第9話温泉でハッスルしました

 嫌がるクロを抱きかかえ、大浴場へと辿り着く。

 脱衣所で服を脱いで裸になり、タオルを持っていざ中へ。

 曇りガラスの扉を開けると、もわんと湯気が視界を覆った。

 一歩進むごとに視界がクリアになり、石畳の床の奥に湯船が見えてくる。

 大小様々な石で囲われた湯船、平たい岩を敷き詰めた床、外壁は高い木の壁。


「おー、いい感じの露店風呂だなぁ」


 しかも貸切りである。

 俺はスーパー銭湯によく行ってたが、そこの露天風呂と似た感じだ。

 湯から離れたところに軽く積もっている雪が風情を醸し出している。

 俺は早速湯船に……ではなく洗い場へと向かう。

 蛇口を捻り、シャワーの水を出してクロを押さえつけた。


「にゃー! やめるにゃー! 人でなしー!」

「ちょ、暴れんな。大人しくしてろって」

「にゃー! ぎゃー! にゃー!」


 全く嫌がりすぎだろうよ。

 俺はクロを抱きかかえたまま、シャワーを浴びせた。

 最初はじたばた暴れていたクロだったが、次第に大人しくなりされるがままになっていく。

 水をかけるとふさふさだったクロの毛がしっとりとなり、二回りは細くなっていた。


「もう、好きにするといいにゃあ……」

「観念したか?」

「にゃ。だからユキタカ、ちゃんと綺麗にするにゃん」

「あいよ」


 目を瞑り、すっかり大人しくなったクロを俺は丁寧に洗っていく。

 石鹸を泡立たせ、毛を束にして手ですいていく。

 最初は緊張気味なクロだったが、終わる頃にはどこか心地よさそうにしていた。


「ほい、終わったぞ」

「……んにゃ、もう終わりかにゃ?」

「あぁ、ちょっと待ってろ」


 俺はクロの頭を撫でると、さっさと身体を洗ってしまう。

 クロを洗っている間にすっかり身体が冷めちまったからな。

 うー、早く温まりたいぜ。

 身体を震わせながら速足で湯船に辿り着いた俺は、桶でざばっと湯をかぶる。

 ふぅ、丁度いい温度だぜ。

 地味にかけ湯って好きなんだよな。

 マナーだってのももあるが、湯船への期待感がぐーんと上がる。

 それを二、三回、クロにもかけ湯をして湯船の中に入った。

 真ん中あたりまでざぶざぶと歩き、一気に沈む。


「くぅー、生き返るー」

「ふにゃあああ……」


 やっぱり温泉ってのは最高だな。

 クロも蕩けた顔で放心している。

 こいつ、水は苦手だけど、そのくせ風呂は好きなんだよな。


「でも、これはないよなぁ」


 ぼやきながら真上を見上げると、ごっつい屋根が付いている。

 他の外観とは似合わぬ無骨な屋根だ。

 雪対策だろうか、雪を見ながら風呂に入るのが最高なんだがなぁ。そこはちょっと残念だ。


「ま、雪見風呂ならここからでも……」


 屋根の外へと視線を向けると、雪が舞っているのが見える。

 いや、さっきとなんか違うぞ。

 チラチラと舞い落ちていた雪の勢いは、気づけばかなり増していた。

 びゅうびゅうと風が吹き、大粒の雪が降り注いでいる。


「げっ、吹雪いてないか?」

「夜にどかっと降ってるんじゃないかと言ってたにゃあ」


 そうだった、自分で言った事だった。

 まさに今、夜になりどかっと降ってるところなのだろう。

 ボタボタと重い音がうるさいほどに響いている。


「ていうか雪玉でっかいな」


 落ちてくる雪は昼間にチラチラ舞っていたものとは比べものにならない程の大きさだった。

 ソフトボールくらいあるだろうか。

 こりゃまともに受けたら痛いだろうな。

 この屋根はその対策なのだろう。

 こんな大雪をもろに受けたら、温泉が冷たくなってしまうだろうし。

 轟々と吹き荒ぶ吹雪で、あっという間に雪が積もり始める。


「すげぇな吹雪。少し先はもう見えないぜ」


 山で吹雪に遭遇すると、高確率で遭難するらしいがこりゃ確かにだ。

 足場も悪いだろうし、こんな中を歩くのは大変だろう。


「……ていうか流石にのぼせてきたな」

「にゃん」


 雪が止んだら中に入ろうと思ったが、止む気配はない。

 クロもそうなのか、俺の頭の上に避難した。

 重いぞ、こら。

 どうしたものかと考えながら屋根の外を眺めていると、気づけば雪はかなり降り積もっている。

 ……これ、もしかしてアレをやるチャンスなんじゃね?

 俺は立ち上がると、湯船から出て降り積もった雪へと向かう。


「どうしたにゃ? ユキタカ」

「……ていっ」


 俺はそう呟くと、おもむろに雪の中へとダイブした。

 包み込まれるような感触だ。

 全身が冷やされて気持ちいい。


「ぷはっ!」


 立ち上がると、雪の上に人型が出来ていた。

 念願の雪中ダイブが叶ったぜ。

 結構楽しかったな。念の為もう一回やっとくか。

 俺は先刻自分が埋まった雪の隣に、再度ダイブした。

 今度は大の字でポーズを取って埋まってみた。

 中々楽しい。


「……何やってるにゃ?」


 そんな俺を、クロはじっと見ている。

 興味津々といった顔で、尻尾をブンブン振っていた。


「お前もやってみろよ、楽しいぜ」

「しょうがないにゃあ」


 と、渋々感を出しながらも即座に飛び込む。

 よっぽどやりたかったんだなぁ。


「にゃ! にゃにゃにゃにゃにゃー! にゃっ!」


 しかもすごいハイテンションだ。

 少しは堪えろって。

 温泉で体温が上がっているからか、クロは元気よく雪の上で飛び回っている。

 思い切り高く跳んで、どれくらい深い穴が作れるか試しているようだ。


「おーい、床は石なんだから気をつけろよー」

「にゃー!」


 ……ダメだ、聞いてない。

 まぁクロもただの猫じゃないし、大丈夫だろう。

 俺はちょっと冷えてきたな。

 もう一度ゆっくり温まって、上がるとするか。

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