第20話魔女と出会いました

「はぁ……はぁ……ぜぇ……」


 よ、ようやく登り切ったぜ……この長い階段をよ。

 三百段くらいはあったな。マジで死ぬかと思った。

 一人ならまだしも爺さんを背負っていたからな。


「おつかれにゃ」


 先に到着していたクロが俺を労う。


「ほんにありがとうですじゃ」

「……気にしないでくれ。やりたくてやったことだ」


 あのまま爺さんを見捨てて自分だけ上がる、なんてことはちょっと出来ないんでな。

 まぁでも礼を言われるのは悪い気はしない。

 爺さんを降ろし、通路を奥へ向かう。

 他の客らはすでに扉の奥へ入っていた。

 大扉を開け中に入ると、これまた大きな広場が俺たちを迎える。

 正面には若々しい姿の魔女、ローザがいた。

 その周りには雪だるま、そして部屋の至る所に雪ウサギや雪キツネたちがいる。


「ここが魔女の間、魔女が使い魔たちと日々過ごしている間ですじゃ。使い魔たちはデリケートなので、お手を触れないようにお願いしますじゃ」


 ……言うまでもなく、先んじていた客たちは使い魔たちに触っていた。

 雪ウサギを抱きかかえたり、雪キツネの尻尾をモフモフしたり、やりたい放題である。

 あんな可愛らしいのを見たら触りたくなるのもわからなくもない。

 ローザも無言でこちらを見るのみで、何も言わないみたいだし。


「さぁ客人、せっかくここまで来たのじゃ。十分楽しんでいくとよいのじゃ」

「……って言われてもな」


 使い魔は触るなって言われてるし、普通に見て回るしかないか。

 それでも大広間は中々面白いもので、使い魔たちは見ているだけでも結構楽しい。

 雪ウサギはぴょんぴょん飛び跳ね、時々鼻をひくひくさせている。

 雪キツネはクッションの上で眠ったり、互いにじゃれ合っていた。


「そろそろローザさんに話しかけてみるか」


 とりあえず折角ここまで来たのだし、マーリンについて話をしてみよう。

 俺はローザに近づいた。


 近くで見ると本当に美人だ。

 切れ長の目に長い睫毛、すらりと伸びた手足。

 白と黒のローブがそれをより鮮やかに見せている。

 おっと、見とれてる場合じゃないな。


「えーと、ローザさん? 俺はマーリンの知り合いなのですが、ちょっと話をしたいんですけど……」

「……」


 しかし、無視されてしまった。

 あれ、聞こえているよな?


「もしもーし、ローザさーん」


 見て回っていると、雪ウサギが一匹俺の足元に寄ってくる。


「お客人、ようこそだぴょん」


 ウサギの語尾ってぴょんでいいのか?

