殲滅者は守るのが苦手

西原 良

第1話 異界存在を追う者

『先輩。食いついたみたいですよぉ。ついさっき、異波グランドホテルに入っていったって情報が入りましたぁ。ていうか、そんな高級ホテルによく高校生が入っていけますねぇ』

 ヘッドセットの通信機からのミユキの情報に、俺は進路を異波グランドホテルへと変える。愛用の大型バイク、レーシア社の造ったRHカスタムが機敏に反応し、速度を上げていく。

「そんな高級ホテルを自由に使えるから、ほいほいと馬鹿な家出娘が付いていくんだろ。金持ちには弱いものさ」

『あはは、なるほど~。先輩は辛辣ですねぇ』

「まぁ、俺にとっては、その家出娘が生きていようが死んでいようが、どうでもいいからな。むしろ、囮になって異界犯罪者の居場所が分かった時点で用済みだ」

『一応、助けられるようなら助けてくださいね。親御さんたちとしては、そっちのほうが喜ばしいでしょうから』

「わかっているさ」

 俺は軽く答え、車の群れをかいくぐって進んでいく。


 二十五年前、世界の一部は異界に巻き込まれた。

 神や悪魔、妖精や妖怪、今まで空想だと思われていた存在が現実世界に現れ、世界を騒然とさせた。

 様々な混乱と争いが起こり、多くの悲劇や奇跡を経て今、異種族との共存の道が進んでいる。しかし、その共存の道も、平和というにはあまりにも脆い。

 人間は異界存在を利用しては売り物にし、異界存在は人間を利用しては文字通りに食い物にだってする。

 もちろんそれらは犯罪とされた。異界の住人であろうと、人間の世界に来ているのだ。郷に入っては郷に従えというように、人のルールが適応されている。

 しかし残念ながら、現行のルールでは対処しきれないのが現状であった。

 それ故、警察組織内に、対・特異専門室、通称、特異という部署が設立された。

 彼らは異界犯罪の専門家ではあるが、事件解決のためならば、かなり荒っぽいことまで行うために、ある意味、犯罪者以上に恐れられてもいた。

 目つきの鋭い長身痩躯の青年、凪カズマもまた、そんな特異の人間である。

 今、彼らは、少女連続失踪事件を追っていた。その裏には異界の住人が関わっているという。そうあたりを付け、家出少女を囮に、犯罪場所を特定しようとしているのだ。

 本来なら捜索願が出ている家出娘を見つけた時点で、補導という名目で保護するべきだっただろう。

 しかし彼ら特異の人間は、利用できそうだとばかりに、自由に泳がせることにした。それが特異が嫌煙される理由の一つなのかもしれない。


 異波グランドホテルに着くと、近くの道路の端にバイクを止め、入口へと向かう。二階には宿泊客以外にも利用できるレストランがあるので、宿泊客以外も多い。

「どのような御用ですか?」

 ホテルに入ろうとすると、ホテルマンに用件を聞かれる。

 宿泊かレストランかの質問なのだろう。

「レストランを使用したいんだ」

「かしこまりました。お荷物などがあればお預かりしますが」

「大丈夫だ」

 と軽いやりとりをして、ホテルの中に入っていく。

 さて、どこを探すか。

 そんなことを考えていると、通信が入る。

『先輩先輩。最上階が怪しいですねぇ。あんなに眺め良いのに、カーテンで外から見えないようにしてますもん』

「最上階のどの部屋だ?」

『もう、全部ですよぉ。フロア全部を貸し切っているのかもしれませんねぇ。まぁ、確かに同じ階で他の人が泊っていたら、血の匂いとか悲鳴とか、聞き取られちゃうかもしれませんしねぇ』

「確かにそうだな。その線で探ってみる」

 最上階が怪しいという。非常階段で向かえるかもしれないが、これだけのホテルだ。防犯カメラもあるだろう。それを警備の人間が見て、警備員を呼ばれれば面倒だ。そして最上階の異界犯罪者に気づかれ逃げられれば目も当てられない。

