繋がる視線と戸惑う心



「ふぅ…」



浮かんでくる涙をそっと指先で拭い、小さく息を吐いた。

一番後ろを歩いていたおかげで、また泣きそうになっていたことには気付かれないで済んだ…そう思っていたけれど。



「大丈夫か?」



すぐ目の前を歩いていた駿はそう言いながらちらっとこっちを振りかえると、さり気なく私の隣に移動してきて、背中をトントン…と優しくさすってきた。


駿には、バレていたようだ。

いつもそう。

詩織と陽ちゃんは、私が暗く落ち込んだら面白おかしく笑わせてくれたり、立ち止まってしまう私を引っ張るように前へ前へと明るい道しるべを作ってくれるけれど。


駿は、二人とはまた違う。

私が立ち止まったら、すぐにそれに気付いて。

遅れていたら、振り返って、一緒に立ち止まってくれて。

踏み出せばまた、ゆっくりと同じ歩幅で歩いてくれる。


海斗がいなくなってからは特に、駿のこういうところに気付くようになった。



「さっきは、ごめんね」

「ん。いちいち謝んなって。俺だって正直びっくりしたし」

「…うん」

「でも本当、あまりにも似過ぎてたから。俺も一瞬、海斗だって。何してんだよって、錯覚した。でもさ…」



駿はそう言うと少し間を空け、前を向いたまま言葉を続ける。



「一緒にいた女の子、彼女っぽかったし。あの人も、人違いですよってハッキリ言ってたから。世の中には本当に似てる人が三人いるとか?そういうの、聞いたことあるし」



さっきの露店のおじさんも、同じようなことを言っていた。

この世には、似た人間が三人いるとか、そんなことを話していた。

私もいつだったか、そのような話を聞いたことはあった。

少し怖かったドッペルゲンガーの話なんかもあったな。


ボーっと遠い記憶を思い出しながら、あれはそうだったんだと無理矢理納得しようとした。

さっきの彼は、いわゆるそんなそっくりさんで、全く知らない別人だったということ。



「でも、本当によく似てたよね…あの人」



赤の他人。

そう言い聞かせるようにわざと“あの人”と口にしてみたけれど。

心のどこかではまだ降参しない別の感情が、抵抗するように暴れる。



「私のそっくりさんも、この世界のどこかにいるのかなぁ…」



つぶやくようにそう言うと、また胸の奥が切なく痛んだ。



「おー!やっと来たな!」



川沿いから細い小道を降りて駐車場にたどり着くと、陽ちゃんのお父さんが手を振って私たちを迎えてくれた。


混雑する夏祭り会場の河川敷とは違って、ここは昔から特別な空間だった。

広い駐車場には花火をゆっくり見られるようにとアウトドア用のテーブルや椅子が並べられ、小学生の時に陽ちゃんと友達になってからは毎年のようにここに招いてもらっている。



「夕海、遅かったじゃない。もうお母さん達、はじめちゃってるわよ」

「いろいろ持ってきてるから、あんた達適当に座って食べちゃって」



その声に視線を向けると、缶ビールを片手に頬を赤くしたお母さん達の姿があった。



「もう花火始まるんじゃないか?」

「あぁ。そうだ、クーラーボックスの中の氷ってまだあったかな?」



そして、別の方向から聞こえてきたそんな会話に目を向ければ、私たち四人のお父さんと海斗のお父さんが揃ってテーブルを囲んでいた。


家族で招いてもらうようになって何年目になるのかも覚えていないけれど。

小学校の低学年くらいから、毎年夏になればこんな光景を目にしてきた。


花火がよく見える場所に、運送会社を経営している陽ちゃんのお父さん。

その特権をこうして一緒に使わせてもらえるのは、私たちが仲良しなのはもちろんのこと、親同士も本当に仲が良かったからだ。


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