1章 03「ウィルソーーーン!!」

「スペクター!」


剣士の呼び声に、スペクターと呼ばれたスカウトは一足早く通路に戻ったようで、それを追うように骸骨兵たちが大挙する。


(なんだこりゃ! この部屋こんなトラップがあったのか)


突然の光景に驚き、目を見開く……目は無いけど。

しかし同時に不安になる。


(この数の差はやばい! いくらなんでもあの4人、押し切られる)


そう思ったのも束の間、意外な、いや当然の光景が目に飛び込んできた。



骸骨兵は数で圧倒するスタイルと思わせるが、四人組は通路の先にいた。

骸骨兵がいくら数で勝っていても、細い通路に同時に入れる数は限られている。よって数の優位が十分活かせない。


これが人間対人間なら別の手を考えるところだろうが、片や骸骨兵。不利な状況に止まることもなく、ひしめき合いながら通路に突入し、そして愚かにも、延々と各個撃破されていった。


よくは見えないが、かなりの手際なのか骸骨兵たちはみるみるうちにその数を減らしていく。そして残りわずか20体ほどになった頃、変化が起きた。


ホールが再び揺れ、そして奥の方で土埃を上げつつ起き上がる者がいた。



それは身長3メートルはあろうかという大きな骸骨戦士。

鎧を纏い大きな剣と盾を持ち、入口通路の方を睨むように剣を構えた。


「出たぞ、アーク・スケルトンだ」


4人組の1人が声を上げた。


「よし、ここからも作戦通りだ」


誰かがそう言うと全員がホールに駆け込み、数を減らした骸骨兵を蹴散らしつつアーク・スケルトンに向き合った。


アーク・スケルトンはその手に持つ大きな、刃渡り2メートルはあろうかという剣を振るう。

4人組はそれを難なく躱しつつ普通サイズのスケルトンを掃討する。


最後の1体を倒したと思うと、次に魔術師と思われる女性がステッキを構える。すると、そのヘッド部分の宝石を中心に、フラクタル状の模様を描く魔法陣が現れた。


「土よ、我が意に応え、その力を示せ。アース・ホール!」


彼女が唱えるとアーク・スケルトンの左の足元に魔法陣が現れ、地面が深く落ち窪んだ。その瞬間アーク・スケルトンが足を取られ、見事に転ぶ。


「グギギギギ」


アーク・スケルトンが歯ぎしりするかのように悔しそうに声を上げた。しかし4人組はこのチャンスを見逃さない。

剣士2人は渾身の力を込めて剣を振るう。


アーク・スケルトンの腕が、足が、鎧の隙を縫って各部が破壊されていく。



(……なんだか、やな気分だな)


今や骸骨剣士となった彼が呟く。さもありなん、彼は今や彼らと同じガイコツな上に、自身は先程あの4人組に倒されたのだから。


しかしまた出ていったとして、再び倒されるのが目に見えている。彼自身は地面に散らばる骨よろしく、壁にもたれ掛かるようにして、していない息を潜めていた。


そして岩を地面に落としたような鈍い音と共に、アーク・スケルトンの首は切って落とされた。


するとオオンという咆哮とも叫びとも聞こえる効果音と共に、アーク・スケルトンの身から黒いモヤが立ち上がり、半分残った骨格が鎧とともに崩れ落ちた。



「思ったより余裕だったな。な、心配なかっただろシスティール」


「そうね。まぁ先も長いわけだし、調子のって油断しないでよヴィル」


土埃舞う中、4人は感想を言いあいながら呼吸を整えていた。


「おい待て、1体残ってるぞ!」


スペクターのその声に、3人がこちらを振り向く。

彼は見つかったかと思い息を飲むが、4人の視線が自分とは微妙にずれていることに気付く。そしてそっと視線を送り、再び息を飲む。


(ウィルソン!)


どういう訳か、先程の戦闘に加わらなかったらしい。相も変わらず所定の位置に立ち尽くしていた。



「動きは……しないようだな。だが背後から襲われるのもやっかいだ」


戦士の1人、盾を持たない方の剣士が近づいてくる。

そして構えると、ウィルソンに向かい物言わずに剣を奮った。


カーンと、大きな金属音が響く。


「っ!!」


剣士は弾かれた剣を引き寄せると、直ぐに間合いを取った。


「くそ、もう1体いたのか」


その視線の先には、盾を手にウィルソンを守る者がいた。


(何やってんだ僕は!)


