第15話
俺は一か八かの賭けに出た。綾香に俺の言葉が通じないと知った上で、あえて俺は言う。親父達の手前否定していたが、結局俺の気持ちはそうだったのだ。たかしの言う通り、俺はずっと母性を求めていた。母親のように接してくれる綾香に、特別な感情を抱いていたのだ。歳が離れていることを理由にその感情を押し殺していたが、正体を隠して赤ん坊になり平然と甘えられるようになったことで、ようやく俺は本当の気持ちに気付けたのだ。
「私も好きだよ、なおくん」
綾香は答える。
『俺の言葉が……わかるのか?』
「うん……何か、急にわかるようになっちゃったみたい」
「ようやく真実の愛に気付いたようだな直正! 貴様が素直になった時、貴様の言葉が綾香に伝わるようにしておいたのだ!」
たかしの声がスピーカーから聞こえてきた。パワードスーツの中でこいつがとても嬉しそうに高笑いしているのは、本人の姿が見なくてもわかる。
『おまっ……何でそんな回りくどいことを……』
「ハハハハハ! 我輩は貴様の幼馴染で親友だぞ、貴様がツンデレなのは誰よりも知っている! どうせ伝わらないことを前提に告白をしたのだろうが、真実の愛を芽生えさせるには綾香の返事が必要なのでな!」
何もかもたかしの掌の上。これだから天才って奴は鼻につく。
「さあ直正、いよいよ貴様の本当の力を見せる時だ。このパワードスーツもそろそろ限界なのでな、後は貴様に任せるぞ」
たかしは息絶え絶えにそう言うと、パワードスーツの手で器用に大魔王を掴んで引き下がる。せっかく直したついでにパワーアップしてピカピカになったパワードスーツは、早くもスクラップ寸前だ。
「任せとけ、たかし!」
俺は返事を返し、正式にバトンタッチ。
「な、なおくん、その体……」
綾香の発言を聞いて、俺はやっと気付く。自分の目線が高くなっていることに。
俺は高校生の体に戻っていた。
「直正……真実の愛に目覚めた今の貴様は天使の力も悪魔の力もヒーローの力も、全て自在だ。見せてやれ、三つの最強パワーを!」
たかしの鼓舞を受け、俺は断罪の剣を召喚し握る。剣のサイズが体のサイズに合い、赤ん坊の時より握り心地がしっくる来る感じだ。
「行くぞ……クサイウン!」
赤ん坊の声ではない、はっきりとした俺の声。俺は背に生えた漆黒の翼で飛び立ち、クサイウンに向けて突き進みながら断罪の剣で斬撃を飛ばす。赤ん坊の姿でやった時より遥かに強力な一撃が、クサイウンの装甲を破壊した。まるでダイナマイトを喰らった岩盤のように弾け飛ぶ装甲。俺は自身の身に纏ったエネルギーをバリアにして破片を防ぎつつ、むき出しになったバリアに断罪の剣を突き刺そうとする。だがその時、クサイウンの装甲は瞬時に再生。度肝を抜かれた俺は危険を感じ、翼を大きく広げてブレーキ。そのまま後退した。
「うおっ!?」
装甲の一部が伸びて棘を突き立ててきたところで、俺はその棘を叩き切る。
「私は誇り高き貴族だ! 魔力量が違うのだよ! 平民と違って装甲の再生など容易だ!」
クサイウンは装甲の棘をミサイルの如く次々発射。不規則に撃ち出されたかに見えた棘の軌道は次第に収束し、俺へと向かってくる。俺は空中を高速で複雑に飛び回り、棘ミサイルをクサイウンに当たるよう誘導。自爆したクサイウンの装甲は砕けるものの、俺がとどめを刺す前に再生した。
「くそっ、これじゃきりが無い!」
流石に相手は強く、雑魚の時のように装甲ごと葬り去ることは不可能。あいつを倒すには装甲を壊した後すぐにコアを破壊しなければならない。
俺はクサイウンの猛攻を揺れる木の葉の如くかわしつつ、反撃のチャンスを窺う。
