1章 02「お、いいじゃん! 骸骨剣士って感じだな」

「あれ、僕は……ここは?」


岩盤を強引に掘ったような洞窟の一室、闇が満ちるそこで、何者かが声を上げた。それはもちろん、骸骨剣士の彼だ。


「確かスライムと戦って……うわっ! って、あれ、なんともない」


彼はあわてて自分の全身を確かめる。そこには、溶かされたはずの骨が、元のまま存在していた

安堵半分、そしてやはりガイコツだったということで残念半分、とにかく彼は胸を撫で下ろした。



「それにしてもここ、最初いた所だよな……」


見覚えのある景色。そして先程うっかり起こしてしまった骸骨兵。恐らく間違いなく、先程目覚めた洞窟の一室だ。


「スライムに溶かされて、意識が遠のいて、メッセージが聞こえて……リスポーンって言ってたよな。つまり、ゲームオーバーで再スタート?」


その通りではあるが、立ち上がっている骸骨兵がいることから、時間の経過があることは間違いない。


「そうだ、剣は……無いか」


辺りを漁るが、それらしいものは無い。最初のスタート時と同じく、手ぶら……いや、全裸状態である。


「くそー、悔しいな。うーん、また行ってみるか」


性懲りも無く同じ道を辿り、剣を拾いに向かう。薄暗いダンジョン、剣のひとつも無いと心許無いのだろう。



「この辺かな。どれどれ……」


先程襲われた地点の少し手前、曲がり角のコーナーで先を覗く。すると先程同様スライムがおり、その近くに剣の成れの果てが転がっていた。


「まだいるのかあのスライム……というか、剣はもうダメだな」


離れた位置からもわかるぐらいに、剣は使えそうもなくなっている。刃が半分以上溶かされて、その役目を終えていた。


「仕方ない、とりあえず逆方向に進んでみようかな」


そう宣言すると踵を返し、スタート地点の大部屋に戻った。

そして、暗いながらもはっきり見える闇の中、ある物を見つける。


「あれ、これ剣じゃん!」


骸骨兵が散乱する中、その骨に混じって剣が転がっていた。

そこは自分がリスポーンしたあたり。最初は<暗視>が作動しておらず、気付けなかったのだ。


先程の剣と同様ボロく、そして刃渡りは少し短い。更にそこには盾も転がっていた。

いわゆるラウンドシールドと呼ばれる円形の盾で、直径は50センチほど。


「やったぜ! どれどれ……お、いいじゃん! 骸骨剣士って感じだな」


右手にショートソード、左手にラウンドシールド。

本人は気づいていないが、その様は剣士と言うよりただの歩兵、骸骨兵である。


装備は整ったもののスライムに挑む度胸は無く、部屋の反対側にある通路へと歩みを進めた。



そちら側は元いた部屋と同じ、荒く掘られた洞窟だった。先程同様左手を壁側に進んでいくと、先の方に人影が見えた。

あわてて身を隠しそっと覗いてみると、通路をフラフラと徘徊しているようだ。


「人ではないよな。となると多分、アレだよな……」


角から出てそっと近づいてみると予想した通り、色白で細身のあいつ。


「やっぱり骸骨か……」


光のないこんな洞窟で徘徊する者なんて、人間のわけはない。しかしその姿は、骸骨兵とは少し違っていた。

まず全裸ではない。ボロ布を纏い、その上に古い革鎧を着込んでいる。手にはそこそこ立派なラウンドシールドと、ロングソードを持っていた。


彼は、全裸で拾い物の武器を持つ自らと見比べて、なんとも言えない惨さを感じていた。


(追い剥ぎするか?)


一瞬頭を過ぎるが、なけなしの良心がブレーキをかける。動いてはいるが、そいつはガイコツ。言わば死体。そこから装備品を奪うというのは、祖父母を見送り、お盆には仏壇に手を合わせる彼としては、はばかるものがあった。

加えて某ニキビの下人も思い出し、ブルーな気分にもなっていた。


「……よそう」


現代の若者。無駄に品位が高いのだ。



彼は黙って骸骨兵……いや、骸骨戦士の横をすり抜け、通路の先を目指した。


暫く行くと階段を見つけ、ザッザッザッと誰聞くことも無い効果音を自ら口に出し、無理やり気分を持ち上げつつ上の階を目指した。


道すがら何体もの骸骨戦士や骸骨兵とすれ違い、都度静かにすり抜けていった。


そうして2フロア、合計3フロア上に上がった時、遂に待ち望んだアレと接触を果たした。


最初は通路の先に浮かぶ人魂のようなもので、そして直ぐにそれは周囲を照らす明かりと分かった。そして眩さすら感じる光に照らされたのは、4人の人、有り体にいえば冒険者というやつだった。


4人はそれぞれに違った装備をしており、まず先頭の1人は革鎧を着込み、身を低くし通路を確認しながら慎重に歩く、スカウトのような小男。続いて金属鎧を身につけ、剣を手に歩く男、恐らく戦士。次に革鎧の下にフード付きのローブと杖を装備した、僧侶か魔術師のような女性。殿として、これまた金属鎧と剣、そして盾を持つ大柄の戦士がついてきていた。


(やった、人だ!)


