第7話換金に来ました
トンネルを抜けるとそこは雪国だった。
……いや、さっきまでも十分雪国だったけど、建物があるとより雪国感がある。
雪が自然に落ちるよう屋根には角度が付いており、時折どさどさと雪が落ちてきている。
交通手段は殆ど徒歩で、犬や馬、トナカイに引かせている人もいる。
ヘルメスを気にしている人はいないようだ。迷彩はちゃんと効いているようだな。
「ここが雪国ラティエか」
道行く人々は先刻の衛兵と同じように全身毛皮の衣服を着ており、まるで着ぐるみみたいだ。
あのちびっ子の毛皮の帽子、うさ耳が付いてて可愛いな。
あっちは熊の耳、こっちはキツネ耳……子供たちの格好は見ていてほっこりする。
辺りは少し暗くなっており、街灯にはぽつぽつと灯がともされている。
とても幻想的な光景だ。
「綺麗だにゃー」
「あぁ、でも見惚れてる場合じゃないぞ。雪国は日が沈むのが早い。早く宿を探さないとな」
「にゃ、暖かい部屋でゆっくりしたいにゃん」
「でだ、宿に泊まるには金が要る。今俺は現金を持ってないからマーリンから貰った金銀を換金したいんだが……そういう場所に心当たりはあるか?」
「んにゃん?」
俺の言葉の意味が理解出来なかったのか、クロはきょとんと首を傾げた。
うん、猫相手に聞こうとした俺が悪かったぜ。大人しく自分で探そう。
「多分、この手の施設は町の入り口付近にあるはずだ」
この世界の貨幣がどうなっているかは知らないが、町に入った旅人はまずはそこで使える金を手にする必要がある。
利便性を考えればこの辺りにある可能性が高い。
衛兵の詰所もあるし、大通りも近いので、安全面でもいい場所だ。
キョロキョロと辺りを見渡していると、コインや貴金属のイラストが描かれた看板が立てかけられていた。
――換金所、飛び入り歓迎とも書かれている。どうやらビンゴだったようである。
俺はその近くにヘルメスを停め、カギをかけた。
そして複座のクロに声をかける。
「クロはここで待っててくれな。悪さしようとしてる奴がいたら遠慮なくぶっ飛ばしていいからよ」
「にゃ!」
クロに見張らせておけば盗まれる心配はないだろう。
安心したところで俺は換金所の中に入る。
「いらっしゃいませ」
「宝石類の換金をしたいんですが」
「えぇ、もちろんですとも。ささ、奥へどうぞ」
店主に通された先は、見るからに厳重そうな小さな部屋である。
壁の奥からは人の気配がする。
中には警備の人がいるんだろうな。
昔、友人の付き添いで行ったパチンコの換金所を思い出すぜ。
「では、こちらに」
「はい。確認して下さい」
鞄から取り出したのは小さな黄金の塊だ。
野球のボールくらいの大きさで、中に入っていたものの中では一番小さい。
店主は黄金を受け取ると、取り出したルーペでいろんな角度からじっくり見る。
「ほほう、黄金ですか。かなりの大きさですね。……これなら金貨五十枚出せますが」
貨幣価値はマーリンからなんとなく聞いているが、金貨五十枚と言えば二、三ヶ月は普通に暮らせる額だ。
これが高いか安いかもよくわからんな。
「――安すぎますね」
だが、値切る。
何故なら外国では旅行客に物を売る時、かなりふっかけるらしい。
だからそのまま買うと大損する……と、俺の好きな漫画で読んだ。
そのやり取りが面白くて、外国に行ったら一度はやってみたかったんだよな。
俺はずい、とテーブルに乗っかり、言葉を続ける。
取引相手に弱気は禁物だ。ガンガン行こうぜ、だ。
「これだけの純度の黄金なら六十枚はいけるでしょう」
純度の低い混ざり物の金は、本来の物より軽くなる。
手で持った感覚からいってこいつは殆ど混ざり物のない純金だ。
昔、仕事でそういったものを扱っていた事があるからわかるのだ。
俺の言葉に店主は難しい顔をしている。
「ふむぅ、しかし最近は金の相場が下がっていますのでどこもこんなものですよ」
「そうですか。だったら他に行くだけです」
「ま、待ってください! では五十五枚でどうです!?」
立ち去ろうとすると、店主が慌てて止めてきた。
俺は振り返り、答える。
「六十枚」
「五十六枚、これでどうでしょう」
「じゃあ六十一枚」
「なんで増えるんですかっ!? 冷やかしならもう帰って下さいよ!」
「うーん、なら五十九枚でどうですか?」
「五十七!」
「五十九」
「五十七と銀貨五十枚! これ以上は無理ですよ!」
「五十八、こっちもこれ以上は無理ですね」
「ぐ、ぐぐぐぐ……!」
粘る俺に、店主は顔を真っ赤にしている。
相手がもう帰ってくれと言ってからが本当の交渉だ。
……と漫画で描いてあった。
「わ、わかりました……では五十八枚で」
ようやく諦めたのか、店主はがっくりと膝を突いた。
うん、思ったより値切れたな。
帰ろうとして、ふと思い立つ。
おっとそうだ、ついでにアレも買い取ってもらおう。
「ちょっと待ってて下さい」
「はぁ……」
呆気にとられる店主を置いて、店内に戻ると誰もいないのを確認し、鞄からグレイウルフの骨と毛皮を取り出した。
鞄の方を売ってくれとか言われたら面倒だしな。
それを持って元いた場所に戻る。
「これも買い取ってくれますか?」
「……むむ、これはグレイウルフのものですね。中々状態もいい。二つ合わせて金貨二枚でどうです?」
「三枚」
「あぁもう! わかりましたよ! それでいいです! 全く!」
いいかげんうんざりしたのか、店主は大声を上げた。
ちょっと悪い事をしたかなと思いつつも、中々楽しかったな。
俺は満面の笑みを浮かべると、店主に右手を差し出した。
「ありがとうございます」
「もう二度と来ないでくださいっ!」
俺は店主と握手をし、代金を受け取るのだった。
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