第21話お饅頭を食べました

「あんたが……ローザ……さん?」


 しわくちゃすぎて気づかなかったが、この人が魔女だったのか。

 歳を取ると男も女も分からなくなるからな。

 特にこのばあさん、作業着なんか着ていたし。


「あぁそうじゃ。私が雪の魔女、ローザじゃよ。あぁ敬語なんて堅っ苦しいのは必要ないよ。ざっくばらんに話そうじゃあないか。ひっひっ」


 ローザは口を大きく広げ、可笑しそうに笑う。

 マーリンと同じく、初対面からタメ口を指定してきた。

 魔女ってみんなこんな感じなのか?


「あーーーっ! あんたはローザばあさんにゃーーーっ!」


 クロもぴょんと跳び上がる。

 いや、お前は気づいとけよ。


「……ん? あんたはもしやマーリンとこのクロかい?」

「にゃ、久しぶりにゃ!」

「そうだねぇ、十年ぶりくらいかねぇ。……しかしどういうことじゃ? あんたがマーリンと一緒じゃあないなんてさ」


 不思議そうに首を傾げるローザに、俺は一瞬口ごもる。


「実は――」


 ――そして、言葉を続けた。

 俺が異世界から来た人間でマーリンの世話になっていた事。

 それからしばらくしてマーリンは死に、俺に遺産として魔道具を残した事。

 クロと契約し、旅をしているという事……

 俺の言葉をローザは、時折息を呑みながら聞いていた。


「……なるほどねぇ。マーリンも大分歳いってたから、いつ逝っても仕方ないとは思っとったが……結局私より先に逝きよったんじゃねぇ」


 ローザは遠い目をして、呟く。

 その横顔はどこか物悲しさを感じさせられた。


「……えぇとそれで、ユキタカだったかい? あんたがマーリンの後継者というわけじゃね」

「は? いやいや、俺はただちょっと世話しただけだから」

「じゃが魔道具を引き継いでいる。クロもじゃ。という事はマーリンが認めた後継者だということじゃ」


 うんうんと頷くローザだが、そんな話は初耳である。

 参ったな……全くそんなつもりはなかったんだが。

 困惑する俺を見て、ローザはにやりと笑う。


「なぁに、後継者と言っても堅苦しく考えることは別にないさ。アンタは今まで通り好きに旅をすればいいんじゃ。魔女だからって何かをしてるわけじゃない。好き勝手生きればいいのさ。私みたいにねぇ」


 ぱちん、とウインクをするローザ。

 そういえばこの人は全く関係ない人間を装い、自分の城を見世物にして人々の反応を窺ってたんだっけ。


「まんまと引っかかったじゃろう。まさか管理人が魔女だとは思わんかったか? ん?」

「……あぁ、まんまと騙されたよ。でもなんでこんなことを?」

「本物の魔女が見ているのに気づかず、愚行を犯す者たちを見るのが楽しいのじゃよ。人は人の目が合って初めて人たるもの。誰も見ていない状況ではその者の本来の性格が浮き彫りになるもんじゃ。私はそういうのを見るのが好きなのじゃよ。……あぁ別に悪さをしたからと言って、別に罰を与えたりはしとらんよ。ただ、それを見ているだけでいいのじゃ。それがいいのじゃ」


 要は色々と人を試すような真似をして、それをこっそり眺めるのが趣味って事か。


「性格悪っ」

「すまないねぇ。ひっひっ」


 ローザは俺の嫌味に、悪戯っぽい笑いを返してきた。


「お詫びの印ってわけじゃないが、お人好しのあんたにはいいものをあげるよ……ほら」


 ローザがどこからか取り出してきたのは、俺が食べ損ねた氷饅頭だ。

 おおっ、すごく美味しそうだったから、是非食べたかったんだよな。


「いただきまー……」


 俺はありがたく受け取ると、大きく口を開けた。


「おっと待ちな、それは氷饅頭の本当の食べ方ではない。こいつをかけて食べるんじゃよ」


 そう言って取り出したのは、何かの粉末だ。

 ローザが振りかけた白い粉は氷饅頭にからみ、まるで雪がかかったようだった。

 これは綺麗だ。


「では改めて……」


 ぱくっと一口にて頂く。

 ちょっと大きめだったので、もごもごと口を動かし少しずつ飲み込んでいく。

 ――甘い、だけではなく、美味い。

 振りかけたのは、細かく砕いた塩だ。

 そして饅頭の中に入っていた結晶は砂糖。

 このままだと甘すぎなのだろうが、振りかけられた塩がアクセントになっており、とても美味しい。

 この手法はあれだな。

 スイカに塩をかけたり、アイスクリームに塩をかけたりして、甘さを際立たせるようなものだ。


「へぇ、これは美味しいな!」

「ひっひっ、そうじゃろそうじゃろ。こいつは私の自信作でね。普通に食べさせるのはもったいないと思って、こんなことをしていたのじゃ。客を寄せては饅頭を振舞い、テストに合格した者のみが真の氷饅頭を食べられる……まぁ結局食べれたのはあんたが初めてなんじゃがね」

「……本当にひねくれたばあさんだな」

「自分でもそう思うよ」


 ひっひっと笑うローザに、俺は苦笑を返した。


「……ボクも食べたいにゃ」

「あぁいいよ。ほれおあがり、クロ」

「にゃっ! ……はむはむ……ごくん。美味しいにゃ!」


 氷饅頭を食べるや、クロは満面の笑みを浮かべた。

 ぺろぺろと口の周りに付いた塩を舐めながら、ぽつりと呟く。


「でも、ユキタカの作ったお菓子の方が美味しいにゃん」

「……なんだって?」


 クロの言葉にローザの片眉がぴくんと跳ねあがる。

 あ、このバカ……そういう事言うかねこいつは。

 クロの無神経さに頭を抱える。


「ユキタカ、あんたもお菓子を作ったりするのかい?」

「えーと……はぁ……」

「そりゃいい。よかったら異世界のお菓子を私にも作っておくれよ。ぜひ興味がある」

「……わかりました」


 ごちそうになった手前、頼まれては嫌とは言えないか。


「道具は小屋にある。さ、来るんじゃ」


 俺はため息を吐くと、ローザにいざなわれ小屋へ行くのだった。

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