第8話宿選びは大事です

「随分時間がかかったにゃあ」


 大あくびしながらクロが迎える。


「悪い悪い、話し合いが長引いちゃってさ。ヘルメスを狙う輩はいなかったか?」

「んにゃ、よからぬ事を考えてる奴はいなかったにゃん」


 俺の問いにクロは首を振って答えた。

 よかった。悪人はいなかったんだ。

 治安がいいんだろうな。


「なんでもいいけど早く宿に行こうにゃ。寒いしお腹減ったにゃあ」

「お、そうだな」


 あの店主についでに宿のある場所を聞いておいたのだ。

 ここから北にまっすぐ、川沿いに進んだところに宿屋街があるらしい。

 そこでいい感じの場所を見繕い、泊まるとしよう。


「んじゃ、行ってみよう」

「にゃあ」


 ヘルメスに跨り、道を走り行く。

 子供や老人がいきなり飛び出してきてもいいよう、ゆっくりとだ。

 安全第一、一応ゴールド免許持ちだ。ペーパーじゃないぜ。

 しばらく進んでいると、大きな建物が幾つも見え始める。

 ここが宿屋街か。どうやら温泉があるらしく、そこかしこから湯気が上がっている。


「にゃっ! なんか臭いにゃ!?」

「硫黄臭ってやつだな」


 天然温泉では馴染みの卵の腐ったようなニオイ、というやつである。

 正確には硫黄は無臭で、これは硫化水素のニオイらしい。

 でも通じにくいから、皆あえて硫黄臭って言ってるんだけどな。

 ヘルメスの速度を落とし、宿を一軒一軒眺めていく。


「ユキタカ、何してるにゃ? 早く入らないのかにゃ?」

「いい宿を探してるんだよ。出来るだけいいところに泊まりたいからな」


 旅行での宿選びは重要だ。

 何せ旅行中の半分はここで過ごすことになるんだからな。

 宿選びのコツは温泉などの公共施設が充実してて、食事も美味い所だ。

 部屋に関してはどこで寝ようとそんなに大差はないので、そこまで気にしなくてもいい。

 うーん、どこがいいかなー。

 こういうのって選ぶのも楽しいんだよなー。


「……ユキタカ、寒くなってきたにゃ」

「おっとすまんすまん。まぁでも、もう決めたぜ」


 一通り見て回った俺が選んだのは……ここだ。

 旅館、川辺壮。

 他の旅館がレンガ造りや石造りなのに対し、ここは木造で何となく和風な雰囲気だった。


 建物から立ち上る湯気が他よりも多かったことから、大浴場が広いと推測できる。

 やはり広い風呂は正義だよな。


 極めつけは入口にあった晩飯のお品書き。

 季節の魚の塩焼き、である。

 何となく今日は魚が食べたい気分だったからな。

 俺は胃袋に正直なのだ。


「こんにちは」


 ガラガラと引き戸を開け中に入る。

 中は随分あったかい。

 カウンターの向こうに美人の女将さんがおり、俺に気づいてパタパタと駆けてくる。


「いらっしゃいませ」


 年齢は四十半ばくらいだろうか、黒髪には少しだけ白毛が混じり、美人だが少し顔にシワがある。

 割烹着のような仕事着が可愛らしい。


「泊まりたいのですが、部屋は空いていますか? こいつも一緒なんですが」

「にゃ、一緒にゃ」


 抱き上げたクロを女将に見せると、その顔が緩んだ。


「あら、可愛らしい猫ちゃんですね。お客様の使い魔ですか?」

「はい。あまり驚かれないようですが、珍しくはないのですか?」

「そういうわけではありませんが、冒険者やそれに準ずる方々、魔女やそのお弟子さんなど、使い魔を連れていらっしゃる方は時々います。獅子や竜を連れてくる肩に比べれば、この子は可愛いものですよ」


 なるほど、そうなのか。

 じゃあ道でクロと喋っていても、頭のおかしい人とは思われないんだな。


「猫ちゃんと一緒で朝、夕食を付けて一泊金貨一枚です。いかがなされますか?」


 今換金してきたばかりだし、金貨一枚くらいどうという事はないだろう。


「ではお世話になります」


 そう言って金貨を差し出した。

 女将はそれを受け取ると、深くお辞儀をする。


「ところで馬はどこへ置けばいいですか?」

「裏に馬舎があります。連れて行きましょうか?」

「いえ、こいつは俺の言う事しか聞かないので……」


 というか俺が引っ張っていかないと動かないしな。


「ふふっ、では案内しましょう」


 女将に案内され、馬舎の一角にヘルメスを停めさせてもらった。

 他の馬に蹴られるんじゃないぞ。


「さ、それでは改めてどうぞ中へ、部屋へ案内いたします」

「よろしくお願いします」


 室内の雰囲気もいいし、接客も丁寧でいい感じだ。

 当たりだな。

 俺は女将に案内されるがまま、ついていく。


「中は暑いでしょう? 上着をお持ちしますよ」

「ありがとうございます」


 中はかなり暖かいので、じんわり汗が出てきたところだ。

 木造だから隙間風とかで寒いかと思ったが、そんな事はないな。


「結構中と外で温度差がありますね」

「家の外壁に空洞があって、そこから暖かい空気を通しているんですよ。おかげで室内はとても暖かいのです」


 そういえば寒い地域では、建物内に空洞を開けてそのに暖気を通すと聞いた事がある。

 この辺りでもそれを採用してるんだろうな。

 雰囲気のある木製廊下を歩いていくと、部屋の前で女将が戸を引いてくれた。


「どうぞ」

「おぉ、雰囲気あるなぁ」


 中は木彫りの熊や大木を削った立派な柱、テーブルに座椅子が置かれてあった


「にゃっ!」


 クロが俺の腕から飛び降りると、柱の上に駆け上り、窪みに埋まった。

 おいおい、キャットタワーじゃないんだぞ。


「ふふ、ではごゆっくり。外は寒かったでしょう? 温泉にでも入ってきてください。カウンターを真っ直ぐ行った突き当たりに大浴場がございますので。その間に夕食を用意しますが何か食べられないものなどはありますか?」

「いえ、俺もクロも特に好き嫌いはありません。人間用二つお願いします」

「かしこまりました。ではお二人分、お待ちいたします」


 女将は丁寧に頭を下げると、扉から出て行った。


「てことだ。クロ、風呂に行くか」

「……ボクは後でいいにゃ」


 クロを誘うが、顔を背けたまま拒否してきた。

 こいつ、風呂に入るのが嫌いなんだよな。

 だが、汚いまま旅館をウロつかせるわけにはいかないからな。

 俺は背後から忍び寄ると、ひょいっと抱き上げた。


「にゃっ!? 何するにゃ!?」

「いいから行くぞ」

「にゃーーーっ!」


 バタバタ暴れるクロを押さえ、俺は風呂に向かうのだった。

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