の笑みを浮かべ涼介にグラスを渡し、ビールを注ごうとしていた。

「あーあー、佐々木は人気あんなぁ!」

「代理持てますねぇ相変わらず・・・いいよなぁまったく」

 少し離れた席に座る同期と後輩の声が、ビールで満たされゆくグラスを持つ涼介の耳に届いて来ていた。

「・・・・・」

 涼介はその二人に対してグラスを持ち上げ、お互いを良く知る友だからこそ成り立つそんなに心地良く乾杯のポーズを取った。

「本当ですよっ!!」

 同じテーブルの向かい側に座っていた涼介の部下が勢い良く身を乗り出してそう叫んた。

「あのさぁ、皆言っとくけどさぁ、課長代理は駄目だぞ・・・だって今日も待たせてんだから・・・3人ぐらい・・・ねぇ、課長代理!」

 少し酔いが回っているだろうその部下は、そう言って涼介の方に身を投げ出した。

「そうなんだよ、大変なんだよ・・・なぁ、広山」

 涼介は正面に座った広山にそんなとビールを差し出した。

「えっ!?あっ、有り難うございます・・・ええ・・・まぁ・・・代理勘弁して下さいよ、ボケは苦手なんですから」

 広山は涼介にビールを注がれながら、そう言った。

「ははっ、広山、ここは乗って突っ込むんだよ」

 涼介は優しい眼差しでそう言いながら広山に乾杯を促した。

「お疲れさん」

「お疲れです」

 二人が鳴らしたグラスは上司と部下の関係を超越ちょうえつした響きを放っていた。

 親睦会は涼介と広山の合流によって更に雰囲気が良くなっていた。それは二人が会社に貢献している事を誰もが認めているあかしでもあった。

「皆聞いてくれ!・・・おい、皆聞いてるか!改めて乾杯するぞっ!・・・佐久間!音頭とれ!」

 全体を見渡せる位置に座っていた部長がおもむろに立ち上がり、響き渡る野太い声でそう言った。

「・・・それじゃぁ・・・」

 涼介は部長の言葉にゆっくりと立ち上がった。

 会場には冷やかしの歓声と拍手があふれていた。


「代理、そう言えばこの前タカハシフーズの女の子が合コンしようって言ってましたよ」

 広山は少し酔っていた。

 親睦会は整然から雑然へと変わっていた。

「おいおい広山、俺をダシに使うなよ、俺じゃないだろ?最近顔出してないんだからタカハシさんとこはさ」

「いや、代理ですよ、間違いないっすよ」

 広山は涼介の話を聞きながら焼酎のお湯割りを一気に空けた。

「合コンですか!!」

 広山の涼介に対する羨望せんぼうは涼介の両隣に座っている女子社員の素早い反応によって羨望のまま区切られた。

「合コンするんですか?」

 恭子も反応していた。そして会話に参加をする意志を落ち着いた表情と共に涼介に見せた。

 恭子の一言が大きなきっかけとなっていた。涼介の周りに居る女子社員達は普段話せない恋の話をここぞとばかりに涼介に集中させていた。

 目の前で飛び交い始めた女子社員達の惚気話のろけばなしや彼氏に対する愚痴ぐちに少し辟易へきえきとしていたが、涼介は相槌あいずちを打ち、なだめ、めていた。

 恭子はその輪の中に加わってはいたが、笑いながら話を聞いている事の方が多かった。

(ここに居る皆は俺が岡部と付き合ってると思ってんだよな)

 涼介は時折そんな事を考えながら作り笑いを見せ続けてた。

(しかし岡部は全然そんな素振りみせないな・・・皆も気を使ってる様だし・・・)

 

「だよねぇ!」

「ねっ、課長代理!そうですよねっ!」

「・・・かもしんないな・・・」

 何時まで経っても終りそうにない、蒸し暑い梅雨時の湿気の様にまとわり付く女子社員達の取り留めのない話にうんざりしていた涼介は、話の一つ一つに穏やかな声で答えながらトイレに立つタイミングを計っていた。


(ふーっ・・・)

 涼介はやっと得られた開放感に息を一つ吐いて、細い通路をレストルームまで歩いていた。

(岡部は何時もと変わんないな・・・)

 涼介はそんな事を考えながらドアを開け、女子社員達との他愛もない話の最中、左のももに何度か感じていた携帯電話の受信メール一覧を開いた。

(岡部?・・・)

 涼介は思わず声を出しそうになっていた。

 3通のメールを受信していた。メールは、まゆみ、恭子、エリカの順で届いていた。

(・・・・・)

 涼介は二つ隣の席にずっと座っていた恭子からのメールにある種醒めた興味をそそられていたが、受信の順番通り最初にまゆみのメールを開いた。


     ■受信メール■

     さっきはごめん、会議中だったの(‘_`);

     留守TELが入ってるなんてびっくりした!


