第50話海が見える露天風呂でした

 小島に辿り着いた俺たちは、島の周囲をぐるりと回る。

 誰もいない砂浜を見つけたのでそこからヘルメスを上げた。

 それにしても海でイルカ、地上では馬に見えるなら、今の状態ではどう見えるのだろうか。

 上半身が馬で下半身とか? そういえばギリシャ神話にそんなのがいた気がするな。

 確かヒッポカムポスだっけ。まぁあまり気にしないことにしよう。


「それにしてもあれだけ水の上を走ったのに、殆ど濡れてないな」


 ヘルメスの車体を撫でるが、全く水気がない。

 これなら錆びたりする心配はなさそうだ。


「へっくちん!」


 クロがくしゃみをする。

 もう日が落ちかけているし、海の上は寒かったからな。

 クロは俺の懐に入ると、ぶるぶると身体を震わせた。


「さささ、寒いにゃあ……」

「このままじゃ風邪を引いちまうな。どこかで風呂とかないかな」


 そう都合よくあるわけがないか……なんて考えながら辺りを見渡していると、あった。

 あまり綺麗とはいえないが、旅館と書かれた看板が隣の砂浜に見える。

 海水浴客の為のものだろうか、あそこなら風呂に入れそうだ。


「とりあえず行ってみるか」


 俺はヘルメスを旅館に向け走らせた。


「こんにちはー」


 中に入ると引き戸はガタガタで、其処彼処に壊れた箇所を修復した跡がある。


「ボロボロにゃ!」

「こらクロ、失礼だろうが」


 クロを小声で窘めていると、奥から女将さんが出てきた。


「あら珍しい、お客さんですか?」

「はい、あとお風呂があれば借りたいのですが……」

「ありがとうございます。お風呂はもちろんございますとも。海の見える露天風呂となっております」


「おお、いいですねぇ。そりゃ楽しみだ」

「当旅館の自慢でございます。お泊まりは使い魔様も含めて一泊銀貨五枚となります」

「銀貨五枚、ずいぶん安いですね」


 海岸前の海の家は金貨二枚だったからな。

 四分の一の値段は驚きである。


「値段相応、ですよ。食事は出ませんし、気の利くサービスもありません。それでもよろしければお部屋へ案内しましょうか」

「是非お願いします」


 外で食べるのも好きだしな。

 俺は女将さんに料金を支払い、部屋へと案内される。

 通された部屋は女将さんの言葉通り値段相応という感じだが、実家のような安心感もある。

 これはこれで落ち着くもんだ。


「だがその前に、まずは風呂だな」


 塩水が乾いてベトベトで気持ちが悪い。


「それがいいのだ」

「賛成にゃ!」


 いつもはふわふわなクロの毛もべっとりしているし、雪だるまも身体の至る所に固まった塩が付いている。

 クロも今日ばかりは大人しく風呂についてきた。

 狭い脱衣所で服を脱ぎ、浴場へと足を踏み入れる。

 もわっとした湯気に当てられながら中に入ると、浴場には一面に岩が敷き詰められており、そこから海も一望できる。

 おおっ、狭いながらも雰囲気が出ているな。


「にゃにゃにゃにゃにゃーっ!」

「こらこら、入るのは身体を洗ってからだぞ」


 湯船に飛び込もうとするクロを捕まえ、洗い場へと向かう。

 桶に湯を汲み、クロの身体を洗い流していく。


「にゃはああああん♪」


 気持ちよさそうに身体をよじらせるクロ。

 こやつめ、いい声で鳴くではないか。

 よしよし、もっとしっかり洗ってやるからな。

 備え付けの海綿スポンジに石鹸を付けてごしごしと洗うと、石鹸の泡でクロの身体はもこもこの真っ白になっていく。


「さて、流すぞ。目を瞑ってろよ」

「んにゃ!」


 そしてシャワーをばーっとかけてやる。

 泡を洗い流すと、しっとりとした綺麗なカラスの濡れ羽色となった。


「よーしいいぞ。きれいになった」

「ありがとにゃ!」


 そう言うとクロはぶるるるるる、と身体を振るい、湯船の中に飛び込んだ。

 おーい、浴場で風呂に飛び込むのはマナーが悪いぞ。

 今はだれもいないけどよ。


「次は雪だるまだな」

「お手柔らかになのだ」


 雪だるまは雪だるまだがただの雪で出来ているわけではない。

 永遠の氷結石という魔石を核として使っているらしく、マグマにでも落とされないと溶けないらしい。

 つまり普段の生活を送る分には問題ないそうだ。

 以前、サウナにも平気な顔して入っていたので風呂も余裕なのである。

 シャワーを当てながら、スポンジでこすっていくと面白いように雪が落ちていく。

 これは新陳代謝らしく、汚れた部分を落としてまた新しく雪を作るので問題ないらしい。


「ああぁぁー、溶けるのだぁー」


 妙な言葉を口走りながら、気持ち良さそうな声を上げる雪だるま。

 問題ない……よな。多分。ちょっと溶けているけど。

 まぁとりあえず綺麗にはなったようだ。


「おーい、早く来るにゃあーっ!」


 クロが湯船で手招きしている。


「よし、終わり! 綺麗になったぜ。それじゃあゆっくり風呂に浸かるとするか」

「ありがとうなのだ」


 見れば溶けかけていた雪だるまの身体は、あっという間に復活していた。

 永遠の氷結石すげぇ。

 ゲームとかでコアを倒さないとすぐに復活する系のボスっていたが、こんな感じなのだろうか。


「ユキタカ、お湯がしょっぱいにゃ!」

「海が近いからかもなぁ」


 母がピリピリする感じがする。

 海水ではなさそうだが、海の水が地下水に染みているのかもしれないな。

 だが何となく効能がありそうだ。


「いいお湯にゃ!」

「気持ちいいのだ」


 押し寄せる波の音を聞きながら俺はリラックスした気持ちで湯を堪能するのだった。

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魔女の遺産を相続しました。~特盛り魔道具で異世界ぶらり旅 謙虚なサークル @kenkyo

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