4   重ねる洞察


     重ねる洞察どうさつ




(2時半か・・・)

 腕時計を外し、コントロールパネルの横に置いた涼介はベッドの中で再び考え始めていた。

 眠れない涼介の隣でまゆみは寝息を立てていた。

 涼介は初めて出会い系サイトのURLを開いた日から9ヶ月近くの間、様々な女性とメールで会話を重ね、対面も重ねていた。大阪から博多に出張で来ていた女性も居れば隣町の主婦も居た。顔を合わせて30分後にはラブホテルに入っていた女性も居れば、メールで会話をしていた本人ではなく、その女性の友達と食事をした事もあった。あるいは画像を交換した後に連絡が取れなくなった女性や、待ち合わせの前日に送られて来た画像を見て、その後の受信を拒否した女性も居た。

 涼介にとってまゆみはラブホテルで一夜を共にした五人目の女性だった。食事だけで終わった女性を含めれば七人目の女性だった。

(どんな形でも、初めて会った時の雰囲気ってのは重要なファクターなんだよな・・・)

 涼介はベッドの中で考えていた。

 メールで出会いを求める女性の多くは、メールの中では明らかに恋をしていた男性を初めて視覚でとらえた時、その男性の仕草の端々はしばしに出て来るくせやセンスがどれぐらい自身の感受性を刺激し、どれ程の好印象となって心にインプットされるかにって恋心にを着ける事が出来た。しかし感受性には雰囲気や表面的な物腰ものごしという、その印象をいくらでも操作出来てしまう抽象的ちゅうしょうてき概念がいねんに直感的に反応してしまう性質があった。ある意味人間のごうでもあるそんな直感はおおむね性的欲求を満たそうとする潜在意識に支配され、曖昧あいまいで主観的な判断を下している事が多く、メールで男性と出会おうとする女性の直感や、その直感を導き出す感受性は更にその傾向を顕著けんちょにしていた。

 出会い系サイトに恋の仲介を依頼する女性の大多数は、手に入れ様と決めた男性に絡み付いているリスクを予測して的確な判断を下す為の理性を心の隅に追いやる事が好きだった。しかし心の隅に追いやったはずの理性の中に在る、完全に放棄する事など出来ない自己防衛本能が、自分の前に現れた男性を受け入れ様と決めた気持ちが正解なのかどうか、時間の経過にって違った側面を見せるかもしれない男性の言動を事あるごとにチェックしていた。しかし短い時間の中で二人の相性に答えを出そうとする無理な洞察どうさつは、恋愛対象を見極める能力の未熟さを自分に気付かせる事となっていた。されどそんな事実を認めたくない女性のぬるい自尊心は、自己防衛本能の恩恵を受ける為の柔軟性に欠けるゆるい理性をかばう為に、洞察どうさつ矛先ほこさきを現実から未来へと徐々に切り替え、二人が創るであろう微笑ましい想い出を先回りし、自己防衛本能までも説き伏せ様と画策していた。それは理想を追求する為に乗り越えなければならない困難な命題に対峙たいじするよりも、自身が持つ恋愛観の再構築をし、恋愛という行為の中に在る未知の喜怒哀楽を享受きょうじゅする事の方が大切だと信じ様とする、ある意味種類の違う、女性の生理的な部分に存在している、もう一つの自己防衛本能の働きでもあった。

 出会い系サイトを利用する女性の自尊心にへばり付いている〝ずるい〟主観は、居心地の良い答えをいくらでも導き出せる場所を探す事にけていた。その場所は恋愛の理想を夢想する事が満喫出来る〝恋愛観〟と言う山の稜線りょうせんに存在していた。同時にその場所は、自身の一連の行動を社会の常識に流れ込ませる時に最終的な検証をしなければならない分水嶺ぶんすいれいでもあった。

 女性のほとんどは自らの意思で出会い系サイトに分け入ったにもかかわらず、ほとんどの女性は恋人になるかもしれない男性と知り合った直後、馴れめが〝出会い系サイト〟だという、身の回りの人達に女性としてのプライドを傷付けられ兼ねない、事あるごと揶揄やゆされるかもしれない、自分の身に一生付きまとう事になるかもしれないそんな事実を、ある意味だと割り切れる日が来るまで隠し続けておきたいと思っていた。故にそんな女性は例え〝恋愛〟と言う山の稜線で恋愛関係を満喫まんきつしている最中であっても、自己保全をしたたかに考えているゆるい理性に従い、二人がひそやかに下山出来るルートを確保しておこうと躍起やっきになっていた。更に万が一下山のルートを間違え、二人の馴れめがおおやけになり、好奇の目が自分に向けられた時の為に、都合の良い言い訳や身にただよわせる哀愁あいしゅうあるいは開き直る為に必要な処方箋しょほうせんを自尊心に持たせる準備もしていた。