「そこだ!」
一瞬の隙を窺い、俺はクサイウンの胸に剣を突き刺す。硬い装甲に阻まれ刃はコアまで届かないが、それでも構わない。剣から斬撃を飛ばす時と同じように、剣にエネルギーを集めて爆裂させ全身の装甲を粉砕。そのままの勢いで剣を押し込み、コアを突き刺した。
「やったか!?」
コアが砕け散る。これでクサイウンは消滅する……そう思ったのも束の間、クサイウンは高笑いを始めた。
「ククク……ハハハハハ! それで私を倒せたつもりか?」
「いかん! 王族貴族の戦闘形態は簡単に死なないよう複数のコアを持っているのだ! そして全てのコアを同時に破壊しなければ、全てのコアは再生する!」
「何だよそれ!?」
大魔王の解説に、俺は愕然とする。力を溜めて放つ大技ならば全身の装甲を纏めて破壊することは可能だが、そこから剣で全てのコアを破壊することは不可能。再び大技を放つには溜めに時間がかかりその間に装甲を再生されてしまう。これでは八方塞だ。
クサイウンは蚊を潰すように両掌で俺を叩き潰そうとしてきたので、俺は後ろに退避。クサイウンは更にそこから棘を伸ばし、俺を狙ってきた。俺は上に飛び退き避け、そこに飛んできた魔力弾を剣で切って消滅させる。
さっきから変だ。クサイウンの攻撃は、妙に俺の体の一箇所を狙っているような気がする。そう、俺の股間を……
「ククク……急所が丸出しで狙いがつけ易いなあ!」
戦いに夢中でずっと気付かず、言われて初めて気が付いた。今の俺は全裸だ。高校生の体に戻った際に、それまで来ていたベビー服が破れてしまっていたのだ。
つまり俺は、ずっと大事なところをブラブラさせながら戦っていたことに。そして綾香はそれをガン見している。何だかとても恥ずかしくなってきた。
「大丈夫だ直正、ある意味天使っぽいぞ!」
「地上の宗教画ではよく天使が全裸に描かれているそうだが、本物の天使は決して全裸で闊歩したりはしないからな」
たかしのフォローなんだか馬鹿にしてるんだかわからん発言と、大魔王の冷静なツッコミ。
「そんなことより何か隠すものをくれよ!」
「隠す必要など無い! 直正、貴様にはその理由がわかっているはずだ!」
「はあ!?」
何こんな時に自己満足な曖昧アドバイスしてんだこのメガネは。こっちは恥ずかしい思いしてんだぞ。ほら、また綾香がガン見してる。もしかして赤ん坊の時の大きさと比べてるんじゃないのかこれ。
とかなんとか考えてる内にクサイウンは俺を攻撃。これじゃブラブラさせながら避けるのが精一杯だ。とても隠す余裕なんかありやしない。
高校生の体に戻り漆黒の翼を生やして断罪の剣を手に戦うってのは一見かっこよさそうに見えるが、全裸では何もかも台無しだ。
赤ん坊の体だった頃は平気でおむつを下ろし下半身を露出していたものだが、見た目が高校生になるだけでこうも印象が変わるのだ。
ん、待てよ? そうか、たかしが言っていたのはそういうことだったのか。
俺は相手の攻撃を避けつつ、天使の聖なる力、悪魔の闇の力、そしてヒーローの愛の力を精一杯剣に籠めてゆく。
「これでも喰らえーっ!」
相手の隙を見逃さず、俺は大技を放つ。全身の装甲を纏めて粉砕し、クサイウンを丸裸に。
「無駄だ! 私の装甲はすぐに再生す……」
次の瞬間、おれはすかさずクサイウン目掛けて放尿した。
「おもらしビーーーーム!!!」
できれば高校生の体で使いたくはなかった。
