癒えぬ痛み⑤


「そんなことがあったのか…」

「ごめん、呑気に焼きそばなんて買いにいっちゃってて」


少しずつ落ち着きを取り戻していく私のそばで、駿が一連の流れを二人に説明すると、話を聞き終えた詩織と陽ちゃんは座り込んだままの私の前に同じ目線の高さで屈んだ。



「うわー、夕海、目の下黒っ!」


わざとらしく目を丸くした陽ちゃんは、私をジッと見つめ「パンダかよ」とボソリと言った。


「あはは、本当だーマスカラ取れちゃってる!ほら、鏡見てみ?」


そしてそんな陽ちゃんの隣からは、やけに明るく振る舞う詩織がそう言ってコンパクトミラーを差し出してくれた。


小さく頷いた私は、なんとか笑顔を作りその鏡を受け取ると、そっとそれを開いた。



「…最悪」


そう呟いた私の瞳には、その言葉通りの最悪な自分の顔が映っていた。

目の周りは真っ赤に腫れぼったくなったうえ、下まぶたは流れたマスカラのせいで黒く滲んでいる。


「本当、パンダみたい」


やっと冷静になれた私は、カバンからティッシュを取り出して汚れた目の周りを淡々と拭き取ると、ようやく腰を上げ立ち上がった。



「もう、半分くらい溶けちゃったね。ごめん駿」


そう言いながら、陽ちゃんが持ってくれていたかき氷に手を伸ばした。

だけど…ブルーハワイの鮮やかな青色は、おさまりかけていた鼓動を再び加速させていく。


「やっぱり、イチゴにすれば良かったかなぁ」


精一杯の強がりを口にして、スプーンを手にした。

そしてそれをひとくち口に運ぶと、冷たい感覚が口内に広がると同時に胸が締め付けられるように痛くなった。


でも、もうこれ以上みんなに心配はかけられない。

私が悲しい顔をしたら、駿も詩織も陽ちゃんも、みんなが同じように悲しくなって、楽しいはずの夏祭りなのにみんなが笑えなくなる。



「うん、やっぱりかき氷はイチゴだよね。詩織これ食べてよ。私、イチゴ味買い直してくるから」

「夕海!」


持っていたかき氷を詩織に渡して歩き出すと、駿が慌てたようにすぐに呼び止めてきた。


「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」


振り返ってそう言うと、心配そうな表情を浮かべながらも駿は小さく頷いてくれた。


「っていうか、かき氷屋さんここだし。見えてるでしょ?」


笑顔で後ろを指差して、ね?と問いかけた。

ほんの少し歩いただけで、露店はすぐそこにある。

安心してほしい思いでそう言うと、駿はホッとした表情で「おう」と微笑んでくれた。


三人を露店の裏手に残し、再び一人でかき氷屋の店先に行った。

すると、先ほどのことを目の前で見ていたらしい店主のおじさんは、イチゴ味を頼んだ直後、突然私に声をかけてきた。


「さっきの男の子、そんなに友達に似てたの?」


いきなりそんなことを聞かれ、一瞬戸惑った。

だけど見ず知らずの人だからこそ、言葉を返せたのかもしれない。


「…はい。ものすごく、本当に似てました」「そっか。世の中にはそっくりな人間が三人いるっていうもんね。ましてや震災で行方不明のままの大切な友達にそっくりだったなら、さっきみたいに突拍子のない行動をとってしまうのも無理はないよ」

「いえ、あの、さっきはお店の前でお騒がせしてしまって…すみませんでした」

「別に気にしないでいいよ」


そんな話をしながらあっという間にかき氷を作ってくれたおじさんは、お金を払おうとした私の手を制止するように抑え、優しく言う。


「これは、おっちゃんからの復興サービス。来年も、元気だったら店出すから。その時は、買いに来て」

「や、そんな…」

「いいからいいから。元気出して、またね」


おじさんはそう言うと、私の後ろに並んでいたお客さんに注文を聞き始め、どうしていいかわからないままの私は露店のそばでその様子を黙って見ていた。


するとそんな私に気付いたおじさんは、ヒラヒラと大きく手を振りながら早く行きなさいと言わんばかりに立ち去るようにと合図してきた。


「ありがとうございます」


深々と頭を下げ、お礼を言った。

おじさんは、私のことなんて知らない。

海斗のことだって、何も知らない人だ。


それなのに、癒えぬ胸の痛みを汲み取るように優しくしてくれたおじさん。

切なく痛かったはずの胸が、じんわりと温かくなった気がした。


イチゴ味のかき氷を手にみんなの元に戻ると、それぞれ手にしていたものをひとまず食べ、小休憩が取れた私たちは再び混雑する夏祭り会場を歩き出した。


「花火って、何時からだっけ?」

「確か七時五十分だったと思うけど」

「じゃあ、あと十分くらいか。なんとか間に合いそうだな」


みんなのそんな会話を聞きながら、足並みを揃えて人混みを進む。

三年ぶりに復活した夏祭りはあの夏が帰ってきたかのように多くの人で賑わい、活気を取り戻したように見える町の姿には、なんだかこみ上げてくるものがあった。


そばを流れる川は穏やかに流れ、時折吹く蒸し暑い風は露店のいろんな匂いを運んでくる。

本当に、あの夏に戻ったようだった。


私たちはあの日も、こうしてみんなで歩いていた。

いつものお決まりのスポット。

陽ちゃんのお父さんが働く、運送会社の駐車場。

花火がとても綺麗に見える、ベストなその場所を目指して。

今はもうここにいない、海斗も一緒に…みんなで…歩いていたんだ。


そう。いないんだ。

今は、もうそばにいない。

どこにもいない。


それをわかっているのに、どうしてなんだろう。

考えないようにしなきゃって思えば思うほど、海斗の姿は意に反して浮かんでくる。



「……っ…」


鼻の奥がツンと疼き、急速に滲んでいく目の前の景色に、私はたまらずぎゅっと目を瞑った。


海斗…会いたいよ。

海斗に会いたくて、苦しいよ。


三年経っても、変わらない。

胸の痛みは少しも癒えることがないまま、ずっとずっと私を苦しめていた。

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