1章 05「ここから先が面白いんだが、聞くか?」
「なぁ、聞いたか?」
仕事を終えた男たちが騒がしくエールを呷る、夕暮れの酒場。
喧騒に背を向け独りカウンターでジョッキを傾ける男、シービックに、一人の軽薄そうな男が話しかけた。
「デリスか。なんだ、また与太話か」
鬱陶しげに言葉を返すが、デリスと呼ばれた男は気にする様子もなく話を続けた。
「まぁ、聞け。お前さん、彷徨える骸骨のことは知ってるな?」
ここ数年、時おり話題に上がる噂を思い出す。
このダンジョンにおいて骸骨兵というのは、特定の階層、六階から十階の決まった範囲で出現し、そのエリアを越えることは無い。しかしそんなルールを無視して、様々なフロアを行き来する、異質な骸骨剣士がいる。
その骸骨剣士はかなり腕が立つらしく、これまで幾度となく、襲いかかる
実は魔人だの、ユニーク種だの、元人間だの、ダンジョンマスターだの、様々な噂が飛び交っているが少なくともその存在は確かで、いつしか、ある名前で呼ばれるようになった。“彷徨える骸骨” と。
「最近、シルバークラスのパーティーが四人がかりで勝負を挑んで追い詰めたらしいが結局負けて、今回死人が出たらしい」
「死人?」
シービックは疑問形で応える。
その骸骨兵と遭遇したという話は多いが、不思議と死人が出たという話は聞かない。まぁ、死人に口なしというのはあるが。
「ああ。まぁもっとも、奴に殺されたんじゃなくて、奴にやられた傷を放っておいたら、悪化して死んだって話だが」
「なんで放っておいたんだ?」
「名誉の負傷ってことで、話のネタにしたかったらしい」
「……馬鹿だなそいつ」
「ああ、まったくだ。しかし、この話は意外と広がっていてな、重く見たハンターギルドが、あるハンターに討伐を依頼したらしい」
「どこのどいつだ?」
「くくく、それはな」
デリスが声を潜めて勿体ぶる。
こいつのこういう所が面倒くさいと思いつつため息で相槌を打つと、彼は嬉しそうな顔をしながらより声を潜め、酒場のカウンター、自分達がいるのとは反対側、奥のカウンターにいる男を指さす。
「あそこにいる、ほら、一人で酒を飲む剣士。分かるか? あいつ、鷹爪のノアールだ」
「なんだと」
荒れくれ共が酒を酌み交わす喧騒の先、酒場の一角。一人の男が、琥珀色のグラスを傾けていた。
その男が持つ鋭い気配のせいか、そのテーブルの周りには不思議と客が寄り付いていない。
鷹爪のノアール。近年頭角を現したゴールドクラスのハンターだ。早く鋭い、抉りこむような剣撃と、猛禽のような気迫からついた二つ名は鷹爪。奴に狙われた相手は、決して逃げることはできないと言う。
「ここから先が面白いんだが、聞くか?」
デリスがそう言い空のジョッキを揺らすと、シービックは顔をしかめつつ店員にエールを二つ頼んだ。
デリスは届いたそれを嬉しそうに受け取ると、礼も言わずにあおった。
「で、その先ってのはなんだ」
「ああ。ノアールだが実は十年近く前のまだ尻も青かった頃、あの彷徨える骸骨に敗れているらしい」
「ん、本当か?」
「ああ。たしかその時ブロンズクラスだったが、当時から腕が立つと言われててな、調子乗ったあいつがダンジョンを踏破してやると息巻いて、その時に出会っちまったらしい」
10年前ともなると……シービックが自分はどうだったかと記憶を探ると苦い思い出が蘇り、慌ててエールを流し込み掻き消した。
「結果負けちまって、随分時間をかけたダンジョン攻略の準備もおじゃん。以来ここには近づかなかった。しかもその時からノアールは人が変わっちまったみたいでよ、まぁ鼻っ柱を折られたんだろうな。以来剣にのめり込んでいったらしい」
「ふぅん」
「あ、信じてねぇな。この話は確かだぜ。何しろ、10年前ノアールとパーティー組んでたって奴から聞いた話だからな」
「で、そんな奴がなんで今更そんな依頼受けたんだ?」
つまみのすじ肉の煮込みをフォークで口に運びつつ、先を促す。
「わかんねぇかなぁ。そもそもあいつは、骸骨剣士に敗れたことをきっかけに剣の道を極め始めたんだ。だからよ、10年経って名も知れるほど強くなった今、雪辱を果たすつもりで受けたんだろうよ」
本当か嘘かは分からんが、話は分かった。理由も納得いくものだ。しかし、何かが引っかかる。心の内側にこびり付くような、ざらついた感覚。
……真実は、他にある。彼の直感が告げた。
「ありがとよ、面白かったぜ」
「お、おお。お前がそんなこと言うの珍しいな」
ジョッキをさらに二つ頼み、ひとつはデリスに渡し、そしてもうひとつを手に席を立った。
「おい、どこ行くんだ。おい?」
デニスの制止を無視し、反対奥のカウンターへと向かう。
「ここいいか」
シービックは目の前の男の返事を待たず、隣席に腰を下ろす。
「俺の名はシービック・イノフ。シルバークラスのハンターだ」
目の前の男を見据え、話を続ける。
「お前さん、鷹爪のノアールなんだってな。噂になってるぜ」
ノアールは振り向きもせず、静かにグラスを傾けていた。
「なぁお前さん、彷徨える骸骨に因縁があるんだってな」