     ・・・涼介に会いたい・・・


     私たち付き合ってるんだよね?

     だったら束縛してもいいよね?

     そんな気持ちなの。。。


     私の事好き?(^_^)

     ■まゆみ 2003/10/10 20:22■


 まゆみは涼介との恋愛に付きまとって離れない、嫌な予感を払拭ふっしょくし様とする感情をそのままメールに乗せていた。


     ■新規メール作成■宛先■まゆみ■

     お疲れ。

     今夜は遅くなりそうだけど心配しないで。

     好きだよ(^_^)

     ■SUBMENU■編集■戻る■21:05■


(これでいいかな・・・)

 涼介はまゆみからのメールを読み終えた後、感情の伴わないゆるい情熱を液晶に打ち込み、恭子のメールを開いた。


     ■受信メール■

     お疲れ様です。

     あんまり飲んでないようですね☆

     何かあったんですか?

     課長代理の事だから心配してないですけど(^_^)

     二次会途中でまた抜けるんですよね?

     みんなにバレないように私も抜けて

     静かな所で一緒に飲みたいかな(^_^)

     課長代理の行く所に連れてって下さい(^_^)

     ■岡部恭子 2003/10/10 20:45■


(広山のお陰だな・・・)

 昨日までならほくそ笑む事が出来ただろう恭子が打ち込んだ文面が、望む最高の結末を迎える為に練り上げ、み込まれたシナリオの食前酒アペリティフであり、外連味けれんみを見せない恭子のしたたかさである事に、涼介は少し虚無きょむめいた滅入めいりを感じていた。

(・・・やっぱ苦手だな、こういう飲み会は・・・)

 レストルームの鏡に映るめた自分を一瞥いちべつした後、エリカからのメールを開いた。

「佐久間―っ!佐久間は何処だーっ!」

 涼介の耳に部長の声が届いた。

(何だろう・・・)

 涼介はその声に携帯電話を閉じた。


 店内では全員が立ち上がって一次会を締め様としていた。

「課長代理来ましたっ!」

 男性社員の誰かがそう叫んだ。

「よーし、佐久間っ、最後締めてくれ!」

 部長の声は野太のぶとかった。

「分かりました」

 涼介は笑顔を見せながら親睦会を見渡せる場所に歩いた。

(・・・・・)

 恭子は視線を絡み付かせ様と、涼介をずっと見つめていた。


 親睦会を終えた一団は決まり事の無い小さな集団を路上でいくつか形成しながら分散しようとしていた。

(・・・・・)

 涼介は歩きながらメールを作っていた。

 日頃プライベートな部分を見せない涼介の人目をはばからないその堂々とした行為は、廻りを一緒に歩く仲間を驚かし無口にさせていた。

「代理、彼女ですか?」

 酔っている広山の声はよく通った。

「そうだよ」

 涼介は後ろから近づいて来た広山にそう答えた。

「いいなぁ、代理は!」

 広山の声は大きく響いた。

「・・・・・」

 涼介は広山に笑顔を見せながら作り終えたメールを一度保存し、エリカから届いていたメールをもう一度開いた。


     ■受信メール■

     今どこで飲んでる??まだ飲むの?

     私はカラオケ行こうって誘われてるんだけど

     なんだかつまんない!!

     みんなリョウよりいいオトコなのにね(^_^)

     リョウのせいだからね☆責任とって!

     この前行ったBARで待ってるから

     会いに来なさーい 💖

     ■エリカ 2003/10/10 20:53■


「ハートマークついてますよっ!」

 広山は涼介の携帯画面を覗き込んでいた。

「・・・・・」

 涼介は広山の直ぐ後ろを恭子が歩いている事を知っていた。

「・・・・・」

 涼介は保存していたメールを呼び出し、送信キーを押した。


     ■メール送信済み■

     お疲れ


     会いに来い!?

     了解 助けに行くよ

     じゃ後で

     ■エリカ 2003/10/10 21:20■
















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