 ぬるい恋愛には心の何処どこかに必ずやましい部分があった。そのやましさは血液の様に体中を駆け巡り、マスメディアが声高こわだかに叫ぶサイトの危険性や、サイトが街中に氾濫はんらんさせている甘い香りを放つイメージ広告、そして身近な同姓から伝え聞く誇張された美しい体験談等、あらゆる情報に反応しようとする好奇心をサポートしていた。そしてそんな女性のやましさは、出会い系サイトで理想の男性と知り合おうとする事の何が悪いんだとする主観が、詰まる所社会の倫理から認知されないのならば刹那せつな悦楽えつらくおぼれてもいいとする、何処どこ焼刃的やきばてきで、その場凌ばしのぎの感をいなめない自虐的じぎゃくてきで独善的な理屈を成立させる準備もしていた。そんな女性の御都合主義的思考の組み立ては、恋愛に限らず、生きて行く上で人と人とのつながりがある以上、人生の何時いつ何処どこかで必ず自分の態度や言動をかえりみる事となる〝自己中心〟を野放しにしている主義や主張に原因があった。

 女性は潜在的に24時間自分を偏愛へんあいしていた。結果必然的に生まれる自己中心主義に、ある意味すら感じていた。そしてそんな女性の何処どこまでもゆるくぬるい理性には、例えば自分の恋愛を〝物語〟として仕上げる事に対する恐縮きょうしゅく概念がいねんなど毛頭無かった。

したたかなのは・・・俺じゃないのかもしんないな・・・)

 涼介は心の中でそうつぶやいた。

 出会い系サイトを泳ぐ女性の中には理想の恋人を探すという可憐かれんな目的を途中で快楽に差し替え、メールに費やした時間の対価を貪欲に求める人も居た。そんな女性は立ち止まって振り返れば見えるはずの正しい行先に褒美ほうびは無いと決め付けていた。そして立ち入った出会い系サイトの中で誰にも言い訳が出来ない、恋愛という言葉を口にする事すら恥ずかしい孤独な場所まで行き着き、そこで快楽をむさぼる事に独自の正当性を見出していた。

 出会い系サイトを泳ぐ女性の欲望には限りがなかった。メールという手軽な飛び道具を使い感動する様な出会いを経験する事も、恋する事で発見出来る従順じゅうじゅんで素直な自分も、そしてその恋に美しく付随ふずいして欲しい魅力的なセックスも、愛される事で感じる優越感や握れる主導権も、そしてその愛にも付随ふずいして欲しい熱く燃えるセックスも、更には裏切りや偽りや割り切りも、それらは何時いつか必ず、しかしその気になれば何時いつでも意のままに体感出来という、女性にはそういう権利が許されていると信じる事にも貪欲だった。

(・・・全部欲しいんだろうな・・・)

 涼介は眠る事を諦めたかの様に洞察どうさつを重ねていた。

〝恋愛〟が持つ性質上バランス感覚は重要だった。しかし自身の値打ちを信じる女性程、出会い系サイトで知り合った男性と初めてデートをした時、譲れない価値観を常に前面に押し出し、しかもその価値観を押し売る事に時間をついやし、その時に男性が見せる所作しょさばかりを気にし、二人の間に流れる空気を硬くしている事が多かった。

 恋をしようとする男性は女性の想像力を凌駕りょうがする程の洞察力どうさつりょくを意外と働かせていた。そして男性は女性をいろどる神秘的で抽象的な部分にかれる生き物だった。故に〝魅力〟と称されるものを努力して身に付け、自分には値打ちがあると自負している女性が振りかざす理想や情熱は、男性の恋愛には余り重要ではなく、むしろ邪魔になっていた。

(・・・恋愛で自分を守っちゃいけないんだよ・・・)

 涼介は自問自答していた。

〝恋〟はどんな形で、どんな状況で始まっても区別も差別も無かった。それ故に〝愛〟は、その人間の本質をさらした。

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