変わらず無視し、琥珀色の酒を味わってみせる。
それを見てシービックは声を潜めて呟く。
「ボーンズ・オルランド」
その小さな一声に、ノアールが眼光鋭く振り向く。
「彷徨える骸骨なんて言われてるが、不思議とこの名前は広まってないんだよな」
「お前、どこでその名を」
「あんたと一緒で因縁があるってことさ」
「……」
ノワールの鋭い目で射抜かれ、気圧されつつもシービックは続ける。
「なぁ、あんた基本ソロらしいが、俺も一緒に行かせてくれねぇか」
「……悪いが、足手まといはいらない」
「これでもシルバークラスだ。自分のことは自分でできる。足手まといにはならねぇ」
「間に合ってる」
にべもない返事をされるが、立ち上がって食らい尽く。
「ここ十年ぶりなんだろ。俺は奴の世話になって以来五年、パーティーやソロで何度も潜っている。途中までは案内が可能だ。今のところ奴に遭遇できていないが」
「鬱陶しい。そもそも、だったら俺と組む必要も無い」
言葉に詰まる。
かれは身をかがめ、声を潜めて話を続けた。
「……あんたならわかるだろ。俺はあいつに会わなきゃならねぇ。だが、それに関係ない連中を巻き込みたくはねぇんだ」
「……」
「昔に比べて出現する階層も深くなって、浅い階層で満足してるここいらの生温いハンターどもじゃ、奴に遭遇するのも難しい」
「……」
「それにあんたは俺と同類だ。すぐに分かる。だから目的は同じだ。なぁ、こんなこと頼めるのあんただけなんだ……この通り!」
シービックは深々と頭を下げて請う。
たっぷりの無言の後、頭上からため息が聞こえた。
「明後日の早朝、ダンジョン入口だ。足手まといになるようなら置いていく」
「っ! あ、ああ。分かった。分かった。ありがとよ」
「案内にも期待しているぞ」
「もちろんだ」
…………
……
「うぉぉぉぉぉ!」
シービックが駆け、地面が大きく凹むほどの踏み込みと共に槍を突き出す。
魔力により強化され尋常ならざる威力となった一撃が、巨大な蛇の硬い鱗と強靭な筋肉を突き抜け、体を大きく抉る。
「キシャァァァ!!」
苦悶の鳴き声と共に血を撒き散らしながらのたうち回り、その余波で周囲の木々が根こそぎ倒れる。
ようやく動きを止めると、黄色い四つの目で敵を殺意に満ちた目で見つめる。シービックは槍を構え、敵の攻撃に備える。
そしてイビル・サーペントが襲いかからんと身を乗り出した瞬間、その頭上を黒い影が横切る。
「テヤァッ!!」
宙を舞うノアールが剣を振るう。剣線が何度も煌めき、それはイビル・サーペントの体に吸い込まれていくように見えた。
ザッと着地すると共に、緩やかな曲線を描く片刃の剣を鞘に収める。
ズズッ……ズズズ。
そんな音がどこからが聞こえ、そして巨蛇の体がズレてずり落ちた。
土埃を上げ、バラバラにされた蛇の体が散らばる。
「さ、さすがだな。イビル・サーペントを輪切りにするなんてな……」
「この程度、なんでもない」
「俺もそれなり使えるつもりだったが、考えを改めるぜ」
「そうか」
現在、ダンジョン“逆さまの塔”、地下20階、森林階層の最下層にして、この階層のガーディアン“イビル・サーペント”がウロつく危険地帯。しかしゴールドクラスと、槍使いでありスカウトとしても優秀なシルバークラスのハンターのコンビにとっては、巷で認識されている程度の危険度も感じさせることは無かった。
通常であれば、ここで急ぎイビル・サーペントの死体をほじくり、素材と魔石を回収するところだ。
このダンジョンの特性として、死んだ生き物……魔獣や動植物、魔物、そして人間は、少しの間の後その死体が光となって消えてしまう。
ダンジョンに喰われる。
そう言われる怪現象は、ダンジョンが自身を維持するためだと説明されている。様々な魔獣や時より出現する魔道具、魔剣、アーティファクトの類をエサに人をおびき寄せ、ダンジョン内で死ねばそれを喰って栄養にするのだと……
そのためダンジョン内で倒れた魔獣についてもリサイクルされるべくダンジョンに喰われるのだが、取り出された魔石や素材については、その限りではない。
そのため多くのハンターは、無限に魔獣や魔物が沸くこの地にて、地上では希少な魔獣の素材を得て、財を成そうとするのだ。
イビル・サーペントの素材は、地上では非常に重宝されている。
軽く丈夫な鱗や、強靭な筋肉、堅牢な骨、薬として使用される内臓。持ち帰れる量に限りがあるのが残念だが、丸一匹あれば一生暮らせると言われている。
閑話休題。
そんなお宝が目の前に横たわっているが、ノアールもシービックも、手を出そうとせず、静かに立ち尽くす。
木々のざわめき。鳥や虫の声。遠くに魔獣の気配。
数秒、数分、数時間……自分の呼吸すら森に溶け、満たされる静寂無き静寂。
どれだけそうしていただろうか。不意にどちらともなくお互い目配せをすると、普段物静かなノアールが声を張り上げた。
「そこにいるのは分かっている。出てきてもらおうか」
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