 なので俺は、エレベーターを選ぶ。できるだけ上の階に行ければいい。

 エレベーターに乗ると面倒なことに、エレベーターガールがいた。一流ホテルだけあって、こんなところにも従業員を使っているらしい。

「何階に参りましょうか?」

「最上階だ」

 俺がそういうと、女は少し驚いた顔をする。

「申し訳ございませんが、最上階は他のお客様が借り切っておりまして、許可を得ていないもの以外は通すなと言われていますので」

「なるほどな」

 エレベーターガールなんているのは、勝手に最上階へ行かないようにするための措置なのかもしれない。

「許可証があればいいんだろう?」

「はい。そうですね」

 最上階の客の招いた人物だということに安心したようだ。引きつっていた笑みが、自然なものに変わっていく。しかし、俺の見せた許可証に、また彼女は顔を引きつらせた。

「これが何かわかるな? 特異の手帳だ。これから最上階を捜査する。もし妨害するのなら、お前を捜査妨害で逮捕、もしくは処断する。それが嫌なら最上階へと連れていけ」

「……ですが」

「早くしろ。俺は気が長いほうじゃないんだ」

「わ、わかりました」

 青ざめたエレベーターガールは怯えたように頷いた。そしてエレベーターの操作をする彼女が、何か怪しい動きをしないかを警戒する。

 俺のわからない方法で、他の人間と連絡を取る可能性もあるからだ。

「あ、あの。最上階にいる方々は、本当に異界犯罪者なのですか?」

 怯えながらも聞いてくる彼女は本当に知らないのか、もしくは知らないふりをしているかだ。

「おそらくな。ここは異界存在の餌場だろう」

「……餌場。……も、もしかして私が案内した女の子たちも食べられて……?」

 想像したのか、彼女は口元を抑えてうずくまる。

 どうやら彼女への警戒は杞憂だったようだ。

 何事もなく最上階に着く。廊下の先にはいくつもの部屋のドアが並んでいた。見た限りは以上などない。特に荒れている様子も。……しかし、臭いだけは違った。

「血の匂いがするな。消そうとしても消しきれていない」

「……血、ですか?」

 彼女には感じ取れないようなごくわずかな臭気だが、確かに俺には感じ取れていた。それも、血の匂いに混ざった獣臭も存在する。

「お前は下に降りて待っていろ。フロア丸々が餌場として利用されていたくらいだからな。このホテルの支配人共もグルの可能性がある。絶対に騒ぐことなく、いつも通り仕事をしていろ」

「は、はい」

 必死に扉の閉じるボタンを押して、彼女は下へと降りて行った。

『先輩。いつも通り仕事しろとか、無理じゃないですかぁ?』

「だろうな。だが、ここにいるよりは死なないだろうさ。それより、ここが餌場で間違いない。とっとと令状と応援をよこして包囲しろ。それと、ホテルの幹部クラスは身柄の確保だ。ここまで大々的にやっていて、ホテルの人間全員知らないってのは、あり得ない」

『ほい、了解だよ先輩。……それで? 先輩はもう、突入するの?』

「当り前だろ」

 ずかずかと廊下を歩いていき、俺は一番臭気の酷い扉を蹴り破った。


 やばいやばいやばいやばい。

 あたしは大きな部屋の隅で、頭を抱えてガタガタと震えていた。

 こんなことになるだなんて、昨日、家を出たときには夢にも思っていなかった。

 本当に軽い気持ちだったのだ。

 あたしの父は大企業の幹部で、家族を顧みず、仕事ばかりをするような人だった。それが、あたしは腹立たしかった。だから問題行動を起こして、父の邪魔をしたかったのだ。父の世間体を汚したかった。

 ちょっとした軽い復讐心。

 そんな時だ。学校の不良グループの友人に、金持ちだけで騒ぐパーティーがあると誘われた。

 きっと、犯罪まがいの集まりだと思った。

 麻薬だとか、そういうものを使ってバカ騒ぎでもするのだろう。そんなところに行ったと父が知れば、どんな顔をするだろう?