全裸の男子高校生が、背中に生やした漆黒の翼で空を飛び、ゲームにでも出てきそうな中二感溢れる剣を持ちながら、空中で放尿。何だこの光景は。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて死にたくなってくるが、丸裸にしたクサイウンの全身に素早く攻撃を加える方法といったら、最早これしかないのだ。
俺の聖水はクサイウンの全身に満遍なくかかり、全てのコアを粉砕してゆく。
「ギャアアアアアアア! わ、私は、魔界の王になるんだああああああ!」
断末魔の叫びと共に、クサイウンは消滅。俺達を苦しめてきたこいつも、最期は呆気なかった。
「なおくん!」
地上に降りた俺に、綾香が抱きつく。安全を考えて俺はすぐさま断罪の剣を手元から消した。
「よかった……なおくんが無事で」
「俺の方こそ、綾香が無事でよかったよ」
「ところで直正、貴様は今全裸であるわけだが、人が来る前に服を着た方がよいのではないか」
たかしに水を差され、俺はげんなり。だがこれは確かに由々しき事態である。
「こんなこともあろうかと貴様の服をパワードスーツに積んでおいた。さっさと着るがいい」
ハッチを開けて出てきたたかしが、俺に服を手渡した。
「あるならもっと早く出せよ!」
「ちゃんと服を着ていてはおもらしビームを出すのに時間がかかり、その間に敵の装甲が再生してしまうではないか。だから貴様には戦闘中全裸でいてもらうことにしたのだ」
言われてみればその通りだ。いや、そもそも小便で攻撃するというおもらしビーム自体が欠陥兵器なのではないか。たかしの小学校低学年が考えたようなしょうもない設計思想のせいで俺は恥をかかされる破目になったのだ。俺はもっと怒ってよいのではないだろうか。
俺は服を着ながらそんなことを考えていた。
「まあ、何はともあれこれで貴様は力を完全に使いこなせるようになり、高校生の体にも戻れた。魔界の王位を継ぐ必要も無くなったし、そして何より綾香と両想いになれたのだ。我輩のお蔭で貴様は何もかも上手くいったということだ。貴様はもっと我輩に感謝してよいのだぞ」
俺の怒りと裏腹に、たかしは感謝を要求してくる。まったく図々しい奴だ。でもそれが俺の親友のたかしという男なのだ。
「直正……立派になったな。流石はわしの孫だ」
大魔王の目には涙が浮かんでいた。こうして見ると、本当にただの爺さんみたいだ。
「それでは戻ろうか、我輩達の家に。早くしないとマスコミが寄ってくるぞ」
「大丈夫なのか? そのパワードスーツ随分と壊されちまったが」
「案ずるな。我輩は自宅に飛んで帰れるだけの力は残した上で退いたのだ。貴様の覚醒がもう少し遅かったらそうもいかなかったがな」
たかしはパワードスーツの腕で大魔王を掴んで、器用に後部座席に乗せる。
「生憎これは四人も乗せてはいけないのでな、直正は綾香をお姫様抱っこしながら飛んで戻ってきてくれ」
粋な計らいか余計なお世話か、たかしはそんなことを言う。いや、こんな街中でお姫様抱っこしながら飛ぶって、どんな羞恥プレイだ。
とか考えてる間にたかしはさっさと飛んでいってしまう。このメガネ野郎に躊躇いという言葉は無いのか。
「な、なおくん……」
綾香はもじもじしながら俺の袖を引く。これはもう、やらなきゃいけない空気じゃないか。
袖を手放しお姫様抱っこを待ち構える体勢の綾香を、俺は渋々抱き抱える。
「あんまり動くなよ、落っこちるかもしれないから」
俺の指示に綾香は何度も頷いた。俺はバランスを崩さないように細心の注意を払いながら、翼を広げて飛び立つ。
案の定地上からはフラッシュの光が何度もこちらに向けられた。そういえば高校生の体に戻った以上これからは学校にも復帰しないといけないんだよな。皆からこぞって後ろ指差されてひそひそ話されるのが目に浮かぶ。