自分でも驚きの行動だった。相手は物言わぬ、意思なき骨。守ることになんの意味も無い。しかし、気づいたら飛び出し身を呈していた。


気まぐれにも名前を付けたのが悪かったのか、ウィルソンは、彼にとってかけがえの無い……は言い過ぎだが、放っておけない存在にはなっていた。



盾越しに剣士を睨む。その視線に気圧されたのか剣士は意識せずも、じりりと一歩下がっていた。


「ファスナ、油断するな。やるぞ!」


「あ、ああ!」


スカウトの声に意識を取り戻し、ファスナと呼ばれた盾持ちの剣士は剣を構えた。

この時、骸骨剣士の彼は視界の端で、短剣を抜くスカウトを捉えていた。


空気を裂く音とともに短剣が飛翔する。

先程は投石を盾で弾いたため隙を作ってしまったが、ウィルソンに当たる射線でも無かったので今回は身を屈めて躱す。


すると先程同様剣士、ヴィルの剣が目前に迫ってきたので、これは盾で受け流すように弾く。


今度は金属音と共に火花が上がる。それを払いながら、ショートソードの切先が真っ直ぐと剣士に向かう。


悔しげなうめき声と共に、ヴィルが身をよじってそれを躱す。しかし、一端の剣士。躱す動きを利用し、バックハンドで剣を振るった。

遠心力を得たそれはかなりの勢いで彼に迫り、盾ごと彼を弾き飛ばした。


散らばる骨の破片を巻き上げながら彼は地面を転がり、そして壁にぶつかり止まった。パラパラと細かい骨が降る。


「ううっ……くそ」


地面に膝を突いた姿勢で敵を睨む。

だいぶ転がったが、不思議と目眩や痛みなどはないが、そんなことに気づかぬまま立ち上がる。が、さすがに異常に気づく。


「あれ、腕が無い……」


剣で打たれた時か、転がっている時か、どうやらポッキリいったらしく、肩から先が盾ごと無くなっていた。


普通なら取り乱すほどの衝撃的な光景のはずだが、不思議と焦りは無かった。しかし、勝てる見込みは消え果てた。



ほぼ決まった勝負に、もはや戦う意味など無い。心折れそうな事実に立ちあぐねていたが、それはある不幸を呼んだ。


ファスナの振るう腕の先、一体の骸骨兵が無残に崩れおちた。


「ウィルソーーーン!!」


ウィルソンの頭骨が、スローモーションのようにゆっくりと地面へと落ちる。その深い闇を讃えた目は、なんの表情も見せない。


4人組が何事かと彼の方を向き、声を交わす。


「あいつ、今喋ったか?」


「うん、でも骸骨兵が喋るなんて……」


「もしかして、ユニークか?」


「ああ、さっきのやつといい、油断できないな」


各々が武器を手に構える。


ウィルソンは友……とは言えない。意思なき骸骨を相手としたそれは一方的な執着、片想いの友情だからだ。しかし、彼が立ち上がるための火種としては十分だった。


彼は身を起こして両足を地につけ、残された片手で剣を構えた。

切っ先はヴィルに向けられ、闇を湛えた目の奥に、赤い光が灯った。


「いくぞ!」


そんな掛け声とともに彼は走り出した。

向かう先の剣士ヴィルは、油断なく剣を構え迎え撃つ。


袈裟に振り下ろされるショートソードの一撃。迎え撃つロングソード。弾ける火花に彩られ、幾度か剣を交える。

片腕のない彼にとって明らかに不利な状況、気合いひとつで耐え抜くものの徐々に追い詰められていく。

しかしそんな状況も、少しずつ変わっていく。


“スキル<剣技>のレベルが向上。<剣技+1>を獲得”


剣を振るう速度が上がり、相手のスピードに追いつく。


“スキル<剣技>のレベルが向上。<剣技+2>を獲得”


足運びの無駄が無くなり、剣で受けるばかりではなく躱すようになる。


“スキル<剣技>のレベルが向上。<剣技+3>を獲得”