 そんな言葉が頭をよぎった。

 クロもそうだが、魔女って結構こういうとこ雑だよな。


「ローザさまに話しかけても、返答は出来ないぴょんに。お疲れぴょん」


 言われてみれば、ローザはどこか疲れて見えた。

 疲れたというか生気を感じないというか、まるで人形のような印象を受ける。

 もしかして何度注意してもルールを守らないので、もはや注意する気も起きないのかもしれない。

 とはいえ無視はちょっと困るので、再度話しかけてみる。


「ローザさん、俺はあなたの友人のマーリンの関係者です。こいつは使い魔のクロ……なんですけど……」


 より詳細な内容にて話しかけてみるが、やはり無反応。

 うーむ、聞こえていないのだろうか。

 というか音声を遮断しているのかもしれないしな。

 あまりしつこくしない方がいいだろう。

 メモ書きだけ残しておくか。

 俺は紙を取り出し、さらさらとマーリンについて書き記すと近くにいたウサギに渡した。


「じゃあこれ、ローザさんに渡しておいてくれるか?」

「わかったぴょん!」


 ウサギはそれを受け取ると、ぴょんぴょん跳ねて行った。

 俺に関してはともかく、使い魔を無視はしないだろう。


「えー、それでは見学の時間を終了しますじゃ。皆さま帰りますですじゃ」


 爺さんの言葉で、全員が帰り始める。

 ローザは結局最後まで俺の方を一瞥もせず、虚空を見つめていた。


「ふぃー……疲れた……」


 ぜぇはぁと息を荒らげる。

 当然帰りも俺が爺さんを背負って帰った。

 今までどうやって案内してたんだ、この爺さんはよ。


「皆さま、お楽しみいただけましたじゃろうか? ぜひまたお越し下さいですじゃ。これはお土産の氷饅頭ですじゃ」


 爺さんは小屋から持って来た饅頭を客たちに一つずつ配っていく。

 おっ、結構美味そうだ。

 見た目は水饅頭みたいだな。

 食べた者たちは皆、美味そうに目を丸くしていた。

 一人に一つずつ氷饅頭が行き渡り、最後に俺の番が来た。


「へぇー、これが氷饅頭ねぇ」


 透明な皮の中に、よく見ればツブツブの結晶が浮いている。

 金平糖のようなものである。

 これを氷に見立てているのか。

 食感はどんな感じかな。

 早速一口……と、口を開けようとした時である。

 足元で子供がじっと、俺を見上げていた。


「……なんだよ」


 俺の問いに答えず、子供は俺を見上げたままだ。

 口元からはヨダレが垂れている。

 その視線は俺の手にした氷饅頭に注がれていた。


「ちょっとあんた、何をやっているの!」


 それを見つけた母親らしき人物が駆け寄ってくる。


「ママ、僕あれ食べたい……」

「何言ってるの! あれはあの人のものでしょう!?」

「だって僕のは落としちゃったんだもん」

「わがまま言っちゃいけません! 落としたあなたが悪いんですからね!」


 どうやらあの子供、自分の分を落として食べ損なったようである。

 子供は訴えるような目で俺を見ている。

 ……やれやれだな。


「ほら坊主、食べるか?」


 俺はため息を吐くと、氷饅頭を子供に差し出した。


「いいのっ!?」

「あぁ、構わないよ」


 子供は氷饅頭を受け取ると、満面の笑みでかぶりついた。

 いい顔で食べてくれるぜ、全く。


「美味しいっ! ありがとうお兄ちゃん!」

「おう、もうこぼしたりするんじゃあないぞ」

「うんっ!」

「まぁまぁ、本当に親切な方! どうもありがとうございました」


 親子は何度も頭を下げながら去って行った。

 氷饅頭は残念だったが、またどこかで手に入るだろう。

 ていうかあの爺さんに売って貰えばいいか。

 ……あれ? あの爺さんはどこに行ったんだ?


 気づけば先ほどまでいたはずの爺さんがいなくなっている。

 一体どこに……? キョロキョロと辺りを見渡していると、足元で気配を感じた。


「お前さんはほんにお人好しじゃのう」


 と、声をかけてきたのは爺さんだった。

 うおっ、びっくりしたぜ。

 いきなり声をかけてきたら心臓に悪いじゃないか。


「誰が見ているわけでものに積み重ねた善行の数々、私は見ておったぞ。うむ、最近の若者もなかなか捨てたものではないわ」


 爺さんは嬉しそうに、うんうんと頷いている。

 ……もしかして、今まで乗って全部この爺さんが仕組んでいたのか?

 ボケたふりをして色々小細工をして、客を試していたってのか?


「オイオイ爺さん、趣味が悪いぜ……」

「爺さん? はて誰の事じゃろうかの?」

「何とぼけてるんだよ。そんなのアンタしか――」


 言いかけた俺の声を遮ったのは、一匹のウサギである。


「――こんなところにいたぴょん、ローザさま」


 俺が手紙を渡したウサギだった。

 そしてローザと言ったかこのウサギ。

 ということはこいつは爺さんじゃなく、ばあさん……!?


「如何にも、私の名はローザ。雪の魔女ローザじゃよ」


 しわくちゃのばあさんは、そう言ってひっひっと笑った。

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