「ねえ、なおくん」
綾香はそんなこと気にもしていない様子で、俺に話しかけてきた。
「これからも赤ちゃんだった頃と同じように、私に甘えていいからね」
そんなことを言われてぎょっとした俺は、空中でバランスを崩した。慌てて体勢を立て直し、しっかりと綾香を支える。
「だ、大丈夫? なおくん」
「な、何言ってんだお前! びっくりして落っこちそうになったじゃねーか!」
「だってなおくん、溜息ついてたから。また友達のいない学校生活に戻るのが辛いんでしょ? わかるよ、そのくらい」
どうも綾香には全部見透かされていたようだ。本当に俺のことをよく見ている。
「なおくんが一人ぼっちを辛そうにしてたのはずっと知ってたし、助けてあげたいって思ってた。でも子供の私がどうしたらいいのかわからなくて……でも、赤ちゃんになったなおくんと触れ合ってやっとわかった。なおくんが辛い時には、私に甘えさせてあげる。私がなおくんのママ代わりになって、なおくんの心の支えになってあげる」
「綾香……」
何とも大胆なことを言われ、俺は急に照れ臭くなった。
でも、そう言われてみると妙に安心してしまうのは何故だろうか。
自宅に戻ると、先に戻っていたたかしと大魔王、そして自宅で待機していた親父が俺達を出迎えた。
「直正ーー!!」
俺は綾香を下ろすと、大きく腕を広げてこちらに向かってきた親父を蹴っ飛ばした。
「直正、天音、空の旅はどうだったかな?」
たかしがニヤニヤしながら言う。
「とっても幸せだったよ! ありがとうお兄ちゃん!」
「それはよかった」
まったくこの兄妹は。
「それでは早速祝言を挙げねばな」
「大魔王お前何言ってんだ!?」
「魔界では綾香ちゃんくらいの歳でも普通に子供を産んでいるぞ。それとわしのことはおじいちゃんと呼んでくれないか」
「こっちの世界じゃそれは犯罪だ! あと誰が呼ぶか!」
「我輩のことをお
「呼ばねーよ!」
「そうだ直正、貴様が高校生に戻ったことだし、今後我輩も貴様と同じ高校に通おうと思う」
「はぁ!? お前大学院出てるんだろ? 何で今更高校に!?」
「だからこそだ。我輩は小学校からいきなり大学だったからな。貴様を救うための研究も一段落ついたことだし、ここらで歳相応の高校生活を体験しておきたいのだよ。彼女も欲しいしな」
「お前に人相応にモテたいという感情があったことが驚きだよ」
「今までは研究一筋だった分色々と我慢もしてきたのだ。それにこれまでずっと周りに年上しかいなかったのでな。我輩は同年代が好みなのだ。そういうわけで直正、今後は学校でも宜しく頼むぞ」
「……」
俺は絶句した。またこいつの友人として白い目で見られる日々が始まるのか。
「よかったねなおくん、これで学校でも一人じゃなくなったよ!」
綾香の無邪気な瞳は、それを心から喜んでいる風だった。
でも言われてみればそうだ。一人ぼっちでただただつまらない学校生活よりは、変人の同類として扱われる学校生活の方がよほど楽しいというのは小学生時代の俺が証明している。
もう俺は孤独ではないのだ。いや、元から孤独ではなかったのだ。家族にも友人にも恵まれていないというのは思い込みでしかなかった。恋人、親友、あとついでに父と祖父。俺はこんなにも多くの人に支えられていたのだ。やっとそれに気付けたことで、淀んでいた俺の気持ちはどこか晴れやかになった気がした。
スーパーベイビー バブちゃん 平良野アロウ @watakamo
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