剣を振るう力が増し、鍔迫り合いで押し切られなくなる。


「なんかあいつ、だんだん強くなってないか?」


スペクターが不安げな顔をする。


「私にも分かる。もしかして負けそう?」


ヴィルは非凡な才能を持っていて、彼らにとっても中心的存在でもある。これまでも危ない場面は何度もあったが、彼の力のお陰で乗り越えられたこともあった。

しかし、今回はこれまでとは違う違和感がある。


「分からない。しかし、このままだと不利だ」


「え?」


「力量はあいつの方が上だ。しかし骸骨兵と違い人間だから、体力に限度がある。もしこのまま続いたとしたら、消耗して最終的に押し切られる恐れがある」


「そんな……助けよう!」


「ああ、もちろんだ。いくぞ」


システィールがステッキを構え魔術を編み、盾を持つファスナも腰を落とす。しかしどういう訳かヴィルがそれを止める。


「待て、手を出すな!」


剣を振るう手を止め声を上げる。


「こいつは俺が倒す。手を出さないでくれ」


「何言ってんの!」


ヴィルは答えもせず再び剣を振るい、剣舞を再開した。


「あーもー、なんなの? あいつ馬鹿なの?」


「ああ、馬鹿だ。大馬鹿だ。羨ましいぐらいにな」


「は? ファスナ何言ってんの? かっこよくなんかないよ、それ。ナルシストなの? 馬鹿なの? 死ねば?」


「……すみません」



そんな処刑場のことは露知らず、ヴィルは骸骨剣士と打ち合っていた。その額には、薄らと汗が滲んでいた。


「ははは、こんなに楽しい戦いは久しぶりだ! しかし、そろそろおしまいにしよう」


そう言い軽くステップして距離を取ると、剣士は切っ先を背後に向けた腰だめ、いわゆる、脇構えの姿勢を取った。

剣士の身に満ちる闘気を感じ取った彼は、剣を正眼に最大限の警戒を払う。


「これはとっておきの秘剣なんだけどな、敬意を表して見せてやるよ」


そう言うと、にわかに剣が光り出し、そして巻上がる土埃と共に周囲の空気を集める。

彼は剣士の放つプレッシャーに、気づかないうちに1歩、2歩と後退している。

そんな数秒の後、剣士が地を蹴った。


「はぁぁぁっ! バード・スラッシュ!!!」


剣士が踏み込みと共に斜めに切り上げる。及び腰の彼は後ろに下がりつつ剣で迎え撃つ。


剣士の剣は綺麗に弧を描く。早く鋭い一撃だったが、迎え撃った剣が間に合い金属音を鳴らす。



(危なかった!)


彼は内心で安堵の息を吐いた。そしてどこか違和感を覚える。


(……あれ?)


足の、下半身の感覚が無い。

続いて目眩のような浮遊感が襲い、そして、地面に“滑り落ちた”。


地面に仰向けで倒れ、そして目の前には上半身を失ったガイコツが立っている。何が起きたかと辺りを見渡すと、下半身を失った自分と、足元方向には剣を振るった姿のまま残心する剣士。


彼は、自分の身に起きたことを理解する。


「え、ええええ! な、なんじゃこりゃー!!」


洞窟内に響く絶叫に4人組はギョッとした顔をする。1人を除いて……



「見たか。秘剣バード・スラッシュ。風魔術を纏わせた剣撃は金属を断つほどの切れ味となり、防御ごと両断する。故に防御不能の一撃!」


残心を解いた剣士は、キメ顔で語った。

そして彼もその雰囲気に飲まれるかのように、声を絞る。


「くっ……見事なり。もはやこの体、戦えぬ。トドメをさせ」


「ああ、その前にお前の名を聞こう」


「名前か……名前はまだ無い。ただの骸骨剣士だ」


「そうか。俺の名はヴィル。ハンターパーティー、グランドレインの剣士」


「……覚えておこう」


「ああ。じゃぁ、あばよ骸骨剣士」


切先がつき降ろされ、額に刺さる。闇に落ちるまでの少しの間、遠くに声が聞こえる。


「あばよ……じゃない! なんなの、喋る魔物とか。ってかあんたバカなの!?」


「えっ? バカってなんだよ!」


「やっぱりバカだ! 話聞けそうだったのになんで倒しちゃうの!?」


「……あー、たしかに」


「一度死ねぇぇぇ!!」


「ぎゃーーー!」


騒がしさが次第に遠のく。


“ダメージにより存在維持不能。消滅が確定。ダンジョン登録によりリスポーン処理を……”


微かにまたあの声が聞こえる。そして意識は掻き消えた。



…………


……

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