 あたしは父の悲しむ顔を思いほくそ笑んだほどだ。 

 しかし実際に来てみれば、そんな生易しい場所ではなかった。

 招かれた女たちは、ただの餌でしかなかったのだ。文字通り、喰われていく。噛みつかれ引き裂かれ、ぐちゃぐちゃと咀嚼され、異界存在に食われていく。

 最初は品の良そうな男たちだった。しかし彼らは人型の狼の姿へと変わると、逃げ惑う女たちを、まるで狩りでも楽しむかのように喰らっていったのだ。

 ワーウルフ。人狼だ。

 人を遥かに超えた身体能力。人なら致命傷と思われるような傷からでも、驚くような速度で再生する、驚異的な生命力。異界存在としてはとても有名だが、それは、人狼がそれだけ強力な異界存在だからだ。

 それが今、この部屋には何体もいる。いや、別の部屋にだっているだろう。

 他の人が食べられている間に、私はベッドの下に隠れ、ガタガタと震えていた。

 目を閉じ耳を塞ぎ、このまま隠れ続けたい。

 しかしそうしていても待っているのは、むごたらしい死だ。

 寝室の扉は開いていて、リビングルームの扉が向こう側にかすかに見える。逃げ出すためにはあそこまでたどり着かなければならない。けれど、怖くてベッドの下から抜け出すこともできない。

 こわいこわいこわいこわい……。

 ガタガタと震える体。荒くなる息を必死で抑え込む。

 なんとか、なんとか踏み出さなきゃ。

 そう思ったときだった。何かに見られた感覚がした。

 見たらいけない気がする。それでもあたしは恐る恐る横に目を向けると、ベッドの下を覗いているものと目があってしまった。

 それは狼のような肉食獣の顔をしていて、口の周りには血が滴っている。

 女たちを喰らっていたワーウルフだ。

 そのワーウルフが、あたしを見てニヤリと笑った。

 あたしの心が恐怖に凍り付く。息が止まったような感覚がした。

 ワーウルフが腕を伸ばしてくる。

「い、いやっ……」

 そう叫ぼうとしたとき、大きな音がする。

 ワーウルフ達も驚いたように音がしたほうを見る。

 壊れた扉の向こうに一人の男が立っていた。

 背は高く細い印象。精悍な顔立ちには無精ひげを生やしており、目つきが鋭く悪人のように見えた。

「何だお前は」

 何人かいるワーウルフ。その一人が近づいていく。

 次の瞬間、ワーウルフが吹っ飛んでいた。

「特異だ。抵抗するのなら処断する。大人しく捕まるんだな」

「何で特異が。……捜査令状はあるのか?」

 慌てるワーウルフ達。

「そんなものなくても、これだけ食い荒らしているんだ。証拠としては十分だろう」

 血に濡れた室内。殺された女たちの肉片が、そこら中に転がっている。これはもう、言い逃れができない状態だ。

「……ぐぅ。そいつを殺せ!」

 戦闘に秀でた異界存在であるワーウルフ達は、徹底抗戦を決めたようだ。令状がないということは大した戦力を集めていないと判断したのかもしれない。

「はっ。そのほうが楽でいい」

 男はニヤリと笑う。

 何体ものワーウルフ達が襲い掛かり、男はすぐにでもずたずたに引き裂かれるとあたしは思った。しかし次の瞬間、ワーウルフ達が吹き飛んでいく。

「な、なんだこいつは? 人間じゃないのか?」

「俺は人間だよ。ただ、ちょっと特別製なだけでな」

 男はそう言うと、ワーウルフの心臓を素手で貫き、首を跳ね飛ばしていく。ワーウルフの動き力も、それこそ人間を遥かに超越している、だというのに、男はそのワーウルフをさらに圧倒していた。

「……こ、こいつ、もしかして殲滅者か?」

 ワーウルフが恐れるような声をあげた。

 ……殲滅者?

