繋がる視線と戸惑う心②
「…年、七月二十九日」
河川敷の方から聞こえてきたその音声で、賑やかだった空気があっという間に静かになった。市長の声だった。
「三年前の今日、東海地震が発生し、多くの建物が倒壊しました。この町の沿岸部を津波が襲い、川を遡った津波は楽しいはずの夏祭り会場をも飲み込んでしまいました」
静まり返る町に、響き渡る市長の声。
記憶のカケラが、ひとつ、またひとつと脳裏に蘇ってきて、たまらず拳を握りしめた。
「あの夏、たくさんの人が泣きました。たくさんのものが失われました。大切な人を失い、行き場のない悲しみに暮れ、町から光が消え、明日への光さえもなくなった。不安で眠れない、そんな日々が続くなか…」
出来ることなら、思い出したくもない。
あの頃のことを思い出すと、ただただ苦しくて泣きたくなる。
「多くの悲しみを乗り越え、復興に向け一丸となって頑張ってくれたのは…っ…市民である、皆さんです」
震えるような市長の声。
話しているその顔は見えなくても、泣いていることが伝わってくる。
誰もがあの夏、きっと一度は諦めていた。
復興なんて不可能だと、きっと思っていた。
壊滅的だった沿岸部。
そしてこの川沿いにある町。
その復興は、荊のような道だったとおもう。
「あの夏、この町を照らすはずだった、夜空に咲くはずだった輝く夏の花を。今日は存分に、楽しんでいってください」
拍手の音が、町中に響き渡るように広がっていく。
私たちも自然と皆手を叩き、空を見上げる。
するとその直後、澄み渡る七月の夏空に大きな音を響かせながら、パッと一輪の花が咲いた。
ドンドン、と続いて響く音。
さらに打ち上げられる花火が、町を照らし私たちを明るく染めていく。
とても、静かだった。
花火の音だけが盛大に聞こえる、そんな不思議な時間だった。
赤、青、紫。
黄色にピンク、オレンジ色。
夜空を彩るたくさんの花火が、キラキラ咲いては散っていく。
「…綺麗」
言いながら、自然と涙が溢れていた。
苦しかったあの夏。
生きていく希望を失ったあの夏。
それでも今日まで、皆必死で生きてきた。
輝きを取り戻した夏祭りの夜空は、ただただ綺麗で。
昔からあった、三年前まではこんな瞬間が当たり前にあった。
それが、どれほど幸せだったのかと、改めて痛感する。
何気ない平凡な日々。
ありふれた普通の日常。
でも、それは“当たり前”にあるものではない。
突然消えてしまうことがあることを知っている今は、息をしていることさえ幸せなことなんだと…心の底から感じた。
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