骸骨剣士は眠れない! スライム以下から始める迷宮攻略。出会った引きこもり姫は歩くアルマゲドン(魔王)でした。

和三盆

第一章 逆さまの塔

1章 01 「ほねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

静けさ。


闇が満ちる場所。


水銀の海。



重苦しいそこに、それは突然現れた。


いつかは定かではない。いつの間にか、知らぬうち、いや元々そこにあったのかもしれない。

いずれにせよ彼は、前触れもなく意識を取り戻した。



「ん、ここは……あれ、暗いな。どこだここは」



呟きは沈む。返す声はない。



「電気は? 困った、何も見えない……」



辺りに手を伸ばすが、彼の部屋に本来あるはずのテーブルが無い。そもそも、この完全な無光状態がおかしい。



「というか、床は、石?」



硬く冷たくゴツゴツとしたそれに気づく。



「ここ、どこだよ。ってか、僕何してたっけ?」



そして、直前の記憶を思い返してゾッとする。



彼はよくいる青年だった。目立った特徴はなく、両親によって丁寧に育てられ、勉強はあまり好きではなく、でもしっかりこなし、人に優しく、面倒見がいい、少しオタクで、明るく、友達もいて、好きな女の子もいて、料理が得意で、可愛いものも割と好きで……



ある日、道路で立ち尽くす子猫を見つける。

歩道から飛び出し子猫を抱き上げ放り投げるところまでは良かった。


夕暮れに眩しい大きなヘッドライトが、まるで流星のように。

そして彼もまた星になった。



暫く茫然とし、そして彼は呟いた。



「そうか、僕死んだんだな。ってことはここは天国か地獄か、もしくは転生か……はは、ちょっと笑えないかも」



彼は膝を抱える。不思議と涙は出なかった。



どれだけそうしていたか。不意に立ち上がる。



「こうしていてもしょうがないし、死んでるんだとしたら、もう死ぬことは無いな」



持ち前の前向きさで、とりあえず踏み出すことを選択した。

不安からか独り言が漏れる。



彼は決して聡明とは言えない人間ではあったが、その分バイタリティと、前へ進む度胸はあった。



足場の悪い道を、寸分先も見えないまま進む。そして……



「あいた! なんだよ壁か……全く、本当に何も見えないもんな。あーもー、闇雲にも程があるよ。うーん、少しぐらい見えないかな……」



不安を押し殺すように独り言を続ける。そうしていないと、また闇に飲まれて身を竦めしまいそうだからだ。


とはいえあまりの暗さにどうにもならず、とりあえず目を細めてみる。無駄にも思えるその行為だが、しかし結果は違っていた。



「あれ、なんか見えてきた。うーん、やっぱり洞窟?」



“称号<闇の眷属>の効果が発動。初期スキル<暗視>を設定”



頭の中に声……とも違う。文字とも違う。認識と呼べるような何かが流れる。



「何今の! スキル? まるでゲームじゃん……まぁ、見えるから良いけど」



やけくそ気味の順応性で状態を受け入れる。目が見えたということが多少勇気づけたのかもしれない。

しかしそれは、彼の身に起こった悲劇を顕にした。


周囲が見えるということは、自分自身の体も見ることができる。

どうにも纏わりついていた違和感を確かめるべく自らの手を見て、そして絶叫した。



「ほねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」



頭が真っ白になる。まあ実際真っ白なのだが、とにかくそんなカルシウム豊富な頭を抱えてうずくまる。



「えー、転生とか死後の世界とかどうでもいいぐらいに骨じゃん。ってかこの骨誰の骨? じゃなく、僕の体は? 肉体は? 確かに男にしては色白だったけどこんなに白くない……」



もはやパニック。前後不覚。彼の夢詰め込めるほど空っぽな頭の中では、西から昇った太陽が東に沈んでいた。



しばし独り言を続け、そして意を決した。



「まぁ、死んだことには間違いないな。うん」



そう、思考を放棄したのである。



「とりあえず死ぬことは無さそうだし、少し探検するか」



周囲を見渡す。学校の教室より広く、体育館よりは狭い。いかにもな洞窟ではあるが、少しおかしな点もある。岩肌が荒いのはそうだが、到底自然にはできなさそうな、ある種の均一さが見える。まるで意図的に作った、洞窟らしい洞窟。