 聞いたことない言葉だ。しかしその場にいるワーウルフ達の緊張度合いが、一気に高まったのが感じられた。

 そんなとき、あたしの体が引っ張り出された。そして、男に向かって盾のように向けられる。

「う、動くんじゃねぇ!」

 勝てないと判断したのだろう。あたしを人質に、ワーウルフが男に制止の声をあげる。人質にされた自分。痛いぐらいに掴まれた首根っこが、あたしの首なんてすぐ折れると主張している。

 死にたくない。

 あたしは縋るような気持ちで、特異の男を見る。しかし男はあたしに構わず、襲い掛かるワーウルフを殴り飛ばす。

「お、おい、動くな。こいつが死んでもいいのか?」

「……好きにしろ。俺の受けた命令は、異界存在の餌場を見つけ、犯罪者を確保、もしくは処断することだ。そこに、人質の解放は含まれていない」

 興味なさそうに言う男は、本気で言っているのだろう。それがあたしにもわかったし、あたしを捕まえているワーウルフもそれが伝わったのだろう。

「く、くそっ」

 あたしは軽々と持ち上げられ、男に向かって投げ飛ばされる。

 男はそんなあたしを避けることもなく、驚くほどやさしく受け止められた。

「ふぇ?」

 そんな間抜けな声があたしの口から出たけれど、ワーウルフはそれを狙っていたようだ。受け止められたあたしごと、ワーウルフは男を貫こうとした。

 しかし、男はそれすら読んでいた。

 まるで踊るようにあたしを引き寄せると、ぐるっと体ごと回ってワーウルフの攻撃をいなしながらその腕をねじり上げ、頭を蹴り飛ばすことで昏倒させた。


「お疲れ様でしたぁ、先輩」

 指揮車両にて待機していた羽柴ミユキが出迎えてくる。背が小さく童顔で、二十歳過ぎだというのに、中学生くらいに見える特異に所属する女だ。俺のような戦闘能力はないが情報処理能力が高く、今回も複数のドローンを同時操作し、情報を多方面から集めていた。

「でも先輩。今日はほんとにお手柄ですねぇ。餌場を特定するし、繋がりを聞けるように殺さずに捕まえるし、餌になりそうだった人も殺される前に助けるし、いつもの全滅させる、殲滅者と恐れられる先輩じゃないみたいですぅ。……はっ、もしかして先輩の偽物ぉ?」

「……偶々だ」

 俺は面倒に思いながらも、ミユキの頭を軽く小突く。

「いたぁい!」

「それより、ホテルの幹部は抑えたのか?」

 特異の人間は少ないので、ホテルの包囲には普通の警官が導入されていた。最上階の異界存在は俺が制圧したけれど、一人だったからこそ逃げられた可能性もある。

「んと、警官の話だと、オーナーだけ抑えられてないですねぇ。元々今日は、出勤してなかったみたいですねぇ。というか、あんまりホテルに顔を出さないオーナーだったみたいですぅ。まぁ、指名手配をしておきますよぉ」

「……ああ。まぁ、人間ならどうなろうと知ったことじゃないさ」

「相変わらずの異界存在嫌いですねぇ。……まぁ、だからこそ、特異なんて仕事をしているのかもしれませんけれど」

 ミユキのつぶやきは聞こえたが、あえて聞こえないふりをした。

 今更、自己確認なんていらない。

 わざわざ特異なんて血生臭い仕事を選んだのだ。多かれ少なかれ、そんな仕事を選んだ人間には、それだけの理由があるということだ。おそらく能天気な面をしているミユキにだって、それなりの理由があるはずだ。

「あ、あの!」

 声を掛けられ振り返れば、そこには毛布に包まれた女がいた。今回たまたま助けた女だ。

「なんだ?」

「……その。助けていただいて、ありがとうございました」

「ふん。感謝なんていらない。お前が助かったのはたまたまだ。運が良かったと喜べばいい」

 素っ気なく答え、俺は指揮車に乗り込む。聞いていたのだろう。ミユキがにやにやしながら言ってくる。

「ほんと、先輩って不愛想ぉ」

「愛想をよくして異界存在を倒せるのなら、いくらでも愛想よくしてやるさ」

 俺はそう返して、椅子に座って眠りにつく。

 愛想がないなぁ。

 昔、そう言われたことを思い出しながら。

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殲滅者は守るのが苦手 西原 良 @ninota

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