そう思ったのも束の間、自らの身がガイコツであることを思い出す。


どう見ても彼らはいわゆる冒険者。あの装備でここまで進んできたことを思うと、恐らく道中骸骨戦士や骸骨兵を薙ぎ倒してきたのだろう。


よく見れば使い込まれた装備品は歴戦の勇士を思わせ、油断のない素振りはその道のプロを思わせた。


「どうしよう……急に声をかけたら、多分やられるだろうし……よし、まずは声をかけてみよう」


行き当たりばったりな彼にしては、比較的冷静な判断だ。あくまで、彼にしてはの比較だが。


少し後ろに下がり、通路の陰に身を隠す。

そして4人組がやや近づいた所で、隠れたまま声をかける。


「あの、すみません」


なんとも間抜けな一言である。

油断を誘うにはいいかもしれないが、ダンジョンの中では逆効果と思える。そしてその通り、4人の冒険者はいつも以上の慎重さで武器を構えた。



「何者だ」


「怪しいものじゃ無いんです。少しお話がしたくて」


「だったら姿を見せたらどうだ」


「このままじゃダメでしょうか?」


「ダメな理由はなんだ。少なくとも姿を見なければ判断できない」


当たり前のことを言われるも、彼はとても焦っていた。

姿を見せずに話をして信頼を得ようと、そんな考え無しだったからだ。

そして彼は愚かにも、相手の言葉に従うことにした。


「分かりました。ただし、攻撃しないでくださいね」


「どういうこと……っ!!」


影から姿を現したのは、当然ガイコツ。それも、ショートソードとシールドを持つ骸骨兵。(実際は骸骨剣士だが)

そこからの4人組の動きは早かった。


まずスカウトらしき男が転がっていた石を拾い、投げつけつつ後ろに下がる。

頭目掛けて飛来するそれを彼はあわててシールドでカバーする。

そうしてできた死角から戦士が迫り、彼の隙だらけな腹を真横に切りつけた。それは肉のない胴体を、背骨ごと真っ二つに切り分ける。

バランスを失った彼は、なす術もなく崩れ落ちる。


「ナ、ナンデ……」


ままならない発音で呻く。

そして転がる頭蓋骨に、剣が突き刺さった。



…………


……



「うわっ!」


彼の叫びに、先般より立ち上がったままの骸骨兵が何事かとばかりに振り向く。しかし声の主を確認すると、興味なさげに元の方向へと向き直った。


「またここか。もう、なんなんだよ」


当然そこは例の骸骨部屋。例のリスポーン地点だ。あーっと声を上げつつ両手両足を広げ、仰向けに倒れ込む。均してあるとはいえ岩。ゴツンと当たり痛みのようなものを認識するが、不思議と痛みそのものは無い。例えるなら、歯科治療の後、麻酔がかかった内頬を噛んだ時のような、気色の悪い感覚だ。


暗い中そうしていると眠気が来そうなものだが、一向にそれは無く、ついでに食欲も喉の乾きも感じないことに気づいた。


じっと手を見る。それは紛れもないガイコツ。

元の手を思い浮かべてみる。指が長く、爪の形も良く、色白な上スキンケアのおかげで肌質も良く、女の子にはよく綺麗だと褒められていた。

今も白くてきめ細かでほっそりと長い指だが、それは骨ゆえの話。


「死にはしなさそうだけど、この先どうしよう……」


はぁとため息。



「なぁウィルソン、君はなぜここにいるんだい?」


静かに立ち尽くす骸骨兵に、意味も無く語りかける。ちなみにウィルソンというのは今つけた名前だ。


「返事が無い。ただの屍のようだ」


自分の方がよっぽど屍らしいが、得意の棚上げでごまかす。


いく時かそうしていると、先ほど4人組と遭遇した方の通路がぼんやりと明るくなる。

瞬きのない目ゆえにそれが見落とすことなく目に入り、瞳を凝らしていると間もなく人の気配が近づいてくる。


「ここだな。この階のガーディアンエリアは」


「そのようだな。骨が散乱している」


(あいつら、さっきの四人組か。そうか、あっちが入口方向で、奥を目指しているんだな)


憎々しさを感じつつも、彼とて観察は欠かさない。


「情報通りってことね。じゃあ……」


「ああ、作戦通りいくぞ」


「おう」


「わかった」


「ええ」


すると、大柄の戦士が通路中ほどで盾を構え、腰を落とした。その後ろに戦士、魔術師が続き、スカウトはというと通路から部屋に入るギリギリにいた。


「準備はいいか?」


スカウトがそう言うと全員が頷いた。

するとスカウトが部屋へと足を踏み入れ、同時に魔術師が魔術で明かり、ライト・スフィアを部屋へと撃ち込んだ。


眩いほどの明るさが満ちたその瞬間、ホールを振動が襲う。そして地面にばらまかれた骨たちが次々と起き上がり、通路の方を向いた。

ホール天井に浮かぶライトボールによって深く影を落とし、その姿は不気味さを増している。


100体ほどいるだろうか。カタカタと顎を鳴らしたかと思うと、間をおかず四人組に向け一斉に襲いかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る