知ル
その丸テーブルに座ると、店員さんが淹れた紅茶が出され、糺が口を開いた。
「さっきボク達がいた白い空間は本の中なんだ」
「本? って本棚にあった本?」
「そう。ボクたちは『虫』から本を守る仕事をしてる」
「『虫』って、さっきの?」
「うん。さっきのは悪い方」
「じゃあ善いのもいるの?」
「悪いのは本を食べるんだ。善いのは人に寄生する。でも、善いって言ったって長く寄生してたら人の健康を脅かすから悪いヤツでもあるんだけどね」
「寄生……?」
その言葉にぞわりとした。
「本に夢中な人を『本の虫』って言ったりするでしょう? あの『虫』が現実に存在するんです。こっちは私の専門。糺さんには本を食べてしまう悪い『虫』の駆除を時々お願いしてるんです」
店員さんがそう補足した。
「あなたも糺みたいに戦うんですか?」
刀がとても似合いそうにないし、弱そうと言っては失礼なのかもしれないけど、とてもそんな風に見えなかった。
「私は綴木さんのように戦ったりしません。私は綴木さんが虫を追い出した後、本の修繕を行うのが仕事です。それと本をご紹介することで自然と『本の虫』を追い出すように仕向けています。一つのことに夢中になることは素敵なことです。でも、時としてそれが害になることもあるんです。視線を別のものへ向けることで『本の虫』は簡単に追い出せますから」
「追い出すだけですか? 駆除しないんですか?」
「しません。本来、悪いものではありませんから。『本の虫』に寄生されている方がお読みになる本には悪い『虫』は近寄りません。読まれなくなった本に悪い『虫』が入り込んでしまうので、駆除したりはしません。ただ、『本の虫』に長く寄生されてしまいますと、宿主の方の健康が損なわれることが多々あります。時に『本の虫』は宿主の生気を吸って、本への愛情を育むのです。巣を作ることもありますので、そうなると悪い『虫』を生み出すこともあります」
「善い虫と悪い虫は紙一重なんだ。善い虫が悪い虫に変化することもある。まだちゃんとした生態が分かってないところもあってさ。栞の手に負えない悪い虫が出た時にボクが呼ばれるんだ」
今度は糺が補足した。
「綴木さんの本来のお仕事は別にあるので、こちらは『バイト』なんです」
「本来の仕事って?」
私が問うと店員さんが「しまった」という風に片手で口を押え、糺が「もうっ」といった風に肘で店員さんを小突いた。
「ナイショ。このバイトだってナイショなんだぞ? 学校の皆には絶対に言っちゃダメだからな」
「分かってるけど……怪我してたのってこれのせい?」
「まあね」
「怖くないの?」
「ないよ。物心ついた時にはもうこんなことやってたし。いろんな武器に触れるのは楽しいしね」
そう糺は笑ったけど、私はとても怖かった。
糺は私と同い歳なのにどうしてこんなに強いのだろう?
こんなとんでもない秘密、私一人じゃとても抱えきれないよ。
明日、私は糺とどんな顔して会えばいい?
だけど、そんな心配……全然必要なかったんだ。
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