5   判断の手順


     判断の手順




(まゆみの掲示板、少し冷めた感じのいい女を想像させる言葉が並んでたな・・・)

 涼介の回顧と洞察は、10月19日午前3時を過ぎたラブホテルのベッドの中で密度と速度を増していた。


              ▽


   ◆本文◆送信◆クリア◆サイト案内◆


   クールなロマンチスト、嫌い^^?

   プレゼントされるなら

   CHANELのイヤリングより

   プラダPRADAのサンダルの方がいい人

   センス合うかも!


   よろしく!


   ◆プロフィール◆

   ◆30代前半・172cm・60kg・A型・魚座◆


 涼介は出会い系サイトを利用し始めて以来、誠実とは無縁の軽さを全面に押し出した文章を意識してずっと掲示板に載せ続け、日々更新される女性の掲示板からは自分と同じ様な感覚の文章を見つけ出しては申し込みメールを乱打し続けていた。


   ◆本文◆返信◆クリア◆サイト案内◆


   はじめまして。


   私はプラダと、やっぱりヴィトンが好き(^_^)

   それと、クールなロマンチストってどんな人なんだろう。

   メールからヨロシクです(^_^)//


   ◆プロフィール◆

   ◆30代前半・160cm・ヒミツkg・A型・双子座◆


 まゆみから届いた最初のメールは涼介のモチベーションを刺激していた。

 涼介が女性にばらいた何処どこかふざけた様なの軽い申し込みメールへの返信は多かった。しかしそのほとんどが相手に対する要求や自身の持つ〝魅力〟と称される部分の列挙報告れっきょほうこくである事に辟易へきえきしていた。

 まゆみは会話の流れを守り文章の〝間〟をセンス良く使っていた。涼介はそんなまゆみの簡潔なメールに魅力を感じ親近感を抱いていた。

 涼介はまゆみと交すメールでの会話に力が入っている事に気付いていた。涼介にとってその事実は予期していなかった嬉しい誤算だった。そして涼介はその誤算が導く楽観の下、まゆみと何時いつか会っても、二人の間に流れる空気に違和感や嫌悪感、落胆は無いだろうと憶測し、そう思い込み始めていた。


              △


(でも違ったんだよな・・・)

 過剰な自問自答を繰り返している涼介の体の中は、まゆみを肯定したいとする血流と否定したいとする血流がぶつかり合っていた。

(最後のとりでだったんだよ今夜が・・・まゆみとの関係・・・)

 涼介はまゆみと知り合った日から今日までの3ヶ月間を大切に丁寧ていねいに抱え込んでいた。しかし結局はまゆみとの恋愛の進捗しんちょくや進退をセックスに委ね、そしてそのセックスからさかのぼって相性を吟味ぎんみするという物哀ものがなしい判断の手順を何時もの様に実行していた。

 涼介は女性に対する慇懃無礼いんぎんぶれいさを象徴しょうちょうしているかの様な独善的で高慢こうまんな世界観の下、まゆみとの恋愛を主観的論理で紐解ひもとこうとしていた。その行為は自分に忠実でありたいと願う自己陶酔者の特徴でもあった。


              ▽


 二人は接触を重ねる度、お互いが見せ合う自然な素振りに込められているだろう意図を激しく探り合っていた。電話口では心理を読む事に神経を使い、食事では物腰を確認し続け、酒では素性を見抜こうとしていた。

 涼介はまゆみと接触する時間が累積るいせきするにつれ、まゆみの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに対し、言葉にする程重要ではないがり過ごすには奥歯に物が挟まった様な微妙な不快を感じていた。

 まゆみが涼介に放つ恋愛観は女性として譲れないプライドをちらつかせる事から始まっていた。涼介はメールでの会話ではそんな気配すら漂わせていなかったまゆみの言動に、電車の吊り革につかまっている女性のコートを飾るファーの毛先が、座っている自分の鼻先で優雅に揺れている様な、悪気のない分許してしまわざるを得ない鬱陶うっとうしさを感じていた。

 涼介はまゆみの事を捨て切れない香りを持つプレゼントされた趣味の少し違う香水の様だと感じていた。そしてその香水を使う為には、自分がつちかって来たセンスを少なからず無視する必要があると思っていた。

 涼介は何時の頃からか、過去に出会い系サイトで知り合った女性達と同じ様にセックスを最終的な判断材料とすべく、まゆみに対する振る舞い方を変える決断をしていた。しかしまゆみはそんな涼介の思惑を見抜いているかの様に、セックスの持つ意味を涼介に対する言動の端々にちりばめていた。

 まゆみにとってセックスは相手に対するあらゆる要求をストレートに伝える事が解禁される行為であり、結婚という現実に二人が迷わず突き進む事を誓う行為だった。

 涼介はセックスにってまゆみとの間に予期せぬ化学反応が起こり、深く結び付き、まゆみという人格に対する妥協の数が減る事を願っていた。

 涼介が自身の体中に発した、二人の付き合いに結論を出すのはセックスの後でも遅くはないという伝令は、まゆみに対しても機能し始めていた。そしてそんな涼介の明確な目標は、研ぎ澄まされた話術や包容力となってまゆみの心を的確にき付けていた。

 涼介の誠実さと強引さが同居するエスコートや意表を突くアプローチに、まゆみは過去に経験の無い新鮮さやときめきを感じ、心を開いても大丈夫だと確信出来る迄の判断の手順に例外を加えるべきかどうか戸惑っていた。

 まゆみは、涼介が放つ魅力という不可解な快感に心を揺らしていた。

 まゆみは穏やかで滑らかな、そして時折その言動を理解する事に困難な〝涼介〟という概念の圧力に、自身の持つ理想の輪郭や将来に対する思いを上手く伝えられていると錯覚させられていた。そしてそれ以上に〝涼介〟という男性を二度と出会えない紳士だと錯覚させられていた。

 まゆみと涼介が持っている情熱の色は同じだった。しかしその質は混じり合う事のない水と油の様だった。


              △


(・・・・・)

 涼介はベッドの上で上半身を起こした。

「最低だな」

 思わず声を出してしまった涼介は〝はっ〟としてまゆみを見た。

 まゆみは眠っていた。

「ほんと最低だよな・・・」

 涼介はまゆみの穏やかな寝顔を見つめながら、まゆみの耳に届かない微かな声でそう呟いた後、ベッドからそっと抜け出し、ラブホテルに入る前にコンビニエンスストアで買っておいたブラックの缶コーヒーを冷蔵庫から取り出し、冷蔵庫の上でビニール袋に入ったままになっていたセブンスターを抜き出し、ソファーに投げ出されてあったバスタオルを裸の下半身に巻いた。

(・・・・・)

 ブラケットの僅かな明かりを頼りに涼介は煙草に火を付けた。

 センターテーブルの上に置かれたまゆみの腕時計の針は午前3時25分を指そうとしていた。

(・・・・・)

 涼介は煙草をくゆらせながら視線を一度まゆみに向け、ベッドとは違う方向に歩き始めた。

 まゆみは姿勢を変える事無く眠っていた。その姿はセックスを最後の判断材料にしようという陰湿で冷酷な涼介の計算に、まゆみが張っていた予防線が無残にも切り刻まれた事を意味していた。
















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