「まるで洞窟だな」



あたりまえである。



とりあえず通路らしき道に進むべく数歩進んだ所で何かにつまずく。



「ん、なんだ、骨か……ってうぉぉ! 骨だらけじゃん!!」



足元がお留守な彼らしい反応であるが、その光景は声を上げるにふさわしい状況だった。


そのホールには、二十体から三十体分はあろうかという骨が散らばっていたのである。

さながら墓所……いや、墓所であれば骨はもっと丁寧に扱われるはずだ。



彼はなんとも言えない不気味な光景に後ずさりながらも、ふと自分も骨なことを思い出す。


そんなさなか、蹴った骨が急にカタカタと動き始める。そして骨が中に浮かび、人の姿を型どった。



「うわっ! ってお仲間か……」



そこに現れたのは自分と同じような姿をした人ならざる者。


彼自身は、既に自分が骨なことを受け入れ始めていた。順応性の高さも彼の良い所である。



「あの、すみません。ここってどこでしょうか?」



何をとち狂ったか、彼は今組み上がった目の前のガイコツに話しかけた。



「…………」


「あの、こ、言葉分かりますか?」


「…………」


「僕気づいたらここにいて、何がなんだか分からなくて……」


「…………」


「あの、もしもし……」


「…………」


「……なんだ、ただの屍か」



ガイコツに話しかけるという愚かさにようやく気付き、彼は空っぽの頭蓋骨でかぶりを振った。

反応は得られないものの、とりあえず仲間と思われているのか攻撃されないのは幸いだ。



彼は諦め、通路に向かうことにした。ほかの骨を蹴って起こしてしまわぬよう気をつけつつ、一歩一歩踏み進む。


ようやく通路に出た彼は、にわか知識そのままに左手を壁に添え、道行くままに進んだ。


その先は不思議と先程の部屋とは違い、通路全体が少し平坦だった。丁寧に掘られたというか加工されたというか、とにかく整えられており、雰囲気が違っていた。


さほど気に留めることもなく進む道すがら、ある物を見つける。



「これって……剣じゃない?」



手に取ったそれは、錆びて刃もこぼれていたが、間違いなく剣。刃渡りは1メートルほどで、幅広の両刃。いわゆるロングソードというものだ。



「うわ、マジか! おー、これが剣か」



独り言にしても、残念な語彙力である。



「結構重いな。うーん、どれどれー。ふんっ!」



初めて持つ本物の剣に興奮し、素振りを始めた。

しかし足の位置、重心、腕の振り、握り、絞り、剣筋、全てが伴わず、振る度に体が持っていかれる。

それでも楽しさそのままに、しばし振り続けた。



家族友人に飽きっぽいと言われていた彼だが、逆に気に入ったものについては真剣に取り組む、一所懸命さはあった。そんな彼の性格が、今後を左右する1つの奇跡を起こした。



“スキル<剣技>を取得。クラスが<骸骨兵>から<骸骨剣士>に変化しました”



脳内にまたあの不思議なメッセージが流れ込む。



「えっ、剣技!? おー、僕もこれで剣士か。やばい、これ才能あるんじゃない? まぁガイコツは余計だけど。ふんっ! ふんっ!」



そうして剣を振る姿は、既に先程とは違っていた。姿勢、重心ともに安定し、切っ先が空気を切る音も違っていた。


自分自身でもそれを感じ取り、そのまま夢中で剣を振り続けた。そしてしばしの後手を止め、かくはずのない額の汗を拭い、無いはずの呼吸を整えた。



「さて、じゃあ軽く攻略しますか」



通路の先を見つめ、剣を肩に担ぐ。

骨の体でそんな荒い剣の使い方をして大丈夫か……まあ大丈夫ではないのだが、とにかく彼は無謀にも奥へと歩みを進めた。



すると間もなく、最初の敵に遭遇する。それは冒険には欠かせない最弱モンスターの代表にして、誰もが知る粘性生命体。



「おおっ、スライムじゃん!!」



ブルー……ではなく、グリーンの半透明なゼリー状の地を這う姿。体当たりを仕掛けてくるような雫状とは違う、アメーバ系のスライムと言えよう。


まさにファンタジーの定番。そんなベタなイベントに彼は感動を覚えていた。



「しかし、どちらかというと、服を溶かすタイプだな」



何を思い出したのか、表情の乏しい顔でニヤリとする。彼は健全な男子。当然の感想である。



しかしいずれにせよ、スライムはスライム。雑魚は雑魚。そう思い剣を構え、恐る恐る近づく。


スライムはこちらに気づいているのか一瞬警戒したように身を竦めるが、直ぐに興味を失ったかのように体を緩めて見せた。


彼は一歩歩みを進め、剣を八相に構える。ちなみにこの時この構えに意味はなく、なんとなくカッコイイからそうしただけだと付け加えよう。



「剣士となった僕の力を見せてやる。せいっ!!」



初めての戦闘に緊張したのか、素振りとは違い剣筋はろくなものではなかった。しかし幸いにもスライムに直撃し、その身を7:3で二つに切り分けた。



「やった! やっぱり所詮スライム。剣士たる僕の敵ではないな。ただのレベル1とは違うのだよ」



レベル1のガイコツが、カタカタと骨を鳴らしながら笑う。ちなみにレベルという概念は、あいにくこの世界には存在しない。



「さて次の敵はと……ん?」



先を進もうとした彼が違和感に気づく。

違和感というか見てすぐわかることだが、二分されたはずのスライムがその身をプルプルと震わし、再び一つにくっ付いた。



「なんだよ。じゃあもう一度……」



剣を振り上げたその時だ。スライムがその身を広げ、彼に飛びついてきた。



「うわっ! なんだ、おい。こいつ纒わり付いて、おい離れろ、離れろ!」



意表を突かれ、もろに飛びつきをくらい全身がスライムまみれになる。


スライムにまみれた時、その運命は二つに一つだ。服だけ溶かされるか、あるいは全身を溶かされるか。

この場合、まあ言うまでもないが、後者が正解である。



「おい離せ、やめろおい、やめ、僕は女性キャラじゃないし服も着てないぞ。ほ、骨が、骨が溶けてる!」



骨はリン酸カルシウムやコラーゲンにより鉄筋コンクリートとも言える構造がなされていて、硬さと柔軟性により高い強度を持つ。さらにリン酸カルシウムの密度も高いため、普通の、例えば塩酸や並の消化液で溶かそうと思ってもそう簡単にはいかない。


しかしここは魔獣ひしめくダンジョン。そして相手はスライム。

手が、足が、肋骨が、全身の骨が溶かされていく。


剣はとうに手放し、両手でスライムを掴もうとするが、へばりつき剥がすことはできない。ただのガイコツに、もはや抗うすべは無い。

痛さはない。ただ、その様を感じるだけ。



「やめ……う、あ……」



そしてやがて静かに気が遠のいて行く。そして消え去る瞬間、微かに声が聞こえる。



“ダメージにより存在維持不能。消滅が確定。ダンジョン登録によりリスポーン処理…実行。再生……ントをせっ……”



意識を、闇が覆った。



…………


……

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