第19話氷の城を修繕しました
氷の城へ入ると、巨大な門に出迎えられた。
これまた氷で出来ており、シンプルではあるがその大きさに圧倒される。
「これは氷極の門ですじゃ。この氷の城は開拓時代、魔物から町の人々を守る為に雪の魔女、ローザが魔法にて作り上げたとされており、この門に立ちはだかり魔物を退治したと言われておりますじゃ」
爺さんの説明を聞きながら、門を見上げる。
刺々しい門からは、どこか怪しい雰囲気を感じられた。
巨大なモニュメントに魔力を込めて結界とする魔法があるらしいが、それがこれか。
「はぇー、すごいにゃあ」
「ってクロは見た事あるんじゃないのか? ここにも来たことあるんだろ?」
「すっかり忘れたにゃ!」
あっけらかんとした顔で答えるクロ。
新鮮な気持ちで楽しめて、羨ましい事である。
「ん、なんだありゃ」
見れば門の柱の部分に、キラキラ輝くものが見える。
近づいてみると門の柱には亀裂が出来ており、硬貨がぎっしり詰められてた。
他の客の何人かも、時折硬貨を詰めては何か祈っている。
「……あの、なにやってるんですか?」
硬貨を入れてた女性に問う。
「あぁ、この門に硬貨を挟むと、ご利益があるらしいんですよ」
「でも、硬貨を挟まないでくださいと書いてますよ?」
柱にはそう張り紙がしてあった。
俺の指摘に、女性はむっとした顔になる。
「だってあのお爺さんも注意しないじゃないですか。ということはいいってことですよ。なんか文句、あります?」
「……いえ、別に」
「ほっといてください!」
ぷい、とそっぽを向くと、女性は早歩きで先に進んだ。
連れの男に何やら話している。
……俺の事だろうな。こっち見てるし。
いらない事言っちゃったぜ。
「まぁ皆がやってるから、自分もって思ったんだろうな」
人間の集団心理というやつである。
ゴミを捨てるなという張り紙をしても、皆が捨てていたら自分もつい捨ててしまうものだ。
だから綺麗にしてやれば、こうして硬貨を埋め込む者もいなくなるだろう。
俺は鞄を探り、一本の小瓶を取り出す。
これは修繕薬という魔道具で、塗り付けることであらゆるものの傷を癒す効果を持っている。
基本は人間用だが物質に対しても有効だ。
門に塗り付けると、瞬く間に傷が治っていく。
ジャララララ、と傷が塞がった事で居場所を失った硬貨が弾き出された。
「ふぅ、これでいいか」
「ほんとユキタカはお人好しにゃ。ほっとけばいいにゃあ」
「ばあさんの知り合いの城なら無下には出来ないだろ」
しかし何で門に硬貨を埋め込むかね。わからん。
修繕を終えた俺は、皆に遅れぬよう小走りでついて行くのだった。
「えー、こちらは冷羅の間ですじゃ。魔物を退けた魔女を称え、毎年宴が開かれておりますじゃ。ここでのダンスパーティーは圧巻ですので、一度は見ておく事をお勧めしますじゃ」
追いついた時には、爺さんの開設はもう始まっていた。
ツララのシャンデリアが天井に吊るされた大広間は、中世の城のような作りになっている。
客たちに混じり広間を見て回っていると、何やら一箇所に集まっている。
「何してるんですか?」
「あぁ、ここへ来た記念にちょっとね」
客たちは氷の壁に、石ころやコインで何やら刻んでいる。
幸せになりますように、とか素敵な男性に出会えますように、とか、そんな文がずらっと並んでいた。
「ここに願い事を書くと願いが叶うって有名なのよ。あなたも書いてみる?」
「いえ……俺はやめておきます」
だって落書きはしないでくださいって注意書きされてるし。
俺が視線を泳がせていると、女性は注意書きを見てあぁと苦笑した。
「これは願い事だからいいのよ。落書きじゃあないわ」
いや、その理屈はおかしい。
しかしそれを指摘するとまた怒りそうだし、ここはスルーしておこう。
絡まれても面倒だしな。
「……俺は特に願い事はないので結構です」
「あら、変わってるわね」
女性はため息を吐くと、俺を置いて先へ行った。
変わってる……のかなぁ。
とにかくこれも修繕しておくか。
俺は全員が行ったのを見計らい、修繕薬をかけた。
遠目から見ると美しかった氷の城だが、近くで見ると落書きや損傷が激しい。
張り紙には触らないように、とか傷つけないように、とか書いてはいるがすでに誰かがやった後だと罪悪感もないのか皆それを守ろうとしていない。
むしろそれをする事でハッピーになれるとか言い出す始末だ。
自分を正当化する為の理由付けなんだろうな。
あの爺さんも注意すればいいのに、どう見てもボケてるからなぁ。
城には魔女がいるらしいが、怒らないのかね。
「この長い階段を登った所にいるのが、魔女ローザですじゃ。階段は急になってて危ないから、気をつけて登ってくださいじゃ」
そう言って爺さんは一歩一歩、ゆっくりと歩を進めて行く。
おいおい、あんたが一番危なっかしいぞ。
それを横目に客たちはスイスイと登っていく。
誰も手を貸そうとはしないようである。
……はぁ、仕方ないな。
俺はため息を吐くと、爺さんの前にしゃがみ込んだ。
「俺の背中に乗りなよ。階段、しんどいだろ?」
「おお、なんとお優しい方ですじゃ。ありがとうございますじゃ」
「いいから、早くしないと皆行っちまうぜ」
俺は半ば無理やりに爺さんを背負いあげると、一歩踏み出す。
うっ、意外と重い……格好つけたのを一瞬後悔した。
「ユキタカ、頑張るにゃ! ファイトにゃ!」
「……おう」
それでも今更泣き言は言えない。
俺は爺さんを背負ったまま、階段を登っていくのだった。
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