19. 変身ヒーローは電マの夢を見るか? -(1)
「禅、いずれにせよハヤグリーヴァは早々にカタをつけるべきだ。先ほどの段階であれば
「かいぶつか?」
「あの全裸馬のことだ」
いったい竹中に――この街に、何が起こっているんだ……?
こいつ、それを知ってるっていうのか?
てか、何でそんなにあれこれと詳しいんだ。
「完全に馬頭観音の化身として身体を明け渡すことだ。幸いにも強い怒りという煩悩が
何で俺が竹中なんかの為に……とは
避けられない。
俺は
万が一、消えちゃって戻ってこなかったとしても「しゃーない」と表面では言うだろう。
でも、多分。
何かしらのきっかけで思い出す。竹中が嫌いだからこそ絶対に胸糞悪い。
俺は竹中を背負いたくない。
関わりたくない。
だから助ける。
「それは……後味、悪いしな」
アキラは唇の両端を吊り上げ「よく言った、禅」と暑苦しい調子で誉めそやした。
ほぼ同時にビニール袋の音が耳に入って俺は半腰になり優月の様子を覗き込む。
顔色に少し赤みが宿って、気の休まる休息が得られたことを物語っていた。
ボンノウガーが現れたことで緊張の糸が切れたのだろう。
いずれにせよ、まずは「どうしてここにいるんだ」くらいの冷たい言葉を叩きつけられるだろうから……そうだな。
街で歩いていたらボンノウガーから一目で信頼できそうな青年として見込まれ優月を任された、という設定で行こう。
もしかしたらそこで少々の信頼の回復があるかもしれないし。
視線を察知したのか、彼女は苦しげに呻きながらも上体を起こし、店内とママとアキラと目を移してから俺を――見るなり右手を振り上げていた。
「ブッふぁあああッ」
爽快な破裂音と共に俺はソファの背もたれに半身を打ちつけ、半ば崩れ落ちる。
ビンタというより、パーで殴った、に近い威力だった。
「ひ、ひいぃ……ひ、優月さん……っ、優月様……っ」
「き、貴様ぁ! まだこの世に存在していたのか!」
火でもつけられたのかと思うくらいに熱と痛みが響き渡る頬を押さえながら、俺は優月の――優月様の暴言を反芻し、自宅前に吐かれたゲロでも見るかのような嫌悪と怒りに満ち満ちた彼女の目に震え上がっていた。
しばらくすると優月のほうが白い顔を真っ赤に染めて目に涙を溜め、顔を両手で覆うとさめざめと
「こんな、ゴミ虫を肥溜めで煮付けた汚物以下の男に……私は……私は……」
どういう頭の回路だったら、そんなヒドい悪口が出てくるんだ。
ママは「あら、可哀相に」なんて優月の背をさすって慰めているし、アキラに至っては我関せずでウンケミからおかわりのアイスコーヒーを受け取っていた。
その上、
「そうよねえ。聞いたわよ、ラブホテルで『つけてない』なんていわれたらそりゃ怒るわよね」
「あんた俺の話、聞いてなかったろ! 半分寝てたんだろ! おかしいと思ったよ!」
誰か、この状況を助けてはくれないだろうか、俺の味方はいないのだろうか。
アキラは……だめだ、この美形ワイセツ物に一般常識的な人の心がわかるわけがない。
味方がいない。
俺は抵抗せず、下手に出る心持に切り替えた。
「貴様、二度と現れるなと言ったはずだ」
精神的ファイティングポーズを構える優月。
煩悩ベルトがですねえ……。
ボンノウガーがですねえ……。
と、そのあたりの事情を、今の優月に言えるわけがない。
俺は奥歯をガタガタいわせながら、激しい眼球運動と発汗をしながら、
「そそ、そうだと思ってね、だから……えっと、ボンノウガーから優月さんを任されて、その……まあとりあえず俺じゃなくて他に頼れる人をと思ってさ! ちゃ、ちゃんとママに、状況を話したわけだすよ!」
結果的に
俺の予想では最低でも「禅くん素敵、ありがとう! 全部誤解だったのね、お礼は倍にしてあ・げ・る」くらいの話になるはずだった。
すると優月は彼女なりに考えるようにして、言語が通じるゴミ、くらいのモノを見る目つきになって吐き捨てるように「そうか」と呟いた。
特選イチゴ大福十五個、約一万五千円分の俺の切り札は、彼女から合計三文字を引き出すだけに終わった。
俺は決して全く不服そうな顔などしていないのに、優月は引き続き怪訝そうに眉間を寄せると、よりにもよって乱暴に手首に絡めていたビニール袋を取り外し、中を
この
存在するだけでビンタという仕打ち。
彼女が大事に守ってきた煩悩ベルトをよもや電動マッサージャーと入れ替えるという罪状に対してどれだけの破壊がお見舞いされるのか。
そうこうしているうちに優月は某居候ロボの秘密道具のように袋に入っていた電動マッサージャーを高々と掲げ、頭上に大きな疑問符を浮かべていた。いや、放心していた。
そもそもボンノウガーが存在するということは、煩悩ベルトはその適合者と一体化している。つまり袋の中にあるものがベルトであるはずがないのだ。
「なんだこれ」
では今まで彼女が守ってきたものはなんだったのか、ということになる。
おかしいなあ、不思議だなあ、なんて首をかしげ彼女はそのままさらに思案。
だが「まあ、良いか……あいつは変身できているみたいだし」と存外あっさりと納得したようで懐かしむようにはにかんだ。
それ以上は特に無かった。
…………。
よっしゃーッ!
許された!
俺の
そうだ、ボンノウガーが存在することが彼女にとって重要なんだ。
こうして、彼女が必死に守ってきた煩悩ベルトがいつの間にか、どこぞの誰かによってラブホテルの備品として入れ替えられてしまったなどというちっぽけな事件は時効を迎えたのだった。
めでたしめでたし!
「それは電マよ」
ママが言った。余計なことを言った。
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